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2017年7月31日

ぴよ (27歳)

海を越えた音楽、そこから見える景色

ASIAN KUNG-FU GENERATION World Tour 2017 メキシコ公演

遂に来てしまった。
標高約2200m、日本からの距離10000km以上。遥か遠く離れた、ラテンアメリカの巨大都市・メキシコシティ。2017年7月14日、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのライブを観る為に、私はこの地を訪れた。

“WORLD TOUR 2017”と、ストレートなタイトルが付けられた今回のツアー。6月26日の東京公演を皮切りに、アメリカ、ブラジル、ペルー、そしてメキシコを巡る全9公演、アジカンにとっては約2年振りの海外ツアーである。何故わざわざメキシコに行こうと思ったかと言えば、様々な理由がある。その一つが、2016年にリリースされたシングル『Re:Re:』付属の特典映像だ。初めてラテンアメリカを回った前回の海外公演の中から、メキシコでのライブの様子が収められているのだが、そこに映るファンの盛り上がりと熱狂ぶりに、私は心魅かれた。

 地球の裏側はどんな景色なんだろう

『Opera Glasses』の歌詞の一節が、ふと脳裏に浮かぶ程強烈な印象。メキシコの地で、二度目のライブを待つ多くのファン達。彼らの熱気を、直接肌で感じられたら……想像したら、わくわくして仕方がなかった。でも治安は?言葉は?そんな迷いがなかった訳ではないけれど、期待と不安を抱えて、私は人生初のメキシコ行きを決めたのだった。

現地時間14時過ぎ。会場であるEL PLAZA CONDESAの建物脇にある通り沿いに、長蛇の列が出来ていた。アジカンのライブを観る為、地元メキシコや周辺各国から集まったファン達だ。開演時間は20時。まだ6時間前だというのに、既に100人程が並んでおり、私も慌てて彼らに続いた。
程なくして、一部の客は指定された場所に待機するよう誘導され、私はチケットを握りしめて会場前の一画に移動した。ここに集められた人達はVIPチケット購入者だ。価格は通常チケットより高いが、フロアの前方でライブに参加出来る。更にこのVIPチケットは(私は購入時に見落としていて暫く知らなかったのだが)、開演前にメンバーとの握手会に参加出来たり、サイン入りのポスターが貰えたり、アジカンのファンには嬉しい特典も付いている。そんなチケットを手にしたファン達は、手作りのアジカングッズを身につけたり、アジカンの音楽を聴いたりしながら、各々期待に胸膨らませて、ライブまでの時間を過ごしているようだった。

私はと言えば、待機場所に整列してから開場までの約3時間、周囲にいた男女から声をかけられたことをきっかけに、国際交流を楽しんだ。
私が日本から持参したマフラータオルは、海外のファンから見るとレアグッズらしい。「これは日本で売っているアジカンのグッズ?」と訊かれたそのタオルは、青空と山々、真ん中に虹が描かれたアジカン公式グッズだ。広げて見せると、皆感嘆の声。可愛い、色が綺麗、と好評だ。
また、「好きな曲は?」という質問には、『マシンガンと形容詞』、『Re:Re:(彼女はレレ、と言っていた)』、『ソラニン』、『君の街まで』、『ラストシーン』と色々な答えが返ってきた。定番のシングル曲は勿論、アルバムの曲まで様々である。更に、アジカン以外の日本のバンドにも皆詳しかった。SCANDALのライブに行ったことはある?フレデリックは?フジファブリックは?…次々と出てくる日本のバンド名に、素直に驚いてしまった。まさかフレデリックの『オドループ』のリフをメキシコ人と一緒に口ずさむことになるとは、誰が想像していただろう。

