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スピッツが愛でる生物

自分にも優しさが備わっているとしたら

小学生のころ、飼っていたクワガタの世話を数日間、怠り、死なせてしまったことを未だに悔いている。昆虫や小動物の寿命というものは一般的に短いものであり、その生涯は色々な理由で、呆気なく終わってしまう。それでも僕は幼かったからこそ、自分よりも更に弱い生きものを守らなければならなかった。その寿命が短いからこそ、愛情を注がなければならなかった。

昨年、ちょっとした僕の言動を見て、師が「おまえは優しいんだなあ」というようなことを言ってくれたのだけど、もし僕が優しさのようなものを備えているのだとしても、その背後には幾つかの失敗がある。自分が本来的には無責任な人間であるからこそ、せめて年少者や女性には穏やかに接しなければならないと考えている(年少者や女性が自分より弱いと決めつけるのは良くないとも思う、それは僕がクワガタへの償いをするために決めた勝手なルールだ)。

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スピッツは優しいアーティストだ。私人としてのスピッツが、どんな生活を送っているのかは分からないけど、その楽曲には優しさがあふれている。もちろん僕は演奏者としてのスピッツも大好きだけど(たとえば「ロビンソン」のイントロで奏でられるギターは印象的だし、「ホタル」のラスサビの前、リズムセクションが呼吸を合わせる瞬間にはゾクゾクさせられる)本記事では音よりも、その歌詞(言葉)を取り上げてみたいと思う。

優しいスピッツが、さらに優しくなろうという願いを歌った曲がある。「優しくなりたいな」という直球勝負の題がついた楽曲だ。

<<君のことを知りたい どんな小さなことも>>
<<優しくなりたいな 難しいと気づいた>>

僕は友人知己の抱える悩みや不満を、できるだけ知っておきたいと思っているけど、知ることが相手を尊重することに繋がるかは、何とも言えないところだとも考えている。誰にでも内に秘めておきたいものはあるのではないか。そういう意味で、優しくなることは<<難しい>>と感じている。スピッツに共感する。<<知りたい>>という当方の希望が、お節介になってしまっては元も子もない。

あるいは「ナンプラー日和」の歌詞。これはまさに、まるで僕個人に対するメッセージのようにも感じられる。僕への優しさが込められているように感じられるのだ、身勝手な受け止め方かもしれないけど。

<<遠慮はしないで 生まれたんだから 炎になろうよ>>

無表情で物静かな人間だと思われているらしい僕は、市民ミュージシャンとして練習をつづけており、音楽に対するこだわりは、どうやら暑苦しいもののようである。いくつかのバンドに籍を置いてきたけど、何人かの(当時の)仲間から、ついていけない、もっと気楽にやりたい、そんなにテンション高く突きつめていきたくはないと愛想をつかされたことがある。少なくとも市民ミュージシャンとしては、まったく優しくなどないのだ、僕は。合同練習に遅刻するようなメンバーには文句を言うし、きちんと音源を聴きこみもせずにスタジオに来るような人には、ハッキリと言えば苛立ちを覚える。大して技量もないくせに、寛容性を欠いている。

それでも練習するからには、演奏するからには<<炎>>のような気持ちでやりたいと思っている。そう、<<生まれたんだから>>。だから僕は、誰に何と言われようと、ヴォーカリストを守りえるような落ち着いたベースを奏でるべく、毎夜、燃えるような気持ちで練習を重ねている(住環境的にアンプにつなぐことはできないけど)。

<<イジメだらけの世界でも どこかに光があるもんだ>>

スピッツの定義する<<イジメ>>が何なのかは分からないけど、メンバーに全力を求める僕のあり方も、ことによると「いじめ」の一種なのかもしれない。そして僕を突き放したメンバーは、極端に言えば僕をいじめたのかもしれない、悪意はなかったのだとしても。それでも僕はスピッツを信じる。<<どこかに光がある>>と。

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最後に取り上げたいのは「小さな生き物」の歌詞だ。

<<深く掘って埋めても 無くせないはずだから>>

このメッセージは、どう解釈すればいいのだろうか。人間が秘めている思いは隠し通せないという意味だろうか。押し殺そうとしても燃えるような思いは顕れてしまうという意味だろうか。スピッツの歌詞は時にストレートであり、時に不可思議でもある。自由な受け止め方を赦してもらえるのだとしたら、ここから僕が連想してしまうのは、かつて自分の埋めたクワガタの遺体である。

僕はクワガタを守れなかったことを反省している。後悔している。あるいはクワガタは(天国というものがあるのだとしたら)僕を赦してくれているのかもしれない。今はもう怒ってもおらず、苦しんでもいないのかもしれない。それでも僕が間違いをおかしたということは、拭い取ることができない事実であり、誰に赦されようと、その悔いと向き合って、残りの人生を歩むことになると思う。

<<負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を>>

ここにもスピッツの優しさは注ぎ込まれている。守りたい<<生き物>>があること、それと同時に、自分もまた<<生き物>>であること。それは僕に限らない、多くのリスナー、それぞれに弱さや願いを抱える人間に届くメッセージだと思う。そしてスピッツが、何かを諭すわけではなく<<負けないよ>>と自身の誓いを立ててくれたことは、まさに「優しい」発信なのではないか。

<<臆病な背中にも 等しく雨が降る>>

本当にその通りだと思う。燃えるような思いを持ちながら、優しくありたいと願いながら、それでもなお<<臆病>>な僕に、容赦なく雨が降ってくる日はある。それは文字通りの雨であったり、比喩的な意味での雨でもあったりする。それでも簡単にあきらめるわけにはいかない。誰かの役に立つまでは、自分が生まれてきた歓びを感じられるまでは、少しくらい雨に濡れることで自棄になってはいけないと思っている。

<<小さな星のすみっこ>>から、僕はスピッツに、こういう形で感謝を表す発信をしてみた。はたして届くだろうか。

※《》内はスピッツ「優しくなりたいな」「ナンプラー日和」「小さな生き物」の歌詞より引用

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