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私が大人になってしまう前に

UNISON SQUARE GARDEN『Catcher In The Spy』が教えてくれたこと

 
久しぶりに名盤に“再会”した、胸の奥をくすぐられるような気持ちなった。
以前すでに出会っていたにも関わらず、色褪せないというか、変色したというか。いや、もしかすると私自身が変わったのかもしれないなあ、なんて思った。
2014年8月発売、UNISON SQUARE GARDEN『Catcher In The Spy』。再会してしまった、偶然ではなく必然に。今の私が運命的に手繰り寄せた変わらぬ名盤である。
 

UNISON SQUARE GARDENは昨年結成15周年を迎えた。15周年記念企画の1つとして彼らはB面集ベストアルバム『Bee side Sea side ~B-side Collection Album~』、トリビュートアルバム『Thank you, ROCK BANDS! 〜UNISON SQUARE GARDEN 15th Anniversary Tribute Album〜』を7月にリリースした。
私はこれらのアルバムを聴き込んだうえで、改めて彼らの音楽に恍惚とさせられた。そこで原点回帰をし、もう一度彼らの音楽を純粋な気持ちで聞いてみようと思い、これまでのアルバム・シングル全てを改めて真面目に聴き直すことにした。一枚聴くごとに彼らに惚れ直したのは言うまでもないが、『Catcher In The Spy』というアルバムは特に今の私の心を締め付ける何かをはらんでいたのだ。
 

2014年夏、私は13歳中学2年生だった。2020年冬、19歳大学生になった。たかが6年、されど6年、この時期の6年はあまりにも大きい。沢山の音楽を聴き、沢山の言葉に触れ、沢山の人に会って、沢山泣いて沢山笑った。思春期真っ只中に聴いていたUNISON SQUARE GARDENと、思春期を終えて聴くUNISON SQUARE GARDENは全く別物で、しかしそれぞれの時代でもれなく魅了されている自分がいた。
『Catcher In The Spy』を歌詞一語一句、メロディ一音一音に集中して聴いたのは恐らく発売した頃、つまり約6年ぶりだった。いつもより少し良いヘッドフォンをして、夜に散歩をしながら聴こう、そう考えた。夏の香りが仄かに香る春の夜、久々に聴くアルバムに淡い期待を抱き、そわそわしながらプレーヤーの再生ボタンに指をかけた。
 

子ども達の『Catcher In The Spy』のタイトルコールで幕を開ける一曲目、「サイレンインザスパイ」。
いきなり耳をつんざくバンドサウンドが夢見心地の私を叩き起こした。

「ああ 伝統は維持したい もうとっくに真っ白だったのだが
 ああ 相当に にべもない じゃあやっぱりぶっ込めサブマシンガンとか」

ああ、ロックバンドのUNISON SQUARE GARDENだ。前作の『CIDER ROAD』とは打って変わって「攻め」にギアを合わせた楽曲から始まった。作詞作曲を主に担当する田淵智也(Ba.)の詞は「攻め」のギアの時、特に異端な感性を発揮する。
冷淡なようで実に情熱的な斎藤宏介(Vo.Gt.)の声が田淵智也の歌詞を歌いあげ、大胆かつ繊細なビートを刻む鈴木貴雄(Dr.)のドラム。これだ。これこそが私の大好きなUNISON SQUARE GARDENだ。なんとも美しい、気持ちがいい。
 

続いて2曲目は「シューゲイザースピーカー」。14歳の頃の私がとても感化された楽曲だ。

「足元が見えるか?見えるなら万事十分だ 重低音倍音を上げて 具現化問題一掃して 派手にやっておくれよ 始まるはず 確かに目を覚ましたのは誰だ?」

自分の将来について悩み、周りとぶつかることが多かった思春期の私にとって、この曲は特効薬になった。自分の中でやりたいことはハッキリしているのに、私よりも社会経験のある大人達が突きつける現実に不信感を抱き、一人で頭を抱えていた時にこの曲に出会った。
「足元が見えるなら万事十分」この言葉に背中を押された自分を今でも鮮明に覚えている。
大学生になり、当時大人達に言われていたような「現実」を目の当たりにすることも増え、当時ほど尖った考えを持つことは減った。しかし今聴いても、「もうちょっと無理してみようかな、思い切ってみようかな」と思わせられるのだ。いつだって、これから先もきっと私の特効薬になってくれる曲なのかもしれない、なんて考えながら少しこれからの自分を想像してみたりした。
 

