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BUMP OF CHICKEN、私とロックを変えていく

学生服の胸ぐら掴んだあの日から、始まった音楽の宇宙を往く旅路

 私には、好きな音楽がたくさんある。中にはボーッとしてて、ついぞライブに行けないまま活動を休止してしまったバンドもあるし、ネットニュースでボーカルの死を知ってから初めて聞いて、好きになってしまったバンドもあるし、もうメンバーも作風も演奏もバンド名もなにもかも変わってしまったあるバンドの昔の名前が、今も使っているパスワードの中にいる。

 今でも、毎年行っている夏フェスでその夏最後の花火を見る度、思い出す曲がある。コンビニで缶ビールを買ってフラフラ帰る夏の夜、口ずさむ曲がある。
 当たり前じゃない。24年前に初めてステージに立ったバンドが24年たっても変わらず続いていることは、ちっとも当たり前じゃない。

 だから、昨年のツアーaurora arkで彼らを見たとき、その変わらなさに涙が出た。もちろん、彼らの音楽はずっと変わっていっている。曲の進む方に、どんどん舵を切って進んでいく。きっと、ついてこられなかったリスナーも、いっぱいいる。だからこそ、20年前の曲も最新曲も、変わらず同じように大事に演奏している彼らを見て、涙が出たのだ。
 ああ、同じ時を生きている。24年前、私は3歳児で、BUMPどころか音楽という概念もろくすっぽ持ってなかったけれど、その頃の曲が時間と距離を飛び越えて、27歳の私に届く。この当たり前がどれほど尊いことか、私はナゴヤドームの3階席で、殆ど初めて自覚した。

 BUMPの曲を始めて聞いた12年前、私は15歳で、いろいろな音楽が新鮮に響く歳だった。そんな時期にBUMPと出会ったもんだから、もう大変だ。
 机の端っこにニコルを書いた。それが消されると、今度はガラスのブルースの詩を書いた。ランプやナイフの詩を書いた。それだけで、お守りみたいだった。放課後の美術室で、同じ部の子と「K」を歌って、初めてそのタイトルの意味に一緒に気づいた。その時から、私たちは友達になった。
 そして、バンドで「天体観測」を演奏していたギターの男の子を、あっさり好きになった。高校を卒業するまで、彼は藤君の次に私の憧れの人だった。
 そんなBUMPの曲でも、聞いた瞬間はあまり響かないものもあった。当然だ。私とBUMPは違う人間なのだから、すべて共鳴するわけはない。しかし、そんな曲が最近になって急にガツンと来たりする。そんなとき、私は藤君のあの言葉が、事実を通り越して「真理」であったことに気づく。

 aurora arkのツアーファイナル、東京ドーム。すべてのアンコールが終わって、それでも惜しむようにすがるようにステージを見つめ続けた私たちに、彼は言った。
「俺たちの音楽は、君を一人ぼっちにしない。君がつらい時、俺たちが必ず傍にいるなんてことは言えない。でも、俺たちの音楽は、時間も距離も飛び越えて、君の傍にいる。君が、何万何億もの音楽のなかで、俺たちの音楽を見つけてくれたから」
もう言葉の端々はあいまいだけれど、きっと一生忘れない。
 だって、20年以上前の曲が、確かに今の私に届いてる。

 人は、変わっていく。それは私もBUMPも変わらない。
 aurora arkのツアーファイナルの後、私に訪れた変化といえば、まずは仕事だ。以前は、チケット当選を目指して徳を積むためにチケット発売期間前だけ一生懸命働いていたが、今はちょっと違う。一つ一つに、真剣に取り組むようになった。月平均で約95時間の残業にも、しっかり向き合った。できるだけ短時間で、ミスなく、最善を尽くすよう、モチベーションが上がった。
 そして、仕事の真剣さと比例して、生活に「言い訳」が減り「好き」が増えた。以前は好きだったのに、時間がないことを言い訳にして見なくなっていた映画、読まなくなっていた本に、今、たくさん触れるようになった。たくさんの人の作ったたくさんの想いに触れて、私の中に少しずつ、いろんなものが降り積もってきた。
 そんな自分の変化に気づいた時、カーステレオから流れてきたのは、本当に美しい偶然としか呼べないのだが、GOだった。

「とても素晴らしい日になるよ 怖がりながらも選んだ未来
 君の行きたい場所を目指す 太陽は今日のためにあった
体は本気で応えている 擦りむく程度はもう慣れっこ(GO)」