17時になると会場の扉が開き、荷物チェックを経て中に入場した。
まずはアジカンとの握手会だ。開場前に仲良くなった女性陣からまた後で一緒に観ようね、と手を振られると、一列に並んだまま握手会のブースへと向かった。狭い通路を通る中、反対側からは既にメンバーとの握手を済ませたファンが次々とやってくる。皆一様に興奮気味で、それを見たら段々と緊張で身体が強張っていった。日本に住んでいるとはいえ、私も彼らと何ら変わらない、只のアジカンファンだ。本人達を目の前にして、緊張するなと言うのは無理がある。
いよいよ部屋へ通されると、アジカンの4人が並んで立っているのが視界に入った。「あ、本物だ。」と間抜けなことを考えていた私は、目の前に並ぶ4人に何か言うのも忘れて、ただただ握手をしてもらった。それはもう、一瞬の出来事。皆笑顔だったなぁという他殆ど記憶がない。最後にサイン入りのポスターを渡されて、私はふわふわした気持ちのまま小走りでフロアへと向かった。

フロアの前方エリアへ入ると、先程の女性陣4人に手招きされ、上手側の最前列で合流した。メンバーと握手をして間もない為、皆「凄い!」、「近かった!」、「あーどうしよう!」と口々に感想を言い合った。再び訪れた開演前の長い待ち時間は、雑談に花が咲く。その間も、手にしたポスターを見ては満面の笑みになって仕舞い、また見ては満面の笑み、を繰り返したり、アジカンの写真に頬擦りしたり、皆のアジカン愛は止まらない。早く始まらないか、と誰もがそわそわしながら、時が経つのを待った。
開演30分前。開場前に仲良くなった男性から、「後藤さん前が空いている。まだ一人来られるよ。」と声をかけられ、腕を引っ張られた。私は日本でアジカンを沢山観ているし、今日は地元の人達優先で楽しんでもらいたい。そんな気持ちがあったので、一緒にいた女性達に声をかけたが、皆大丈夫だから行ってきなよと言う。私が行っていいのかなぁ…などとぐずぐず考えつつ、あまり長々と断るのも悪い気がして、私は彼女達と終演後に落ち合う約束をして、彼に手を引かれるまま場所を移動した。
移動した先は、本当に後藤さんの目の前だ。こんな良い位置に私が来てしまっていいのだろうかと戸惑っていると、周囲の男性達が「ちゃんと見える?」と声をかけてくれた。更に後ろにいた女性からは「メキシコでのアジカンのライブ、楽しんでくださいね!」と笑顔で言われて、思わず涙が出そうになった。長年アジカンを待っていた皆の方が、私よりこの日を楽しみにしていたはずだし、その分楽しんで欲しい。けれども日本から来た見ず知らずの私に、こんなに親切に接してくれるなんて。まだライブは始まっていないが、ここにいる素敵なファン達と出会えただけでも、メキシコに来た甲斐があったと思えた。

サウンドチェックが始まると、会場中から歓声が上がった。スタッフと共にステージに現れたのは、サポートメンバーの下村さん。すると最前列ど真ん中にいた女性達は嬉しそうに、「シモリョーちゃーん!」、「下村さーん!」と大声で彼の名前を叫んだ。日本出国前、下村さんはアジカンのサポートをすることに対して様々な葛藤があったこと、そしてその葛藤を抜けて、いちミュージシャンとしてライブに臨むこと、その決意を綴ってネット上に公開していた。それを事前に読んでいたこともあり、海を飛び越えた先にいたファン達が彼に声援を送る姿に、私も胸が熱くなってくる。彼女達のきらきらとした声は、ステージ上にいる彼の耳にも届いただろうか。
「アジカン!アジカン!アジカン!アジカン!」
もう待ちきれないとばかりに会場中から沸き起こるアジカンコール、続いてサッカーの応援でも有名な『WE ARE THE CHAMP ~THE NAME OF THE GAME~』のメロディに合わせて「オーレーオレオレオレー!アジカーン!アジカーン!」と、大合唱が始まる。まだメンバーの姿はないが、この盛り上がり。ライブが始まったらどうなってしまうのだろう?期待に心躍らせながら、私もうだうだ悩んでいないで、思い切って楽しんでやろうと決意した。こんな遠い地まで来たのだ、楽しまない理由はない。寧ろ現地の熱気に負けないくらい、全身全霊で楽しむのだ。

