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藤原基央はなぜ「嘘」を美しく描くのか

「Ever lasting lie」と本当の「嘘」と人間

「嘘は泥棒の始まりだ」

そんな言葉を14年間で何度も聞いてきた。
「嘘」をつく。それは悪いこと。

「嘘」という漢字はその悪いイメージの通り、口から虚という虚しさが出てくると書かれている。

「嘘」をつくと罪悪感に駆られた記憶がある。
だが、その罪悪感に駆られる気持ちを、今でも「嘘」をつくことに持てる人はどれほどいるだろう。

両親に「嘘」をつけば当たり前のように怒られるし、好んで「嘘」を生み出そうとは思わない。

とにかく、「嘘」のことを考えれば、バッドイメージしか浮かんでこない。

「嘘」は醜い。
そんな考えを当たり前のように持ち、その醜さを大切にするかどうかは置いておいて、心の片隅にずっと居座らせていた。

だが、その醜いという考えは、14年越しに見事に蹴り飛ばされる。
 

BUMP OF CHICKEN 藤原基央。

彼は、私の人生に大きな影響を、現在進行形で及ぼしている。

そんな藤原基央が、インディーズ時代、2枚目のアルバムとしてリリースした「THE LIVING DEAD」の中に収めた曲。

「Ever lasting lie」

20年前リリースの曲だ。
私が産まれる6年も前の曲である。

だが、その私が本来なら知るよしも無かった曲は、私の頭の中に、

「嘘」は本当に醜いものなのだろうか?

そんなとんでもない疑問を持たせた。

例えば、
「借りたお金はちゃんと返しましたか?」
と聞かれ、返していないのに、
「はい。返しました。」
と答えること、
「あなた、もしかして万引きしましたか?」
と聞かれ、本当はしたのに、
「いいえ。何も取ってません。」
と答えること、
「あなたは誰かを殺しましたか?」
と聞かれ、命を奪ったのに、
「いいえ。誰も殺していません。」
と答えること。

常識的に絶対ダメな嘘はもちろん醜い。
醜すぎて吐き気がするくらい醜い。
 

だが、そういう「嘘」ではない。

はっきり言えば「嘘」は二種類あると思う。

1つは、偽りの「嘘」。
他人を騙すためにつく「嘘」のことだと思う。

そしてもう1つは、名付けるならば、
本当の「嘘」。
自分のためにつく「嘘」のことだと思う。

そして、「Ever lasting lie」の「lie」は、
本当の「嘘」の方だと思う。

藤原基央の唄のひとつの魅力である、物語のような歌詞が、「Ever lasting lie」の奥底に流れている。

様々な解釈があると思うが、私の解釈は1つの考え方として受け止めて頂きたい。

「Ever lasting lie」は、1人の人間が「夢」を掘り出していく様を、掘り出す人と、掘り出す人の大切なあの人と、そこに儚く居る感情を事細かに描き、その1人の人間がどうなっていくのか、何に辿り着くのかを力強く歌っている。

インディーズ時代の歪んだギターの音や、間奏の、ロックバンド好きとしては何とも言えない感動を放つ四人の音のぶつかり合いも、BUMP OF CHICKENの曲の中で唯一無二の光を放っているが、今回は歌詞だけに注目を置かせていただく。
 
 
 

自分自身の大切なあの人の命に値段がついた。
これほど悲しいことはあるだろうか。
その大切な人を救うには、
 

『「石油でも掘る以外 無いんじゃないの?」』
 

そんな皮肉を言われてしまう。
だが、彼は必死だ。彼はその皮肉を本気にする。
そして、きっと心の中で力強く言った。
 

『「Sir Destiny、アンタ、人の命を転がして 大層楽しいだろう?
  笑えよ 見てるんだろう?
  この俺がジタバタもがいてるのを」』
 

石油を掘り出したら大切な人を救える。
それがたとえ「嘘」だとしても、彼はその儚すぎる「嘘」を心から信じて、自らの身を焼かれてまでしても、大切な人を救うことを「夢」として堀り続ける。
その日々がどれだけ辛くても。

だが、彼が掘り出したのは「長い年月」だけ。

ここまで聴いて心に浮かんだのは、悲しさだ。
世の中の理不尽さ。それらに立ち向かう人。
その立ち向かう姿はあまりにも勇敢だ。

でも、その立ち向かう勇気は、
「嘘」なのだ。

もしかしたら彼は、「嘘」だということを知っていたのかもしれない。
だけれども、大切な人のために自らを殺しながら掘り続ける。

何故か、その姿が現代と重なってしまった。
世の中の理不尽さに立ち向かう。
だが、その勇気は確かなものではない。

その確かなものではないものを信じて、私だったら進むことは出来るのだろうか。

そんなことを深く考えさせられる。
 
 
 
 

今度は、大切な人の視点となった。

「愛」という何よりも大切なものを、強制的に売らなければならない。
自分の心を殺そうとし、誰かに身を任せる。

だが、彼女は、完全に心を殺すことが出来ない。

ただ1人を待っている。
ただ1人を。

そして彼女は、そんな死んだような毎日で、その待っている人が言ったことを思い出す。
 

『「二人は大丈夫 
 明日を信じて待っていてくれ」』
 

彼女は、その言葉をすぐに信じることは出来ない。
根拠の無いその言葉に疑問を持つ。
当たり前のことだ。
だが彼女は、それをおまじないのように長い年月呟き続け、「愛」を売りながらも、真実の「愛」をその人にかたむける。
 

