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ケツメイシが代弁してくれること

町が変わっても変わらないもの

ヒップホップというジャンルを、それほど好むわけではないのだけど、どうしても忘れられない曲がある。何年か前の同窓会、その二次会で行ったカラオケでのバカ騒ぎのなか(皆が歌うことよりも語らうことや酒を飲むことを楽しんでいた)不意に切ない前奏が流れはじめ、かつて心を通わせた旧友が立ち上がり、モニターに映った曲の題を、そっと指で指した。そこには「トモダチ」という四文字が浮かんでいた。気障といえば気障なふるまいだったと思うけど、それを赦しさえするようなメッセージが楽曲「トモダチ」には溢れていた。

本来的には僕は、酒席やカラオケというものが苦手である。そして同窓会というものにも原則的に出席しない(小中高大、それぞれに「あまり良くない思い出」もあるものだし、いま付き合いのある人のほうが大事だと個人的に、そして身勝手に考えている)。気まぐれに出席したのだ。色々な偶然が重なって、僕はケツメイシという存在を知った。それは、ある意味、友だちができることより奇跡的なことだったのかもしれない。

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<<ずっと友だち>>

という歌い始めは、理想論のようにも聴こえた。でも、そのあとに続けられたのは、時間が過ぎてしまうことへの悲しみや、かつて目に映っていた情景が移ろってしまうことへの嘆きだった。

<<離れた街と町で 別々の道>>
<<あの山の向こうも 今じゃマンションだらけ>>

<<街>>と<<町>>を使い分けた作詞者の思いが伝わってくるようだった。僕たちはそれぞれに、華やかな都心に住んだり、閑静な田舎に住んだりしている。離れて暮らしていること、今やライフスタイルが違っていること、もっと露骨に言うなら収入にも違いがあること。その哀しさや、それでもなお「トモダチ」でいられることの可能性を、旧友は歌おうとしたのだと思う。

僕たちの出会った学校のある市も、在学当時とは様変わりした。いくつかの店がシャッターをおろし、他方、大きなモールができた。それでもかつて<<語り明かした公園>>は残っている。移ろいながらも何かは残されている。心のなかに、そして世界に。それをケツメイシは歌い、その「悲しみながらも何かを信じようとする気持ち」が、旧友の声には込められていた。

<<胸に夕日の色焼きついてますか>>

ケツメイシは(旧友の声は)問いかける。焼きついている。少なくとも僕の胸には焼きついている。彼ら彼女らと放課後に見つめた空の色を覚えている。もう僕たちは、同じ場所と時間を共有してはいないわけだけど、そういう意味では<<ずっと友だち>>だ。

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僕は多くの友人は求めずに日々を過ごしている。ひとり静かに、本を読んだり楽器を弾いたり、こうした文章を書く時間がないと、どうにも落ち着かない。だから大げさに言えば、親友とさえつながっていれば、それで構わないとさえ思っている。連絡不精な人間ではないけど、スマートフォンのメモリーに入っている人の数は、それほど多くはない。だから(かつての)友人たちが、いつ結婚したかだとか、そもそも結婚したかだとか、そういうことをほとんど知らない(向こうも僕の現況を知りはしないと思う)。それでもケツメイシの別の曲を聴いてみたら、あらためて今、歌詞を熟読してみたら、いつ行われたかも分からない、旧友の結婚式を祝いたいような気持ちになった。

<<でもあきらめず話し合って>>
<<いろいろとあって 好き勝手やって>>

もちろん自然に、すんなりと結ばれるカップルというものもあるのだろうとは思う。でも多くの人が、何らかの障壁を乗り越えて、複雑な事情を抱えつつも、互いのワガママな面も知りながらも、伴に生きるという選択をするのではないだろうか。だから笑顔にあふれるだけの結婚というのは、むしろ珍しいものなのではないかと個人的に思う。<<あきらめず>>にやってきた結果が、涙となって顕れたり、熱い誓いを生んだりするものではないか。多くの(もうどこに住んでいるかも分からない)かつての「トモダチ」が、いつの間にか誰かと結ばれているかもしれないことを思うと、シンプルな「おめでとう」では言葉が足りないようにさえ僕は思ってしまう。

ケツメイシは「幸せをありがとう」という題の楽曲を歌い、そこから僕は歌詞を引用した。僕が旧友に何か言葉を届けられるとしたら「幸せになってくれてありがとう」といったところだろうか。どんな障壁を乗り越えたかまでは分からないわけだけど、何の苦労も抱えていない人がいないことくらいは察せる。だからこそ彼ら彼女らが結ばれたことに、称賛というよりは感謝の言葉を届けたくなる。人が幸せに辿りつく例(例、などという言葉を使うとムードがないけれど)を示してくれたことに感謝したくなる。

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世界には結婚することを選ばない人もいる。結婚しながらも、諸事情あって離れるという夫妻もいる。そういった意味では、僕たちは<<別々の道>>を歩んでいる。もしかすると、その道は逆の方向へとつづいていて、僕たちは物理的には、ますます離れていくのかもしれない。それでも僕は「トモダチ」の選択を尊重したいと思うし、できれば僕の選択も尊重してもらえたらと願う。<<夕日の色>>を忘れずにいられるなら、それぞれに住む場所から見上げる空の色が違っていたとしても、ささやかな繋がりは残されているだろう、きっと。

<<溢れた感情は単純にこぼれる涙>>

僕の「トモダチ」は、いま笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。もし泣いていたとしたら、その涙には、どんな<<感情>>が込められているのだろうか。それを分かってはあげられないこと、その涙を拭いてあげるような距離にはいないこと、申し訳なく思う。それでもケツメイシが、僕の代わりに歌ってくれる。

<<今は何も言わなくていい 涙を流すそれだけでいい>>

こうした僕の生き方を、アーティストから言葉を借りて何かを届けようとするあり方を、もし支持してもらえるのなら、もしかすると僕たちは<<ずっと友だち>>でいられるかもしれない。

どうか元気でね。いつも元気でいることは難しいけど、いつか元気を出してくれるなら、こちらとしては嬉しい。

※《》内はケツメイシ「トモダチ」「幸せをありがとう」「涙」の歌詞より引用

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