20時過ぎ、客電が落ちて歓声が上がった。いよいよライブスタートだ。
ステージ袖からアジカンメンバーと下村さんが現れると、先程とは比較にならない程の悲鳴のような大歓声が上がり、会場全体に広がった。その熱狂的な出迎えに、ファンと同じくこの日を楽しみにしていたであろうアジカンメンバーも、嬉しそうに笑顔を浮かべて楽器を構えた。
幕明けの一曲は『荒野を歩け』。まだ消えない歓声に混じるように、ボーカル・後藤さんの歌から始まったこの曲は、アジカンの最新曲だ。メキシコのファン達は曲が分かるや否や、日本語の歌詞もなんのその、皆歌いながら拳を上げたり、間奏で歓声を上げたり、その興奮を全身で表現している。私も周囲の雰囲気に引っ張られるように、皆と歌いながら飛び跳ね、ギターソロではお腹の底から叫んだ。
続く『ブルートレイン』、絡み合うツインギターの演奏を煽るように「オイ!オイ!」とかけ声が上がった。その勢いの良さに、演奏するアジカンメンバーも押され気味に見える。まだ2曲目だが、そんなことはお構いなし。後半の為の体力なんて心配するなとばかりに、青い照明の下、皆が全力で楽しんでいることを肌で感じた。
『踵で愛を打ち鳴らせ』では軽快なリズムに合わせて踊りながらサビで大合唱し、気付けばあっという間に3曲駆け抜けてしまった。スモークだけでなく熱気のせいか、会場全体に靄がかかっているような気がする。それ程に、ファンが発する熱が凄い。止まない声援に後藤さんが笑顔で“Gracias!”と応え、ファンの歓喜の叫びは会場中に響き渡った。

アニメの主題歌にもなった『アフターダーク』、『Re:Re:』が立て続けに演奏されると、待っていましたとばかりに皆飛び跳ね、オリエンタルなリフが印象的な『N.G.S』ではギターリフを歌い上げる人も現れた。そんなファンの盛り上がりに、ステージ上の5人は丁寧かつ熱のこもった演奏で応えていく。
そして『お祭りのあと』の男らしいギターリフが鳴ると、会場中の視線は一気にギターの喜多さんへ。今回のセットリストで唯一の喜多さんボーカル曲、東京公演では後藤さんから「この曲で自分を知らしめたいと言っていた」などと茶化されていたが、その目的は達成されたようである。ファンの煽りに乗せられたのか、間奏のギタープレイは冴え渡り、アウトロの〆がびしっと決まると大歓声。間髪入れず、「喜多!喜多!」と喜多コールの嵐が巻き起こった。

“Hola!”朗らかな後藤さんの声に呼応するように、会場が一斉に“Hola!!”と返す。そして“Como estan?”と問えば、興奮と嬉しさを爆発させるように、皆が思い思いに叫ぶ。短いやりとりだが、バンドとファンの意思疎通はばっちり。ステージもフロアも、この素晴らしい空間を作り上げている誰もが幸せそうであることがその証だ。
そんなやりとりを挟んで次に演奏されたのは、『夜のコール』。実は開場前に「アジカンの好きな曲」を言い合っていた時、私が悩みに悩んで選んだ一曲である。それを覚えていたらしく、後ろにいた男性が私の肩を叩き「やってくれたよー!」と笑顔で手を挙げた。

 全ての想いを言葉にするのは無理でしょう
 それでも僕らは言葉から逃げられないだろう
 全てが行き詰って そんな時代になった
 音楽は既に在って
 僕たちは何を歌うの?