エモーショナルな気分に耽っているところで、3曲目「桜のあと(all quartets lead to the?)」
に移る。前2曲と打って変わってなんともポップな曲調である。この曲はサビのコーラスといい、キメの多さといい、3人の一体感がなんともクールな曲だ。

「一斉のせ で魔法も使えるよ 君は自由なんだから 止めないで future symphony そう、お気に召すまま」

「魔法」か。この曲を聴いていると自分も魔法を使えるのではないかと思えてくる。立派な大人になってもこの魔法みたいな歌詞が書けて、魔法みたいなメロディに乗せられる人がいるのだ、それなら私はまだ半分しか大人じゃない年齢なのだからもっとずっと素敵な魔法が使える気がした。昔から、つまらないことが大嫌いだった私は、自分の中の「つまらない大人」になってしまった部分を見出すことができた。忘れていた、私は「一斉のせ で魔法が使える」んだった。

このまま4曲目に突っ走る、「蒙昧termination」だ。「攻め」の田淵智也の詞だ。そこらの音楽好きでは絶対に歌に乗せないであろう詞の連続である。ロックともポップとも言い表せない曲調で「攻め」の歌詞、ああ気持ちがいい。

『「だーだーだーと呪文とか経文 適当千万やりやがって こんなのがプロフェッショナルなんてがっかりだ金返せ?」あのね歌詞書いたの僕じゃないんで 田淵に言っておいて』

ぶっ飛びすぎていて何から突っ込んでいいか分からないが、とにかく世間体とか常識とか、そういったつまらないものが全く視野に入っていない彼らの音楽が私は心から大好きだ。ロックバンドというものの本来のあるべき姿がここにあるように思える。だから私は彼らの音楽を信じられるのかもしれない。
 

 続いて始まったのは優しい歌詞とメロディのバラード、5曲目「君が大人になってしまう前に」である。ドSな構成に心がついていけてない自分と並行して、そのギャップを楽しんでいる自分もいた。

「自分が誰で、何を知って、何のために生きてくのか 君はきっともうすぐわかっちゃうんだね」

この歌詞を聴いて、まだ私自身が大人になっていないことを確信した。何のために生きてくのかなんてまださっぱり分からない。私はこれまでずっと自分が楽しいと思うことだけを追いかけてきた。その生き方はまだ全然子どもだったのかもしれない。早く大人にならないと、という気持ちとまだ子どもでいたい、という気持ちが入り乱れて答えのない問いに取りつかれそうになった。

「痛みを背負ってくじけそうになったら 大丈夫、大丈夫 の魔法をかけてあげよう いつか段々君にとって必要なくなっちゃうけれど それこそが未来への許可証なんだね」

一曲前とバンドが変わったのかと疑いたくなるサウンド、歌詞である。優しい音色のギターに包み込むような歌詞。私はいつの間にか勝手に「君」と自分を重ねて聴いていた。大人になってしまうまえに、この曲に出会えたことに心から感謝した。
 

 「アメリカの生活は逞しい 傍若にフレンチをフライする」
こんなフレーズから始まったのは6曲目「メカトル時空探検隊」だ。この詞から始まって次にどんな言葉が続くのだろうと興味津々に耳を傾けていると、そこから出てくる歌詞はどれも私の理解を超えるものばかりだった。

「バスケットシューズを履き潰してピッチャーのマウンドへと旅立ち 華麗に倒立を決めても 主審判断には逆らえない ハリクマハリタ ずっと彼女に憧れたい なら「いざ」って 思い立ったなら 止められない」

