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ZARDが選び抜いた言葉

時が過ぎるのは悲しいことだとしても

<<言葉はないけど きっとあなたも 同じ気持ちでいるよね>>

楽曲「心を開いて」のなかで、ヒロインは言葉を発しない<<あなた>>を信じようとする。彼女と坂井泉水氏は、おそらく同一人物ではないだろう。アーティストの楽曲のなかに生きるのは、原則的には架空の人間だと僕は考えている。それでも本記事で主張したいのは、ZARD(坂井泉水)自身は、言葉を選び抜いたアーティストだということである。坂井泉水さんが亡くなってから、何年もが過ぎる。その楽曲が街に流れる回数は減ってきているような気がしている。そういう意味では

<<時間が過ぎるのが 悲しくて>>

と僕もまた思っている。それでも僕はZARDの遺した楽曲や、そこに込められた数々の言葉を、今でも覚えている。

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ZARDの出世作は「負けないで」だと思われる。シンプルな励ましの言葉が込められた本曲を、もちろん僕は好きだ。もしかするとZARDは「がんばって」と言うかわりに<<負けないで>>という言葉を選んだのではないか。ただ本曲を愛聴する人は非常に多いと思うので、僕は他の楽曲から、選び抜かれたであろう言葉をピック・アップしてみたいと思う。

たとえばFIELD OF VIEWに提供した楽曲のセルフカバーである「突然」に含まれる、

<<夏が遠回りしても>>というフレーズ。

本曲は、まさに「突然」に、かつて気持ちを通わせあった人から届いた手紙を読んだ主人公が、車を走らせるという内容である。恐らくは2人は(手紙の差出人と主人公は)複雑な関係にあるのだろうと思う。再会を果たすことが、両者にとって幸いなことになるのか、きっと主人公は確信を持てずにいるのだろう。それでもZARDは「自分が回り道をすることになっても」とは歌わなかった。季節を主語にするという、婉曲で詩的な選択をした。そのように選び抜かれた言葉は、主人公の胸のうちを、より強くリスナーに届けているのではないだろうか。

あるいは「君に逢いたくなったら…」でヒロインが発する、

<<本当に私でいいのかゆっくり考えて>>という言葉。

この楽曲の主人公は<<いつだってすぐに飛んで行ける>>とも歌う。きっと当人としては、相手に選ばれることを望み、もう心を固めかけているのだろう。それでも相手に熟慮を促す言葉を選んだ。だからこそリスナーは(少なくとも僕は)この2人が結ばれることを、よく考えた上で<<君>>が主人公のもとへ駆けつけることを、願いたくなるのだと思う。もし主人公の姿に、当時の坂井泉水の気持ちが投影されているのだとしたら、まさに僕は<<負けないで>>と思う。「勝ち急ぐ」という言葉がある。そうならないように、いまは待つ時だと自分に言い聞かせる主人公が、きちんと「待てる」ように、負けないように、遠くから見守りたくなる。

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適切な言葉を選ぶというのは、本当に困難なことであり、それでも探そうとする行為は、いくらか人を疲れさせるものだと言えると思う。いま駄文をつづっている僕も、自分なりに言葉を選んでZARDの軌跡をまとめようとしているわけだ。好きでやっていることではあるけど、いい加減な気持ちで書いてはいない。本来であれば、坂井泉水さんが存命のうちに、このように感謝を伝えることができていたら良かったと思いもする。この文章を、この文章を書いている僕がいることを、坂井泉水が見てくれているのかは分からない。それでも一介のリスナーとして、生きつづけているファンと思いを共有したくて、キーボードを叩いている次第だ。

ZARDの楽曲に励まされたファンが受け取ったのは、それぞれに違うものだと思う。詞(言葉)よりもメロディーが印象深かったという人もいるだろうし、その美貌に心を奪われたという人もいるだろう。それでも僕が受け継いだのは(少なくとも受け継ごうと心に期していることは)言葉を選び抜く生き方だ。僕は坂井泉水のような詩情を備えていない、しがない書き手でしかない。それでも、懸命に言葉を探してはいる。それは心のなかに見つかったり、世界から受け取れたりするものだ。心を守ってくれるのはZARDの楽曲であり、未だに世界に残っているのも、ZARDの楽曲である。

坂井泉水がいない時代を生きる僕たちは、いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。そして矛盾したことを言うようだけど、その悲しさを感じつづけることが使命なのかもしれない、いつか拍動が止まる日まで。僕が高校に入ったころ、ZARDの全曲を聴いているという、僕以上に熱心なファンがいた。かつてクラスメイトとして色々なことを語り合った彼が今、どこで生きているかは分からないけれど、その胸にある悲しみは恐らく、僕がいだくものよりも重いものなのではないかと思う。そして僕が今、書いている文章を読んでくれているとしたら「ZARDの素晴らしさは、こんなものじゃない、ほかにも良い曲は沢山あるんだ」と思うかもしれない。そんな苛立ちさえも、ZARDを愛したがゆえに生まれるものだと思う。だから僕は申し訳ないと思うと同時に、それでいいのだとも思う。

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ありがとうございます、坂井泉水さん。ZARDという存在を、その選び抜いた言葉を、あなたが亡くなったことを知った日の悲しみを、それでも今なお届いている<<負けないで>>というメッセージを、私は、そして恐らくは多くのファンは、

<<きっと忘れない>>。

※《》内はZARD「心を開いて」「負けないで」「突然」「君に逢いたくなったら…」「きっと忘れない」の歌詞より引用

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