旋律に乗せ、言葉を紡ぐこと。時にその難しさにも真っ直ぐ向き合って、それでも歌おうとする覚悟。後藤さんの、詩を書く者としての「言葉に対する真摯な気持ち」が素直に綴られていて、とても好きだ。そして、音楽を構成するものは何も言葉だけではない。言葉の持つ意味すら越えて、空間で共鳴する「何か」。今この空間には、その「何か」があるように見えた。

ライブは中盤、『稲村ヶ崎ジェーン』、『アンダースタンド』とノリの良い曲が続く。小気味良く刻まれるリズムに合わせ、楽しそうに踊りながら歌う後藤さん。ファンも自由に身体を揺らし、時に手を挙げたり手拍子をしたりして楽しむと、次の曲へと繋ぐセッションが挟まれた。
次は何の曲だろう?揺蕩う不思議なサウンドを聴きながら、会場の空気もさわさわと揺らめいた。ファンの期待が増幅されていく中、水面に小石を落とすように、後藤さんはそっと歌い出した。
“Uno, Dos, Tres, Cuatro, Cinco, Seis, Baby”
聴いたことがあるメロディ、でもいつもと歌詞が違う。『1.2.3.4.5.6.Baby』は、原曲では英語で数字をカウントする。しかし今日はメキシコ公演、スペイン語でのカウントだ。その特別な演出にファンはどよめき、すぐさま指で数を示しながら後藤さんと共にスペイン語で歌った。
数え歌なら、海外の色々なところでも皆で歌えるのではないか。そんな想いからこのような曲を作ったと、以前後藤さんは語っていた。即ち言語の数だけバリエーションがある、ということ。この曲の秘めたる可能性の大きさに、改めて驚かされた。曲が終わり、拍手と歓声が鳴り響く中、隣にいた女性が目を潤ませながら「ウノ、ドスって(スペイン語で歌ってくれた)!」と、感激したように呟いたのが印象的だった。

短い曲紹介の後、演奏されたのは『ブラッドサーキュレーター』。激しく明滅する照明の中、全力で歌うファンの声と振り上げられる拳の勢いに、今まで参加したどのライブの時よりも盛り上がっていたような感触があった。その盛り上がりのまま、『君の街まで』、『ループ&ループ』、『リライト』、と、日本でも定番の人気曲が立て続けに演奏され、会場の熱気は上がっていくばかりだ。
『リライト』の間奏では、最近、後藤さんとファンの間で掛け合いをする場面がある。後藤さんが歌った後、ファンが同じように歌い、後藤さんが更に続きを歌い…というものだ。今回もその掛け合いを試みて、後藤さんは間奏でハンドマイクになりステージ前方に出てくると、「芽生えてた感情切って泣いて」と歌った。ところが殆どのファンは勘違いして、その続きの歌詞を歌い始めてしまった。ゆっくり、違う違う、と首と両手を振る後藤さん。それを見たファン達のどよめき、そして笑いで会場は包まれた。
“No, No…Please repeat after me, OK?”
その言葉で意図が伝わったようで、分かった!と元気よく返す人が多数。改めて行われた掛け合いは成功し、後藤さんからはGood!のジェスチャー。和やかなやり取りが挟まれたことで、更に良い空気が会場を満たしたように感じた。

“Gracias, Gracias.”
ライブもいよいよ終盤だ。後藤さんはギターをゆったりと弾きながら、歌うように感謝の言葉を口にした。何処か愁いを帯びつつも、力強く進んでいく『Wonder Future』の後、冒頭、静かに且つ凛と鳴らされたギターコードに、すぐさま歓声が上がった。『ソラニン』はメキシコでも人気曲であることが、一瞬にして伝わってくる。開演前に仲良くなった女性の一人も『ソラニン』が大好きで、漫画も映画も良いよね、と笑顔で話していたことを思い出した。少し離れた場所でライブを観ている彼女は、今目の前で鳴らされているアジカンの演奏を、確と目に焼き付けているだろう。ラストに向けて激しく掻き鳴らされるギターに比例して、ファンの歌声も会場の空気も、益々熱を帯びていった。
本編最後の曲は、ドラムの力強いリズムで始まる『今を生きて』。追いかけるようにギター、ベース、タンバリンが重なり、華やかに、軽やかに会場を彩っていく。この曲を聴く度に、思わず涙が出てしまいそうになる。全方位に放たれるグッドフィーリングは、まさにこの空間を象徴しているかのようで、喜びに抱き締められているような感覚になった。何事にも、いつか別れが訪れる。このライブだって、この幸せな時間だって、終わりが来る。だからこそ、今この一瞬を全力で生きるのだ。今鳴っている音楽に身を任せ、思い思いに楽しむメキシコのファン達は、それを本能的に理解しているような気がしてならない。

