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もしもタイムマシンがあったなら……

ロニー・ジェイムス・ディオの没後十年

もう十年になるのか。そう思ったのは、最近発売されたディオのライヴCDを聴いた時。偉大なロック・ボーカリストのロニー・ジェイムス・ディオは、今から十年前の2010年に他界した。

当時、彼の訃報を聞いた時、私はひどく驚いた。前年の2009年には、ヘヴン・アンド・ヘルを率いてアルバムをリリースし、ドイツのロック・フェスにも出演していた。何よりも亡くなる三年前の2007年に、私は名古屋で彼の雄姿を見ており、まさかそれが最期の別れになるとは思っていなかった。

ロニーを知ったのは、初期レインボーのライヴ・ビデオを見た時のことである。今から四十年くらい前のことになるだろうか。当時、学生だった私は、リッチー好きの友人の影響でレインボーを知り、ロック喫茶のマスターに薦められて、初期レインボーのライヴ・ビデオを見た。

「凄い!」 一曲目の「キル・ザ・キング」を聴いた時、私は圧倒された。まるでオペラ歌手のように張りのある声量。何処までも伸びやかに轟き渡るボーカル。

私は、直ぐにレコード店に走った。その時、買ったのが「ヘヴン&ヘル」である。このアルバムは、ロニーがレインボーを脱退した後に、ブラック・サバスに加入して初めて発表したアルバムである。サバスらしいダークな響きの中に、ロニーの伸びやかなボーカルがメロディアスに流れる。クラシック音楽の響きのような美しさがあった。

それから数十年経ったある日、ヘヴン・アンド・ヘルがツアーを行うことを知った。
ヘヴン・アンド・ヘルは、ロニーがブラック・サバスに在籍していた頃の楽曲を、当時のメンバーで再現するという素晴らしいプロジェクトだった。

「これは行きたい!」 まだ一度もロニーのライヴに行ったことのなかった私は、直ぐにチケットを申し込んだ。

そして、迎えた当日。仕事の関係で開演間近に、私は会場の名古屋市公会堂に到着した。

「しまった」と、私は直ぐに後悔した。アルバム「ヘヴン&ヘル」」のジャケットをデザインしたツアーTシャツが、既に売り切れていた。「ヘヴン&ヘル」のジャケットには思い入れがあった。もっと早く会場に来ればよかった。そう思いながら、席に着いた。

ライヴは興奮の連続だった。十年以上前のことになるので、当時の状況はよく思い出せない。でも、一つだけ、どうしても忘れられない光景がある。

それは、アンコールの時だった。最前列の観客がステージに向かって、何かを見せながら必死にアピールしている。それに気付いたロニーは、観客に向かって「それをよこせ」というように手を伸ばし、観客から何かを受け取った。ロニーは受け取ったものを直ぐに両手で広げ、観客席に向かって高々と掲げた。それは、ファン手作りの一枚のフラッグだった。

「We Sold Our Soul for Rock ‘n’ Roll」
フラッグに書かれていたのは、サバスのアルバムタイトル。直訳すると、
「俺たちは、ロックン・ロールに魂を売り飛ばした!」
割れんばかりの拍手と大歓声が沸き起こった。ロニーとファンの心が一つに通じ合った、そんな瞬間だった。

あの時の光景を思い出すと、今でも心が震える。ロニーが日本のファンに向けて贈った最期のプレゼント、そんな風に思えてならない。

今、私は最近発売された2004年チリでのディオのライヴCDを聴いている。
「キング・オブ・ロックン・ロール」に始まり、「南十字星」「スターゲイザー」と続く。ディオに、サバスに、レインボーと、まるでタイムスリップしながら、ロニーの音楽人生を聴いているようだ。

もしも、タイムマシンがあったら、私は2007年の名古屋市公会堂に戻りたい。開場と同時に「ヘヴン&ヘル」のTシャツを手に取り、メロイック・サインでロニーの登場を迎えたい!

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