『「Sir Destiny、アナタでも
  この気持ちは動かせないでしょう?
  幾度目の朝も 変わらず
  優しいあの嘘を 思い出してる」』
 

彼女は「嘘」だと確信しながらも、ただただその「嘘」を信じ続けている。
あなたを愛しているから。あなたが大切だから。
それだけの気持ちで、「嘘」を信じている。
それが見え透いた「嘘」だと知っていたとしても。

なんて強い女性だ。
同じ性別の者として、そう思いざるをえなかった。

私は、「嘘」を信じられるほどの愛を知らない。だけど想像は出来る。
どれだけ儚いだろうか。悲しいだろうか。辛いだろうか。
だけど、信じているのだ。

これほど他人を信用する心の強さを、私は持っていない。

そして、持つことが出来ている人もきっと少ない。
 
 
 
 
 

長い間奏がそれを物語るように、そんな彼女はお婆ちゃんになった。
 

『ろくに動けなくなってからも 
 毎朝 何かを呟いて 微笑んだ』
 

彼女は、どれだけ長すぎる年月が経っても、「嘘」をずっと信じ続けている。

だが、彼女はとうとう眠りについてしまった。
もう起きない。揺すってもびくともしない。
 
 

そして、彼も年を取ってしまった。
錆びていたシャベルは折れたシャベルに変わった。
 

『刻まれた皺の奥の
 瞳は未だ 必死で ただ 必死で』
 

私は信じられなかった。
二人ともずっと、「嘘」を信じ続けるなんて。

知らないうちに私の目は濡れている。ボタボタと涙が零れ落ちている。

そんな私を他所に、藤原基央の声は力強く叫ぶ。
 

『掘り出したのは──……

 「Sir Destiny、アンタ、俺を見てるか
  『もう飽きた』なんて 言わせないぞ
  今にも 夢を掘り出して 見事悔しがらせてやる」』
 

結論から言えば、彼は「夢」を掘り出すことが出来なかった。

それは何故か。

答えはただ1つ。
「嘘」を忘れたからだ。

かつて彼はこう言った。
 

『「二人は大丈夫 
 明日を信じて待っていてくれ」』
 

大切な人を救うという「夢」を彼女に誓っていた。
だが、これは「嘘」だった。

だけど、二人ともこの「嘘」を信じていた。

だが、最後の最後に、彼は「嘘」を忘れてしまった。
 

『「Sir Destiny、俺の夢って何だったっけ?
  何が ここまで俺を動かしていたんだっけ?
  大事な何かを待たせていた様な…」』
 

彼は「嘘」を忘れたせいで、
「夢」を忘れ、大切な人をも忘れてしまった。
 
 

物語は、私の解釈でいけばバットエンドを迎えた。

だが、考えてほしい。

これほど美しく儚く心臓が揺れる物語はあるだろうか。

そして思い出してほしい。
これを書いたのは、
BUMP OF CHICKEN 藤原基央だ。

彼は、「Ever lasting lie」を通し、「嘘」の美しさ、はたまた、大切さを提示した。

この曲の最後、彼はこのように歌う。
 

『夢を掘る人 それを待つ人
 幾つもの夜を 乗り越えた嘘』
 

私は、この物語の中にいる恋人は、

「嘘」のおかげでお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで生きられたのではないか。

そう考えたのだ。

「嘘」は不確かなものだ。
それを信じる根拠なんてものはない。
だが、その根拠のない不確かなものを信じられる、ということは、
それほど意志が強い。ということなのではないか。

藤原基央はこの曲以外にも「嘘」をこのように歌っている。
 

『ただの強がりもウソさえも
 願いを込めれば誇れるだろう
 望めば勇気にもなるだろう』 (バトルクライ)
 

ここでははっきり「嘘」は勇気にもなると言っている。
 

藤原基央はずっと、弱虫の私のような人にも届くような唄を作っている。
だからこそ多くの人に支持され、愛されてきた。

「嘘」

その「嘘」さえも偽ってしまえば、それは醜くなってしまう。

だが、

その「嘘」を本当の「嘘」とすれば、人生の光になりえる。

彼は、そう言ったのだ。
 

私は衝撃だった。

この曲を初めて聴いたのは、音源ではなくPATHFINDERのライブ映像である。

見たことのない曲名に戸惑いながらも、聴いたのがこの曲だ。

信じられないくらい泣いていた。
それは、辛い自分と重なったから、とかではなく、
単純に、その「嘘」の美しさに感動したからだ。

また、丁寧に歌う藤原基央しか知らない私は、曲の最後の方に、声を枯らし気味にしながら感情を露にして歌っている藤原基央の姿が、強く心に刺さった。

曲を聴き終わった後、私の心には何も無かった。

動けなかった。

本当に衝撃だった。
今でもイントロが耳に流れる度、心が反射的に反応し、動きが止まる。
 
 

藤原基央。

BUMP OF CHICKENのレギュラーラジオ内で、幼なじみであるベースのチャマ(直井由文)は、

「彼は後世に残しておいた方がいい人」

と言った。

きっとその言葉を聴いたリスナー全員が、深く頷いただろう。
 

私が産まれる6年も前の曲、下手すれば、両親もまだ出会ってなかったような頃にリリースされたこの曲に、私は出会った。

それは、もしかしたら奇跡的なことなのかもしれない。
 

こんなことを周りの人に話せば、考えすぎだと一蹴されてしまうだろうから、ここに記しておこう。

私は奇跡だと思っている。

考えすぎだろうか。若気の至りというやつなのだろうか。

どっちにしろ、私は藤原基央に出会えてよかった。

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