 ツアーファイナルのステージで、大好きなメロディーフラッグと一緒に歌ってくれたあの歌が流れてきた。私の日々は、もしかしたらこんなもんじゃないのかもしれない。もっと素晴らしい日を目指して進める体で生まれたのかもしれない。もっともっと、やりたいこともやるべきこともできる力が私にはあるのかもしれない。手を伸ばせば届くのかもしれない。本当に真っ暗な夜だと思う時、太陽が私の真下にいるのかもしれない。そう思えたとき、通勤中だったにも関わらず、涙が出てきた。このままやれるところまで、私の人生という奴を、頑張ろうと思えた。

 そして、私は絵を描いた。あんなに大好きだった絵と文章は、仕事を始めてから見る見る遠ざかって行った。何かを生み出すには、エネルギーがいる。だから、仕事に忙殺され余力のない日々を送る中で、絵が描けないのは仕方がない、と思っていた。
 でも、BUMPの音楽を生で聞いて、エネルギーが沸いてきたのだ。そして、私の筆を止めていたのは、疲労でも忙しさでもない。ただの私自身の、恐怖心からだったのだと気づいた。才能がないとか、描いてもだれもほめてくれないとか、恥をさらすだけだとか、色んな自分が私を止めたけど、それより確かな声が、イヤフォンから届いた。

「もう一度 もう一度 クレヨンで 好きなように
もう一度 さあどうぞ 好きな色で 透明に
もう一度 もう一度 クレヨンで この世界に
今こそ さあどうぞ 魔法に変えられる(Aurora)

 エネルギーに突き動かされるように、絵を描いた。いつしか自分にはめた「才能ないならやっても無駄じゃん、生産性ないじゃん」という名の自前の手錠、その鍵を、オーロラの光が照らして見つけてくれた。
 そして、こうして今、音楽文に勝手な独白を書き散らしている。「誰にも読まれるアテがないなら、描いても無駄じゃん、痛い奴じゃん」という名の自前の手錠(気づけばもう両手首が折れそうなくらい重い手錠がたくさんついてたもんだ)の鍵を、心のランプが照らして見つけてくれた。あの日、教室の机にこっそり書いたあの歌詞は、時間と距離を飛び越えて、また、私を温めてくれた。

「ようやく聞こえた やっと気付いた 泪を乾かすチカラ
当たり前の事に気付いた 自分自身知らなかった自分自身(ランプ)」

 BUMPの曲はいつだって、主語を「自分」にしてくれる。
 人は変わるし、バンドも変わってゆくけれど、そこはきっと変わらないんじゃないだろうか。特別な何かを教えてくれるわけじゃない。すべては「私」(リスナー)の中にもう在って、そこに様々な色で光を与えてくれる。あるいは、真っ暗闇にしてくれて、私の中に光っている物に気づかせてくれる。いつだって、自分を変えるのは自分自身だ。押す方も怖いその背中を、イヤフォンの向こう側からいつだって見守ってくれている。
 大丈夫だよ、だって私は、教室の机に「BUMP OF CHICKEN」と書くだけで、お守りにできたじゃない。BUMPの音楽があれば、きっと大丈夫。

 あら不思議、時間と距離を飛び越えて、過去の私がBUMPと一緒に、今の私を励ましてくれる。
 

 「俺とロックを変えようぜ!」というドラムの一言から始まった、BUMP OF CHICKEN。彼らに影響された若者たちが次々に楽器やマイクを手に取り、確実に、日本のロックは変わっていく。
 それでも、24年前の音楽に救われる未来がきっとあると、疑いようもなく信じられる。20年以上握りしめてきた人や、最近その端っこを見つけた人や、大事にしてたけど手放した人や、それをつい最近拾いなおした人や、色んな人が結んできたリボンで、BUMP OF CHICKENと繋がっている。そういうふうに、何度も伝えてくれた。
 ちゃんと伝わったから、いつでも私が手を伸ばせば届くところに音楽を置いてくれていること、知っているから、大丈夫。
 どんなに寂しい夜が来たとしても、大丈夫。
 この4人が日本のどこかで生きていて、今まさに新しい曲を、私たちに届けるために作り上げてくれているかもしれない。
 音楽という広大な星の海を、自分たちの造る音だけを羅針盤にして進む、あのやせっぽちでおちゃめな4人組がいる。今まさに、いつかの未来で大ピンチに陥る私を助けてくれる希望の音楽が、生まれているかもしれない。
 この寂しい夜は、そんな希望の夜かもしれない。

 その事実を知ってしまったら、こんな今日も、大切に生きられないはずがないじゃないか。

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