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邦楽界に新星現る

あいみょんという名の若き怪物

2020年2月、国立代々木競技場第一体育館。
2019年2月13日にリリースされたアルバム「瞬間的シックスセンス」を引っ提げ、同年10月から始まった全国ツアー「SIXTH SENSE STORY」の東京追加公演、「‐SIXTH SENSE STORY‐additional show」に行った。

開演まで、まだ5時間もあるというのに、会場の外にはツアーグッズを求めて、人々が長い列を作っていた。
女子2人、男子2人、カップル、小さな子を連れた家族、年配の男性、おひとりさま。
まさに老若男女といったところだ。
皆、この日を待ちわびていた。

客席に着くと、これからどんなワクワクが始まるのか、という期待に溢れた独特の空気が漂う。

開演時間になり、照明が落ち暗くなる。 オーディエンスの興奮は最高潮に達し、歓声が上がる。
スポットライトが、ギターを抱え歌う一人の女性を照らす。
彼女の名は、あいみょん。

おそらく聴かず嫌いの人も、まだ多いだろう。 私もその一人だった。
あいみょん、というネーミングから、きゃりーぱみゅぱみゅ、のようなカワイイ文化を象徴するようなキャラクターを想像した。

ここ2年足らずで、メディアで彼女の名前を耳にする日が増え、YouTubeでは一般の若い女子がアコースティックギターを弾き、楽曲をカバーしている。

一体どんな人物なのか。 気になって仕方なくなり、スマホを持つ手が自動的に“あいみょん”を検索していた。

衝撃的だった。 1995年生まれという事実と、彼女の楽曲が持つ多種多様な色。
成長していく女の子、恋に狂う若い女、サディスティックな男、自ら世を去った女子高生。
あいみょんが描き出す世界観は、枚挙に暇がない。
どうすれば、24歳という若さでここまでの感性とセンスが出来上がるのか。

「お父さんは音響の仕事をしていて音楽が大好きだから、昔はCDを借りて聴いていました。」
子どもの頃から、吉田拓郎や尾崎豊、スピッツなど1970~1990年代を席巻したアーティストに触れてきたという。
初めてギターを手にしたのは中学生の時で、練習に没頭するあまり、高校は一度辞めなければならない状況にまでなったとか。
彼女は父親の音響という職業も相まって、大きな影響を受け、クリエイティブな才能が磨かれたのだろう。

デビューのきっかけはYouTube。 インターネットが発達した現代のスタイルだ。
作詞はスマホにメモをする、デジタルネイティブ世代である。
実はデビュー1発目は、シンガーではなくジャニーズWESTのシングル「ズンドコ パラダイス」に収録された楽曲「Time goes by」の歌詞提供という作詞家であった。

2015年、インディーズとして世間に初めて姿を現した時に歌ったのは、「貴方解剖純愛歌~死ね~」。
世間の常識を逸脱した楽曲は、当時のテレビやラジオで放送規制が掛かったそうだ。 当然である。

日本人は成長過程において、周囲から「みんなと仲良くしましょう」 「悪いことを言ってはいけません」と教育されて大人になっていく。
だが学校を卒業し社会人になると、人生は綺麗事では済まされないことを、思い知らされる。
仕事もプライベートも、苦しむ割合が多い現実。モヤモヤは溜まっていく一方。

ライブで「貴方解剖純愛歌~死ね~」が始まると、会場に手拍子が鳴り響く。
彼女は、オーディエンスにタブーを促す。
会場一帯が、「死ね」の大合唱。
客観的に見れば、異様な光景である。
楽曲の意図する愛する人への「死ね」とは意味合いが異なるが、オーディエンスが日常で抱えているストレスが発散され、浄化される瞬間。
誰もが皆、いけないと解っていても自分では処理しきれない嫌悪に対して、「死ね」と考えてしまうことはあるはずだ。

セクシュアルな言葉も恥じらいなど微塵もなしに、ダイナミックに歌う。
もはやタブーなど何もなく、すべてがナチュラルに変貌してしまう魅力こそ、あいみょんというアーティストが幅広い世代に支持される所以なのかもしれない。

音源で聴く彼女の声色と、ライブでのパフォーマンスとでは印象が全く異なる。

定型的な技術にとらわれない歌唱とシンプルなコードで紡がれたギター演奏、これに変わりはないのだが、生物(なまもの)でありダイレクトに空気を共有できるライブ会場で、彼女は時として歌詞をセリフのように“喋る”のである。

それはまるで、舞台の芝居を観ているような錯覚に陥る。

その代表が、メジャーデビュー曲である「生きていたんだよな」。
イントロからの第一声は、セリフから始まる。 実際にニュースとなった、女子高生の飛び降り自殺というセンセーショナルな題材。 ノンフィクション作品である。
これがインディーズからメジャーへ出てきた第一作というのが、恐ろしい。

長らく邦楽シーンは、アイドル文化が続いていた。
その間、日本では幾つもの災害が起こり、エンターテイメントの存在意義さえ危うくなったこともある。
まさに“綺麗事”は通用しない、厳しい現実が次々と立ちはだかった。
1995年生まれで兵庫県出身の彼女は、阪神淡路大震災の時、まだお腹の中にいた。
2011年3月11日、東日本大震災の時は、関西方面はあまり揺れなかったと聞く。

だが彼女の心は、大きく揺れているようだ。
日頃からニュースを欠かさず見て情報を取り入れることで、様々なことを感じ取り、楽曲が生まれるという。
スピードを落とすことなく走り続ける彼女は、メディアでマンネリ化していた邦楽の世界に、間違いなく一石を投じた。
実力のあるアーティストが活躍できる時代の再来か。

ライブのMCになると、これまでのダイナミックさから一転して、ごく普通の年頃の女の子になる。
大ヒットとなった「マリーゴールド」で知名度を急上昇させても、有名人であるという自覚が生まれないようで、大きなステージでもオーディエンスに気さくに話しかけるなど、可愛らしさを覗かせる。
素朴なように見えて、自分で生み出した楽曲には確固たる自信を持ち、「全ての曲が大好き」と語る、熱い面も持ち合わせている。

「自分の音楽がどのジャンルに属しているのか分からない」と、彼女は言う。
それでいいのではないか、と思う。
どの枠にも属さない、マニュアルもない音楽こそが、あいみょん、なのではないか。

個人的に好きな曲がある。
インディーズ時代にリリースしたミニ・アルバム「tamago」に収録された一曲、「ナウなヤングにバカウケするのは当たり前だのクラッ歌」である。
本当に彼女は、1995年生まれなのか?
我々30代でもリアルタイムでは知らない言葉が並び、あどけなさの残る若い子が古き良き死語を歌っているのは、なんだか温かい気持ちになって、顔がほころんでしまう。

競争が激しく、いつの間にか姿が霞んでいくアーティストも多い世界で、彼女の親しみやすい人柄が失われないことを願うばかりだ。

冒頭のツアーは、2月13日にファイナルを迎えたばかり。
奇しくも、アルバム「瞬間的シックスセンス」がリリースされた、ちょうど一年後。
彼女は、大阪城ホールのステージに立つ夢が叶ったと、Twitterに投稿。

終演後、オーディエンスが余韻に浸っていたであろう時に、次のライブ告知。
まだまだ夢は続きそうだ。

「ちょっと休まない?」と、思わず言いたくなるスピード感だが、まだメジャーデビューして3年を過ぎたころ。
これからも新しい世界を繰り広げる彼女に、心からエールを送りたい。

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