「マダガスカルにだって首都はあるよ 誰も彼も準備だけはある 全人類に愛とチョコレートを! そんくらいは先生、許してよね」

普通に考えたら、どの歌詞もとても同じ曲のものとは思えない。この世界で田淵智也しか書けない歌詞だ!と少し興奮する。初めて聴いた時も、今でも何度も読み解こうと努力したが、理解しようとするのも何か違うような気がしたのでやめた。しかし、一つ分かったのはこの歌詞が好きだという事だ。よくある愛の歌の、薄っぺらくて噓っぽい、誰でも書けるような歌詞よりずっと良い。それが分かっただけでも収穫なのかもしれない、と感じた。
 

続いて7曲目、「流れ星を撃ち落せ」。全面に「ロックなUNISON SQUARE GARDEN」を押し出してきている楽曲だ。

「言葉shooting shooting star 文字だけのメッセージの100歩上
shooting shooting star 音に乗れるのは今だけだろう」

疾走感溢れるサビ、音を聴くだけで斎藤宏介がライブで歌っている姿が想像できた。「今」の音を一番大切にする彼ららしい一曲である。聴きながらUNISON SQUARE GARDENのライブに初めて行った日のことを思い出した。生の音に乗った彼らのメッセージは今でも私の心に深く刻み込まれて大切な宝物になっている。どんなに理不尽な目にあっても、心に刻まれたその部分だけはピカピカのまま、あの頃のままでここまで来れた。これからも3人の「今」を沢山聴いて宝物を増やしていければいいな、なんて考えていた。
 

間髪入れずに8曲目「何かが変わりそう」が始まった。イントロから私はすぐに曲に飲まれて星空を見上げた。楽器とは不思議なもので、「オリオンをなぞる」の時に感じたのと同じ「星空っぽい」音だ、すぐにそう感じた。

「涙がこぼれそうな夜だ 落としたパズルは闇の中へ その一瞬を奏でるのに どれだけの犠牲がいるんだ 何かが変わりそうな夜だ 流れる星にそっとつぶやいた 君の声も聞こえたけれど 今は空に消えていくだけ」

儚くて、触れられないほど綺麗な言葉だ。綺麗だけど繕ったものや噓では全くなく、決して格好つけないむき出しの歌詞が素敵である。昔に比べ色々と取り繕うことが増えてしまった私には少し切なく感じる瞬間があった。胸が苦しい。
 

イントロのピアノが流れ始めた時、危ない、と思った。涙がこぼれないように上を向いた。9曲目「harmonized finale」である。
私がUNISON SQUARE GARDENのバラード曲の中で断トツに泣けると勝手に思っている曲だ。こんなにも優しい気持ちにさせてくれる別れの曲にはなかなか出会わない。

「立派にキレイに見えるように 飾ったら 立派にキレイな答えが 出るけれど 大層な虚栄心に満たされるほうが怖い 描く景色を気安く壊すな」

「今日が今日で続いていきますように」

いつだって飾らない彼らの言葉はリスナーひとりひとりの心にスッと馴染んで私たちの心を浄化してくれる。明日も頑張ってみよう、もう少し踏ん張ったらいい事あるかもな、と前を向かせてくれる。作っている彼ら自身にそのつもりがなくても、勝手にそうなってしまっているのだから彼らは本当に魅力的である。
思い返してみれば、4曲目には「金返せ?」と歌っていたボーカルが「理由のない涙もあるけど 想い続けていればきっと 会えるから」なんて歌っている。たまらない。裏切りというか、二面性というか。いや、人間はそもそもそういうものである。人間の綺麗な面だけを歌うバンドにいまいち信頼感が持てないのはこれが原因なのかもしれない。全部が綺麗じゃなくて構わない、等身大の歌詞やメロディの方がずっと愛せるのだ。
 

