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「神聖かまってちゃんが好き」って、言うこと。

メランコリー×メランコリーツアー、ファイナルを見て。

 正直、「神聖かまってちゃん」が好きって言うことに、抵抗がある。少なくとも、初対面の人に「神聖かまってちゃんって知っていますか?僕、ファンなんです!!是非調べて、聴いてみてください!!」だなんて、生まれ変わっても言えないだろう。

 もし相手側が知らなければ、調べればすぐ出てくるセンセーショナルなアルバムタイトルに、「え?殺害予告?」と思われかねないし、なまじその存在を少し知っている相手だと、「はい、メンヘラ乙」と、レッテルを貼られる恐れがある。

 「神聖かまってちゃん」は、そのバンドの性質ゆえに、まず、多くの人を一歩遠ざけてしまう。曲にもよるが、歪みに歪んだギターが紡ぐ破滅的なサウンド、そこに乗るのはボイスチェンジャーで極限までヒリヒリさせた高音ボーカル。もしくは、今までどの大人からも聴いたことのない、魂がもげ出そうなほどの絶叫。さらに、その曲名が「友達なんていらない死ね」などとくる。これは、もうちょっと、異常事態なのではないだろうか。冷静に考えると。

 ただ、すごく好きだ。匿名なので言ってしまうが、本当に好きだ。

 自分も、最初は一歩遠ざけた。家族共用のデスクトップPCに入っていたiTunesで、たまたまおすすめに出てきた「ロックンロールは鳴り止まないっ」は、1分半の試聴なのに最後まで聞けなかった。当時流行りの音楽を追いかけ始めたばかりで、イヤホンの音量も大きくなりすぎないよう気をつかっていた中学3年生の自分には、耳馴染みが無さすぎる音楽、歌い方で刺激が強かったし、なんだかいけないことをしている気分になった。さらにアーティストから曲名を漁ると、そのいけないこと感覚が正しいことを悟った。

 でも、戻ってきてしまった。何週間かのち、あの音を、あの声を聴きに。耳から離れなかった。「ロク鳴り」の次は「23歳の夏休み」。「23歳の夏休み」のあとは、「死にたい季節」・・・。これはあれかもしれない。これは、今僕の心の中にある、あれと同じなのかもしれない。当時の僕は、無意識的に引き寄せられていった。
 
 僕の中学時代、2010年代前半は、SNSが急速に普及した時期だった。同級生の二つ折りケータイは、次々とスマートフォンにとってかわったし、どんどんそれを持っていることが当たり前になっていった。自分も、中学入学のタイミングで、スマホデビューをしたくちだ。スマホを持ってすぐ、SNSという便利なツールの存在を知って、周りの友人も指数関数的に始めていった。知らなかったのだ。その便利さの影に潜む、危うさに。

 ただ目の前のものを楽しむ中学生は、仲間内でやっている悪口や中傷も、SNSに持ち込んだ。自分の持つちょっとしたトゲが、SNSを通じ大きな刃物になって他人を傷つけることに、まだ気付いていなかった。幼い頃から気が弱く、褒め言葉より怒られたことをよく覚えている子供だった自分は、24時間隣にあるスマホの中で渦巻く悪意に、例に漏れず傷つけられた。対象がはっきり書かれていなくても、すべての悪意が、自分に向けられているのではないかと恐れた。そのうちそれは、心の中に劣等感を生み、肥大させた。いつもじゃなかったが、時折訪れるその負の感情の波はとてつもないパワーで僕を襲った。希死念慮も抱いたが、海外に単身赴任して長く家にいない父親の代わりに、女手一つで子育てをする母、貧乏と闘って自分を中高一貫の私立校に通わせている家族の前では、気丈な息子でありたかった・・・。

 「神聖かまってちゃん」の曲には、僕のそんな感情があった。どうしようもない劣等、悪意に対する怒り、沸き立つ衝動、誰にも理解されないという孤独、それでも続いていく美しい日々に対する無力感。それらが、一緒くたになって、純度100%の状態で吐き出された音と歌。聴けば聴くほど、心が揺さぶられ、もっとこの人たちの曲を知りたいと、家族に内緒で、cdを手に入れた。

