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語り尽くせないバンドの話

ザ・バンドから繋がったロックンロールの豊潤なグルーヴ

アメリカのロックバンド、ザ・バンドのアルバムを聴いていると、バンドサウンドのその特異性が何故か当たり前になって聞こえてくるから不思議だ。本当はかなり変わったグルーヴを生みだしているのだが、全編を通していると感覚が麻痺してくるのかもしれない。

例えば、ザ・バンドのメンバーが個々に、他者の曲に参加して音を鳴らしている場合、ゲストとして演奏に加わっているとき、その曲にはやはり何かしら特別なグルーヴがあることに気づくのだ。

僕はザ・バンドの1968年のアルバム「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」と1969年の「ザ・バンド」の2枚を以前からよく聴いていた。気になったのはプロデューサー、ジョン・サイモンの存在だった。これらの音楽の秘密の鍵を握っているのがジョン・サイモンかもしれないと思っていた。ザ・バンド本体ではなく、プロデューサーが音楽に何らかの影響を与えているという勝手な想像を膨らませていたのだと思う。

一時期、ジョン・サイモンのプロデュース作を他のミュージシャンの中から探していることもあったが、見つけたのは、
ブラッド・スウェット&ティアーズの1968年の1作目「Child Is Father To The Man」(子供は人類の父である)と
サイラス・ファーヤーの1973年「Islands」
ボビー・チャールズ1972年の「Bobby Charles」
同じく72年のジャッキー・ロマックス「Three」だった。
インターネットがない時代、それらはどういうわけか巡り会えた偶然みたいなものだったのか。
とりあえず”JOHN SIMON”はキーワードだった。

ボビー・チャールズとジャッキー・ロマックスのアルバムには、実際ザ・バンドのメンバーが演奏に参加していた。
初めて聴いた大学生くらいの若者だった自分にはそのザ・バンドカラーのグルーヴには特別に感じるものはなかったのかもしれない。ただ繰り返し聴いていた記憶はある。しかしやはり、ジャッキー・ロマックスの”Hellfire, Night-Crier”という曲にはザ・バンドを感じるところがあると思っていたのは確かだ。

いまあらためてJACKIE LOMAX「THREE」のアルバムをレコードを手にして聴いてみると、ここにはザ・バンド関連の曲は1曲に過ぎない事を知る。だからこそ、それは際立つものとして響くのかもしれない。
特に印象的なのはリック・ダンコのぶっといベースのグルーヴである。レヴォン・ヘルムの立体的リズムの妙に任せていればとっても良い気分だ。そしてグルーヴのなかで軽快さを弾かせるジョン・ホールのカッティングギターのリズム感と絡み合う、対称的に分厚めのギターソロ。ジョン・ホールはオーリアンズのギタリストだ。ここにはザ・バンドとオーリアンズのグルーヴの融合がある。

「THREE」のアルバム全編でドラムを担当するのは実のところバーナード・パーディーである。それは知らなかった。まだまだ知識の至らない自分だと思う。

そしてひとつ気になる点は、”Roll On”の曲中に現れる奇妙な楽器音のソロ演奏である。参加者の名を見るとHOWARD JOHNSONによる、チューバという管楽器のソロ演奏だと判った。チューバの音がこういう形で使われているのは珍しいのではないか。
ここでまた思い出すことがある。そのハワード・ジョンソンなる人は、ザ・バンドの「ロック・オブ・エイジズ」の1971年ライブに参加しているのだ。ザ・バンドに何かと関わり合う管楽器奏者である。
さらに思いを馳せれば、タジ・マハールの1971年の素晴らしいライブアルバム「The Real Thing」にはこのハワード・ジョンソンによるチューバ演奏がダイナミックなグルーヴの一つとして機能している。このタジ・マハールのライブでギターを弾いたのは実にジョン・ホールである。
これらを合わせて捉えることが自分にとって音楽の愉しさとも言える。