うっとりした気分で物思いに耽っていると、次の曲のイントロに一瞬で引き戻された。10曲目「天国と地獄」である。見事なユニゾン節だ、乗せられてしまった。
この曲は特にドラムが気持ちいい。軽やかで疾走感と重厚感があり、粒が立っていて素晴らしいとしか言いようがない。もちろんギター、ベースは言わずともいつも通り超絶技巧である。

「レディーのファーストも 不意のプレゼントも 辞書にないので 余りある殿方にお任せ」

相変わらずの田淵智也ワールド全開の歌詞が愛おしい。ああ、ライブに行きたい。そんな曲、変わらぬ普及の名曲。
 

ガラッとポップな曲調に変わった。11曲目「instant EGOIST」である。前曲に倣うと、この曲はベースラインにいつも惚れ惚れする。ここでごちゃごちゃ説明するより一度聴いてみてほしい。百読は一聴にしかず、である。

「ああ 今世界に一人だとしたら 溢れ出すリズムは君のもの ほら足を鳴らしちゃって ほら指を鳴らしちゃって やり様はいくつだってあるよ」

彼らの音楽を聴いている時間は嫌なことも面倒なことも全て忘れられる。忘れていいよ、どうでもいいじゃん!とこの曲に語り掛けられた気がした。UNISON SQUARE GARDENの音楽はいつだって傍でそう言って私の背中を押してくれる。6年前も、今も、彼らの音楽は私が逃げたくなった時の秘密基地だ。
 

長いようで短かった。ラスト12曲目、「黄昏インザスパイ」。始まってしばらくは斎藤宏介のアコースティックの弾き語りになっている。ああ、最後の曲なんだなと何となく悟った。

「ここでもう終わるのか ここからまた始めるか 正解基準なんてないしさ 僕も知らないから 君が決めなよ これは絶好の瞬間であって 逃がせるわけがないんだよって 君の声が暗いはずのこの世界 照らすだろう だから 息を吸って」

聴いていて訳も分からず涙が込み上げた。彼らの音楽に振り回されっぱなしの私はこの時あらためて幸せを噛み締めた。「よく分からないけど泣ける曲」なんてそうそう出会わない。特別辛いことがあった訳でもないのに泣けるなんて、もはや魔法である。出会えてよかった、心からそう思った。
 

ヘッドフォンから流れていた音が止まり、深い夜と私だけが取り残された。私の中には忘れていた名盤に再会した感動からくる胸の熱さだけが残っていた。そして初めて聴いた頃の自分と今の自分を想起して、つまらなくなったなとも思った。あの頃は色々なものへの反骨精神を癒すために音楽を聴き、代弁してもらうことに価値を見出していたが、今は音楽に対してそのようなすがり方はしていない。奇抜なことも言わなくなったし考えなくなった。しかし、「音楽が傍にある」ということはその頃と全く変わらないのだ。私が考えるに、無いと崩れてしまうから必死にすがっていたものが段々と必要では無くなっていき、一人でも立てるようになったところで今まで歩みを共にしてきたものに「愛」が生まれていたことに気づき、19歳の私はまたそれを傍に置く道を選んだ、というだけなのだ。冒頭で、「私自身が変わったのかもしれない」と書いた。確かに私は変化した、しかしそれでまた見えてくるものもあったのだ。

「どんなヒットソングでも 救えない命があること いい加減気づいてよ ねえ だから音楽は今日も息をするのだろう」(シューゲイザースピーカー/UNISON SQUARE GARDEN)

音楽に必死にすがっていた時期、私の聴き方では音楽の息遣いは全く聞こえなかった。私自身が音楽で息をしていた。しかし、音楽を純粋に「好き」だから聴くようになって、音楽の色鮮やかな息遣いを感じ、見える世界が広がった。ある面から見たら確かにつまらなくなったのかもしれない。けれど、広い世界を知ったからこそ、これから野心をもって未来を掴みに行くことができると私は信じている。現に私が好きなUNISON SQUARE GARDENというバンドは大人になって広い世界を知ってもなお、魔法のような音楽を作り続けているのだ。

だから私は今日も「息をしている音楽」と共に生きる道を選び、共に歩んでいこうと思う。

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