 負の感情が夜の身体を侵してきかない時は「友達なんていらない死ね」、「バグったのーみそ」を聴いて歯を食いしばった。「仲間を探したい」や「自分らしく」に救われた日は、少なくなかった。「フロントメモリー」は無力感によりそい、「怒鳴るゆめ」が僕を日々に送り出す。恥ずかしいけれど、本当のことだ。

 自分の憂鬱を声に出して伝えるって、結構勇気のいることだ。少なくとも、僕にはできなかった。それを言ったら、失ってしまうものがある。貼られるレッテルがある。もしも、助けを求めて、それが否定されたら?人身事故に舌打ちしている人がたくさんいることを僕は知っている。「死にたい」っていう人に、「じゃあ死ねよ」っていう人を、ネットで見た。1人じゃないはずだ。

 それを代わりに、「かまってちゃん」が引き受けていた。他人に敬遠されかねないような音が、歌が、こめられた感情が、メッセージが、これもまたインターネットに乗って、多くの場所で響いた。当人が意識していたかはわからないが、批判も一挙に受け止めて歩き続ける姿は、全体から見れば少数の、負の感情に折り合いがつかない人たちの拠り所となった。悪意渦巻くネットの時代に彼らが現れ支持を得たのも、偶然ではないだろう。

 僕は成長し、大学生になった。実家を出て、東京で1人暮らしている。運よく公立の大学に入れて、親孝行も多からずできた。落ち込んで不安定になることも少なくなってきた。

 上京から、2年たった頃、念願のツアーファイナルに足を運べた。それは、10年以上バンドを支えてきた、ベーシストちばぎんの、脱退前最後のライブでもあった。

 ライブにはすごい数の人が足を運んでいた。ボーカル・の子のMCに応えようと、この刹那を刻もうと、観客のボルテージも高まる。衝動と衝動がぶつかり合う中で、ちばぎんの脱退という一つの終わりが近づいていく。新旧織り交ぜた集大成的セットリストに、神聖かまってちゃんが歩んだ歴史を思う。泣いている人もいた。僕も少し泣いた。そして、ふと気づいた。

「あ、」

「今、生きてるじゃん。」

「生きてるから、ここにいるのか。」

 生きているからこそ、この瞬間に立ち会えていた。曲を聴くごとに、心の闇に苦しんだ、あの思春期の自分を思い出す。当時は、「神聖かまってちゃん」に頼ってしまう弱い自分が愛せなかった。もっと強い人間だったら、母親に何の心配もかけずに済んだのに(母親は、いつもそれとなく相談に乗ってくれた。本当に感謝している)。自分を愛せず、劣等感に浸り、時折とても死にたい気持ちに苛まれていたあの頃の自分。それでも、曲を聴いて、もがいて、おかしくなりそうな夜を乗り越えた自分。その延長線上で、今自分は生きている。今この景色を見ている。気づいた瞬間、あの頃の自分も、愛おしく思えた。

 周りを見渡すと、そこにいる全員が、生きていた。神聖かまってちゃんと歩んだ自らの過去を思い出し涙する人。現在進行形で、神聖かまってちゃんに救われている人。そして、ちばぎん脱退という区切りを目の前にして音を鳴らし続ける4人のかまってちゃんも、抜群に生きていた。このライブが終われば、観客も、の子も、みさこも、monoくんも、ちばぎんも、皆それぞれの現実に向かっていく。そこにいる全員が美しいと思えた。

 3人になっても、「神聖かまってちゃん」という名前で活動を続ける彼ら。過去も現在も、そして未来も引き受け、歩みを止めない彼らは、あの頃と同じ輝きを僕に、それから今苦しんでいる少数派の多くの人々に生きるエネルギーを、与え続けるだろう。

 あの頃の自分も愛せるようになった僕だ。これからはもう少し胸を張って、「神聖かまってちゃんが好きだ」と言って、彼らを応援しようと思う。

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