僕はハワード・ジョンソンの名前を大学生くらいの時に知ったのだと思う。それはザ・バンドでもタジ・マハールからでもなかった。
20才頃に興味を持ち始めたジャズの、オーケストラアレンジャーのギル・エヴァンスのアルバムからその名を覚えたのだった。
1973年のライブアルバム「SVENGALI」
ジミ・ヘンドリックスの曲をジャズオーケストラによる演奏で表現した1974年の
「The Gil Evans Orchestra Plays The Music Of Jimi Hendrix」
1975年の「There Comes A Time」
そしてトランペット奏者チャールズ・トリヴァーとピアニスト、スタンリー・カウエルによるMUSIC INCというグループの1970年のアルバムにもその名を見つける事が出来る。
この人の経歴はかなり変わっている。

最近知った事だが、ギル・エヴァンス「Where Flamingos Fly」のアルバムはジョン・サイモンのプロデュースである。そしてここにもハワード・ジョンソンの名前がある。このアルバムは1971年に録音されながら発表されたのが1981年という事らしい。また69年のアルバム「Gil Evans」にもハワード・ジョンソンが居るが、実にこのレコードはザ・バンドと関わり深いベアズヴィルによる制作であるという事も判った。
これらの話はザ・バンドの音楽自体とは関係のないことかと思うが、人脈の関連性を見てゆくのは面白い。

ザ・バンドゆかりのジョン・サイモン。
だが、ザ・バンドのアルバム「ステージ・フライト」「カフーツ」にはそのサイモンが関わっていないらしい。僕は一旦、ザ・バンドに対する興味を見失ったのかもしれない。
「ビッグ・ピンク」「ザ・バンド」を聴いた後、次のアルバムへは進まなかった。

そこで今度は「カフーツ」の1曲”Life Is A Carnival”のホーンアレンジを手掛けているらしい、アラン・トゥーサンの存在が気になった。
「カフーツ」の1曲のみの参加は飛ばし置いて、次はアラン・トゥーサンのホーンセクションを大々的に編曲に取り入れたというライブアルバム「ロック・オブ・エイジズ」を聴いてみた。
初めて聴いた当時、僕はこのアルバムを聴いて、聞きながら、実によく寝てしまったものだ。退屈という訳ではなかったが、疲れていただけかもしれない。
興味の方向性を間違えて音楽が響かないなんていう事はよくあるものだ。素晴らしい事は、聴くべき時にそれを聴くことである。

とりあえず今度はアラン・トゥーサンだ。
ヴァン・ダイク・パークスの1972年のアルバム「Discover America」のなかにある曲
“Occapella”と”Riverboat”の作曲者がアラン・トゥーサンであった事、またリトル・フィートの1973年のアルバム「Dixie Chicken」のなかにある”On Your Way Down”の作曲者であった事からその名を知っていた。

そして1970年代ロックのなかで実に大活躍のアラン・トゥーサンの存在は度々気になるものだった。
例えば、ジャッキー・ロマックスがヴォーカルで参加したイギリスのバンド、BADGER(バジャー)の1974年のアルバム「White Lady」のプロデュースはアラン・トゥーサンである。
もともとイエスというプログレッシヴロックグループのメンバーだったトニー・ケイによるプログレバンドのバジャーにジャッキー・ロマックスが入る経緯は謎だが、ジャッキー・ロマックスの曲想とアラン・トゥーサンのセンスによるここでのファンキーロック感覚は洗練されつつグルーヴィーという点で素晴らしいものだ。

同じ74年には英国のザ・バンドとも言われたBRONCOのヴォーカルだったジェス・ローデンのアルバム「Jess Roden」をプロデュースしているアラン・トゥーサンである。ここではさらに都会的ファンキーグルーヴが展開されている。アラン・トゥーサンがアレンジした曲の演奏はニューオーリンズファンクのグループ、ミーターズによるものだ。