 永遠を このフィーリングをずっと忘れないでいて

最後のフレーズがアジカンからのメッセージのように響いて、ライブ本編は幕を閉じた。演奏の余韻が残る中、メンバーが次々とお辞儀をして袖に捌けていく。盛大な拍手とファンからの“Gracias!”。全員が捌けると、興奮冷めやらぬファン達の歓声は大きくなった。

「アジカン!アジカン!アジカン!アジカン!」
「オーレーオレオレオレー!アジカーン!アジカーン!」
開演前にも上がった歓声に加えて、“Encore!”、そして“Otra!”とファンは口々に叫び、アンコールを求める。「あと2回、3回、4回…アンコール、やってくれないかな。」後ろでそんなことを溢した男性。冗談半分、でも結構本気かも。こんな最高の時間、本当はいつまでも続いて欲しい。

暫くすると、再度アジカンメンバーと下村さんが現れた。アジカンの4人は正面にmexicoと書かれた真っ赤な野球ユニフォームに着替えており、更に後藤さんは巨大なメキシコ国旗をマントのようにはためかせながらの登場だ。野球ユニフォームはそれぞれメンバーの名前入り、メキシコ国旗にはファンからの寄せ書きがびっしりと書き込まれていた。どちらもメキシコのファン達からのプレゼントで、後藤さんがステージ中央で国旗を掲げ“Gracias!”と言うと、歓声は一際大きくなった。

3曲やるよ、と言って始まったアンコールの1曲目は『惑星』。
本編の後半、曲間で惑星コールが何度か上がっていたことを思い出した。そんなファンの声に応えて、急遽演奏することにしたのであろう。声を上げて喜ぶファンを目にし、粋なことをするなぁ、と私も嬉しくなった。

 揺らめく旗の星に
 数えて五十二番目に
 本当は誰の言いなり
 気付かれぬように空を奪う
 連れ立って並ぶように見えるのはまやかし

『惑星』には、日本とアメリカの微妙な関係を綴ったように解釈出来る部分がある。メキシコの人から見ると、どう映るのだろう。格好良いギターサウンドに身体はノリつつも、ふとそんなことを考えてしまった。

柔らかなギターの音色が会場中を包み込むように響き渡り、次に披露されたのは『転がる岩、君に朝が降る』だった。繰り返される、出会いと別れ。アジカンが初めて海外のフェスに出た時に感じた一期一会の寂しさが、この曲の誕生に関わったという。優しくも力強い、寄り添ってくれるような歌声が耳に心地良い。
彼らの音楽は私達を、様々なところへ連れて行ってくれる。今日だって、私をこんな遠くまで連れてきてくれて、こんな素敵なファン達と忘れられない時間を過ごすことが出来た。でももうそろそろ、お別れも近い。胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚と共に、この旅の全ての出会いに対する感謝の気持ちが、じんわりと溢れ出した。

これが本当のラスト一曲、『遥か彼方』のごりっとしたベース音が勢いよく鳴り響き、また会場は熱狂の渦の中。これまで1時間以上盛り上がり続けて、ここが絶頂なのではなかろうか。会場中から一斉に拳が挙がり、力のこもった歓声が方々から飛び交う。そんなファンに負けじと、ステージ上の5人も熱い演奏で応える。ステージとフロアの想いや熱量が、空気を媒介にやり取りされ、混じり合って、循環して、会場の熱気は最高潮だ。
サビでの大合唱は圧巻だった。私も、残っている全てを振り絞って声を上げた。

最後の一音が盛大に鳴らされフィナーレを迎えると、湧き上がる歓声の中5人はステージ中央に集まった。そして全員で肩を組み一礼、一際大きな拍手と幾重にも重なる“Gracias!”の声。顔を上げた5人は皆良い笑顔で、拍手を送り続けるファン達に手を振り、ステージを後にした。

