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2017年7月31日

イガラシ文章 (25歳)
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幸福な王子

GOOD ON THE REELツアー2017『グアナコの行進』中野サンプラザ公演を観て

ふと思い立って、図書館でオスカー・ワイルドの『幸福な王子』の文庫本を借りた。
読み返すのは何年ぶりだろうか。子供の頃にはただただ悲しい物語だと思っていたこのおとぎ話を好きになれたのは、中学校に上がってからだった。
自分の身を削ってまで人に施しを与える王子の姿は、正直言って今でも全肯定はしかねる。人間達は決して心優しい者ばかりではないから、王子の優しさに気づかず偶然の幸運に甘えてしまう人だっていないとは限らない。
だけれど私には、そんな王子の姿がどうしようもなく美しく思えた。
GOOD ON THE REELを中野サンプラザで観た翌日の事だった。
 

六月の風の強い金曜日、私は友人と一緒に中野にいた。
彼女はグッドのライブを観るのは初めてで、私は三回目。私だって決して常連というわけではないが、彼女がちゃんと楽しめるだろうかと思うといつもより背筋が伸びる思いだった。
会場に入ると、民族音楽のような不思議なSEが耳に飛び込んでくる。目の前にはくすんだ麻色の緞帳に囲われた広い舞台。テントのような、砂の城のようなオブジェや枯れ木が配置されたセットは、ロックバンドのライブ会場と言うよりは舞台演劇でも始まりそうな雰囲気だ。ざわめく客席にも何処か緊張感があり、すぐ隣にいる見知らぬお客さんの気配すら浮世離れして感じられる。
まるで外国のお祭りや神事的な儀式のような空気に、自ずとテンションも上がる。友人と談笑する言葉も思わず熱っぽくなり、これから始まる演奏へのハードルをどんどん上げてしまう。もしかして期待させすぎたかな、と不安になり、直前になってちょっとドキドキしながら、私は舞台の上に彼らが現れるのを待った。

駄目なんだ、いつだって彼らには期待しすぎてしまう。
だって、グッドはいつでも私達が求めた以上のものを、全力で返してくれるから。
 

松明のような温かな光が次々と灯り、次の瞬間一瞬にして舞台の上が優しいピンク色に染まった。
“グアナコの足”の色だ、と思った。
ツアータイトルの所以にもなった、世界一乾燥した砂漠に群生する幻の花。
鮮やかな花の色に染まった舞台の上に、五人が現れる。

一曲目は、アルバムでも一曲目に収録されている『砂漠』。岡崎広平による力強いギターの一音目が鳴った瞬間、まるで重力を失うように、私の身体から現実感が遠ざかった。

スタンドマイクを前に、千野隆尋が両手を広げて歌い始めると、舞台の上に砂漠の荒野が広がる。
千野は祈るような仕草で手のひらを天に掲げ、まるで祝詞でも唱えるかのように朗々と歌う。千野の歌声は音源で聴くよりもずっと力強く、繊細で、人間臭いのに神々しい。メンバーの演奏が段々と熱を帯び、華やかに盛り上がってゆくにつれて、千野の歌声が砂漠に花を咲かせていくような錯覚を覚える。

神話のように美しく眩いばかりの世界を舞台の上に作り上げたかと思いきや、次の瞬間には少年のように無邪気な姿を見せてくれる。序盤で披露された『雨天決行』や後半の『灯火』では、夕暮れの街を照らす橙色の夕陽のような光に包まれたメンバーが縦横無尽に舞台狭しと駆け回る。
さっきまで重厚感のあるシブい低音を鳴らしていたベースの宇佐美友啓も、ロック少年のようにグイグイと舞台の真ん中に踊り出る。千野は清流のように澄み切った音の海を魚のように自由に泳ぎ、小鳥のように軽やかに跳ね、スーパーヒーローのように腰に手を当てて胸を張っていた。

凛としたヒーローの物語を描き出した次の瞬間に描かれるのは、等身大の悲しい恋物語だ。『あいつ』や『ひらり』、『それは彼女の部屋で二人』などの曲では、千野はさっきまでの力強さを手放し、今にも消えてしまいそうな程の儚さを醸し出す。羽ばたきのようなヴィブラートに身を切るように狂おしいシャウト、縋るように伸ばされる手や震える指先がとても生々しい。バンドサウンドは彼の切なさを包み込むように甘く、優しい音色になってゆく。