英国ロックのその時代にはファンキーブームがあったのか、そのトレンドのキーワードはたぶんアラン・トゥーサンである。そしてミーターズのニューオーリンズファンクである。
ザ・バンドよりもリトル・フィートの文脈で語るべき、ロバート・パーマーのアルバム「Sneakin’ Sally Through The Alley」も1974年のアラン・トゥーサンの仕事である。これは素晴らしいアルバムだ。

また、同じ74年でありながら、いたずらに洗練に進まず、武骨にファンキーグルーヴを表現したフランキー・ミラーの「High Life」というアルバムがある。ここにもアラン・トゥーサンの存在あり。そしてこれこそザ・バンドにも通ずるものかもしれない。豊潤にして分厚いグルーヴが楽しめる。
アラン・トゥーサン作曲による”Play Something Sweet”が後にザ・バンド解散後の1978年のレヴォン・ヘルムのソロアルバムでも取り上げられていること、あるいはザ・バンド「Rock Of Ages」のCDに収められている”Loving You Is Sweeter Than Ever”という曲は、このFRANKIE MILLER「High Life」のCDのボーナストラックにも入っていたという共通項がある。

アラン・トゥーサンの仕事に興味は尽きないが、
ザ・バンドに戻りたい。

僕はザ・バンドとその時代で共に聴くべきはポール・バターフィールドの音楽だと最近思うようになった。
例えば、ザ・バンド解散後のレヴォン・ヘルムのアルバム「Levon Helm and The RCO All Stars」は大変素晴らしいものだが、ここでレヴォン・ヘルムのリズムとビートとその歌と同等に存在感を示しているのはポール・バターフィールドのブルースハープである。
そこから辿って、ポール・バターフィールド「Put It In Your Ear」1976年のアルバムは、その頃のザ・バンドの重いグルーヴと洗練を同時に鳴らす1975年の「南十字星(Northern Light Southern Cross)」と同等に聞き応えがあるものだ。

この「Put It In Your Ear」のアルバムで演奏される”Ain’t That A Lot Of Love”という曲はザ・バンドの1977年「Islands」にも取り上げられているが、よりザ・バンド的にヘヴィーにグルーヴィーなのはポール・バターフィールドバージョンである。ここでは客演したレヴォン・ヘルムが素晴らしいビートを叩き出している。

レヴォン・ヘルムの「RCO All Stars」もポール・バターフィールドの「Put It In Your Ear」にも実はまたもやハワード・ジョンソンがホーンセクションに関わっているという点も面白い。

ひとつ気になるのは、かつてイギリスのプログレグループ、イエスやエマーソン、レイク&パーマーの数々のアルバムでレコーディングを担当していたエンジニアEDDIE OFFORD(エディー・オフォード)がこの南部ロックの「RCO All Stars」に何故か参加しているという謎である。それが関係するのかしないのか、ここでの音響はこの周辺の音楽にしては異質の空間性を表している気がする。

また、ポール・バターフィールドのベターデイズというグループは2枚のアルバムを残しているが、1973年「Paul Butterfield’s Better Days」よりも、どちらかというと1974年「It All Comes Back」がザ・バンドを想わせるギラついたグルーヴを感じさせる素晴らしいものだ。

ここにはザ・バンドとも係わりのあるボビー・チャールズの参加とその作曲によってニューオーリンズのファンキーなブルーズ感覚が強く出ているのかもしれない。
1972年のボビー・チャールズ「Bobby Charles」のアルバムでも素晴らしい名曲”Small Town Talk”は実にザ・バンドのリック・ダンコとチャールズの共作であり、後にリック・ダンコのソロアルバムでも再度歌われている曲だが、このポール・バターフィールズ・ベター・デイズバージョンによるジェフ・マルダーの表現力も味わいがある。
 

まだまだ語り尽くせないザ・バンドである。
ロックンロールの最終列車に乗り換える時間はまだある。
この文が若い人たちに読んでもらえるかは分からないが、昔の音楽は決して懐かしの音楽ではない。

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