終わってしまった。
あっという間の約1時間半、少し意識がぼんやりとするのは、標高が高いからだけではない。私自身、日本にいる時よりも出し切った感があった。
「凄かった!凄かった!」
終演後に会う約束をした男女5人と改めて合流し、言葉短く高揚感を吐露しながら外に出た。すっかり暗くなった夜空の下、まだお祭りの余韻で盛り上がるファン達で、会場前は道が見えない程ごった返していた。

ホテルに戻った後、すぐに眠れなかった。
前方は特に人が密集し、その中でぎゅうぎゅうと押し合うような体勢でライブを観る。…日本でのライブは大概そうだ。けれども、今日は違った。メキシコは熱狂的で激しいライブと聞いていたが、日本のような押し合いには全くならなかった。寧ろ皆がお互いのスペースを守りつつも、自由に叫び、歌い、踊り、拳を挙げていた。
「少し心配なことがあって…メキシコの人はライブ中激しくて、結構お互いぶつかることもあるの。日本の人はその場で動かないで、大人しく観ているの?」
開場前、現地の女性からそんなことを問われた。日本人ってそういうイメージなんだ、と軽くショックを受けたのだが、日本でのモッシュやダイブがしばしば問題にもなる程激しいことは、私も経験済みだ。そんなことないよ、と答えるとそうなんだ、良かった、と安堵されたのだが、メキシコでのライブを体感して「激しさ」とは何か、改めて考えてしまった。

メキシコのライブで感じた「激しさ」は、想いを発露した時のエネルギーの大きさだ。互いに互いの楽しむ気持ちを尊重する、その上で「楽しい」、「興奮している」、という自分の内なるエネルギーを余すことなく解放している、そんな印象。決して暴力的ではない。
また、メキシコのファン達はそれこそ、最初から最後まで歌っていたように思うが、不快には思わなかった。日本でそれをしたら、ネット上ですぐライブマナー論争になるだろう。私はわりと合唱に寛容であるが、それだけが要因ではないと思う。日本ほど、お互いが常に密着した状態で観ているわけではないから、煩く感じづらいというのも一因なのだろうか。

よく後藤さんは、「自由に楽しんで」と言う。
周りと示し合わせたかのように手を挙げたり、同じ振付で盛り上がったりすることは、別に悪くない。けれどももし「周りがそうしているから私もそうしないと」なんて思って無理にやるくらいなら、やらなくていいんじゃないか。そういうニュアンスだと解釈している。
皆で同じ場所で手を挙げる、これが日本人の感じる一体感や、周りと楽しみを共有している感であるならば、例えば歌うことがメキシコでの楽しみの共有の仕方なのかもしれない。あるいは音楽が鳴ったら、自然と歌ってしまうものなのかもしれない。

様々な憶測が浮かんでは消え、分かったようで、分からない。そもそも音楽の楽しみ方に、正解などないのだけれど。
兎にも角にも、あの空間には幸せな空気が充満していた。ライブはバンドだけでなく、その場にいる観客も一緒になって作るものだ。今宵はアジカンとメキシコのファンが、互いに互いを盛り上げ合い、最高の空間を作り上げる瞬間に立ち会えたのだ。

翌日、アジカン御一行はツアーの最終地であるブラジル・フォルタレザに向けて旅立った。
そして私はメキシコシティから約50km離れた、テオティワカン遺跡にいた。ピラミッドに登り、頂上から見える景色を眺めながら、湿り気のない涼やかな風を浴びていると、昨夜のライブが夢のように思えてくる。何だか不思議な気分だった。日本から10000km以上離れた場所に住む、話す言葉も習慣も異なる人々。そんな彼らと昨夜、大好きなアジカンの音楽を介して繋がれたなんて。

月並みな言葉しか思い浮かばないけれども。
音楽は、途方もない距離も時間も言葉の壁も飛び越えて、その向こうにいる何かと私を繋いでくれる。

次はどんな景色が見えるだろう。
何度でも心に芽生えるときめきの瞬間、だから私は今も昔も、アジカンの音楽が好きだ。
そしてこれからもそんな瞬間を求めて、私はまた、音楽を聴く。

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