特に『ひらり』のアウトロの優しくシューゲイズした音色とギターの伊丸岡亮太によるコーラスの美しさは、まるでオーケストラの演奏を聴いているような奥行きが感じられて鳥肌が立った。

彼らの演奏をライブで聴く度に、オーケストラのようだと思う事がある。
この時も、『冬の羊』や『透明な傘の内側から』で披露された途方もなく優しいのに金属的で狂おしい轟音に、クラシックでも聴いているかのような言いようもない荘厳さを感じて涙が止まらなくなった。
まるで、ひとりの人間の悲しみややるせなさや優しさが星屑となって散りばめられた心内宇宙を、そっくりそのまま舞台の上に再現しているような景色だった。
 

舞台の上を舞いながら伸びやかな歌声を聴かせる千野は、まるで重力を持たないかのように軽やかに見える。
いつだって私達に語りかけるように歌い、歌うように語りかけてくれる。
いわゆる普通のロックバンドのボーカルのように拳を振り上げて攻撃的な言葉で煽る、なんて事も一切しないと言うのに、客席からは不思議な程沢山の手が挙がり、空気がどんどんと熱を帯びてゆく。
それはまるで、彼らの音を、千野の歌声を求め、祈りを捧げる人々の手だ。
千野の歌は肉体を持たない剥き出しの「心」そのもので、四人の奏でる音は彼の繊細すぎる心を優しく包み込み、客席の隅々まで遠く、遠く、どこまでも届けてくれる。
たった五人の青年達が鳴らしているだなんて嘘だと思える程に、彼らの音楽は途方もなく大きく、優しく、神々しかった。
 

「あなた達らしい花を咲かせて」と、千野は私達に呼びかけた。
アルバムのタイトルに因み、彼は私達の笑顔を花に例えた。
舞台の上から見える笑った顔や泣いた顔、その全てが美しいと言って、彼は泣き出しそうな顔で笑った。
私は、そんなふうに笑う彼の姿が、その場にいる誰よりも美しいと思った。
 

グッドに出会った時、私は人生のどん底にいた。
たった二十五年、四半世紀しか生きていない小童が何を言うか、と言われてしまえば何も言い返せないけれど、その時の私にとっては、毎日の生活や家族のために生きるには、現実はあまりに荷が重すぎた。一度転んだら最後、膝小僧の擦り剥けが痛すぎて、自力で立ち上がる事すらままならない状態だった。
グッドの音楽は、そんな私の視線の先で、ニコニコ優しく咲いていた可憐な花だった。
私にとっては彼らのほうが眩い程に綺麗に咲く花そのもので、私はまだ彼らのように美しく咲ける自信が無かった。
 

「あなた達がいてくれるから、メンバーがいてくれるから、もう二度と動かないと思ったこの足が、動くんだなぁ!」

煌めくような笑顔で、また千野が言う。私にとっては大輪の花にしか見えない彼にも、そんな時があったのか、と背筋が震えた。
十年もの間インディーズの第一線で活躍しながらも、努力をアクセサリーにせずいつでも飄々としてみせていた彼らの、地道な歩みが垣間見られたような気がした。
きっと、私達が想像もしえないような苦しみやもどかしさを抱えながら、それでも諦めず、段飛ばしもせず、着実に誠実に今まで歩き続けてきたのだろう。
 

終演後、まだ夢見心地の友人がぽつりと「利他的」と漏らした。
グッドは、いつだって自分の身を顧みないかのように、全力で私達の心に寄り添ってくれる。そんな様子が、自分の身を削ってまで表現してみせているように見えたのだろう。
 

『幸福な王子』は死によって神様に救われ、「黄金の都」で幸せになるが、ツバメとたったふたりではそんな悲しい結末になってしまっても仕方がなかったかもしれない。
でも、ツバメが四羽いたら?
いや、いっそのこと王子が五人だったら?
もしかしたら台座に据え付けられた足を引き剥がして、その二本の足で「黄金の都」を探す事が出来たかもしれない。

ドラムの高橋誠が「走行距離なんと合計12000キロ!」と胸を張った今回の長いツアーだって、彼らの今までの、そしてこれからのバンド人生にとってはほんの一瞬の出来事に過ぎないだろう。
いつの日か、彼らに誇れるような綺麗な花を咲かせられるまで、彼らと一緒に「黄金の都」に辿り着けるその日まで、私も生きて、自分の足で歩き続けたい。
そして、この温かくて優しくて、神々しい景色を、いつまでも何度でも観ていたいと思った。

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