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すべての人の心に響く「志村正彦」が残した音色

思い出と共鳴し日常に溶け込む「チャイム音」

子どもの頃、住んでいた家のすぐ側には防災無線が設置されていて、毎日当たり前のようにチャイム音を聞きながら、生活していた。田舎ということもあり、チャイム音が時計代わりみたいな感覚だった。朝6時から夜9時まで定期的に流れるチャイム音。田舎時間の司令塔とも言える。それは必要不可欠な存在で、夕方4時半のチャイムが鳴ったからそろそろ帰る準備をしようとか、夜9時になったからもう寝ようとか、日常生活に溶け込んでいる音だった。

大人になるにつれて、田舎から都市部で過ごす時間が増えた。街は賑やかだ。別に何時であろうとたくさんの音や音楽で溢れている。それが楽しいと思えた時期もあった。知らず知らずのうちにたくさんの音楽に出会えたから。そして慌ただしく、日常が過ぎていく。大学に通う、友達と遊ぶ、借りている部屋で過ごす…そんな目まぐるしく過ぎ去る時間を特に何とも思わず、歳を重ねるごとに年々、時間の流れが加速していく気がするなと淡々とした単調な生活を送るようになっていた。

ふと田舎での生活を顧みる。実家のある田舎にいる時、感じる時間の流れはゆったりしている。都会にいる時より時間の流れが遅く感じられる。そしてある音に気付く。それはチャイム音だ。

市町村合併して少しは減るのかと思いきや、毎日7回以上鳴っている。鳴っているというよりは様々な音楽が流れている。基本的には童謡が多い。「椰子の実」、「みかんの花咲く丘」、「夕焼け小焼け」、「家路」、「故郷」など。たまたま町の境目にいると、複数の町のチャイム音が聞こえる。合併したはずなのに、どうやら町によって微妙に選曲が違うらしい。夕方5時のチャイム音は「夕焼け小焼け」と「エリーゼのために」が同時に聞こえる。「家路」と「夕焼け小焼け」がすこしズレで聞こえる時もある。あまりにもいろいろな町のチャイム音が聞こえるものだから、正確に何回鳴っているのか把握しかねていたりする。

ここまでは前置きで、なぜさっきからチャイム音のことばかり話しているのかというと、フジファブリック「若者のすべて」において、

<夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて>

という歌詞のフレーズに心惹かれたからである。

私にとってチャイム音なんて当たり前の存在で、この曲に出会うまで考えることさえしなかった。調べてみると、すべての市町村でチャイム音が存在するわけではないらしい。だから都市の街にいる時は気付けないのかとやっと理解した。いろいろな音楽が流れているから聞き逃していたわけではなく、そもそも存在しないんだと。あったとしても、鳴る回数が少ない場合もあるらしい。それを知って、無性に田舎のチャイム音がかけがえのない存在に思えた。

田舎の広い川沿いの道に沿って、土手がある。私はその道を高校生の頃、自転車で走った。高校に続く一本道。フジファブリックの曲で例えるなら、「ペダル」が似合う道だ。

<平凡な日々にもちょっと好感を持って 毎回の景色にだって 愛着が湧いた>

その土手の脇には大きなポプラの木が一本立っていて、道路を挟んだ向かい側には防災無線が立っている。ポプラの木とその防災無線を見ると、あぁ故郷に帰って来たなという気持ちになる。

フジファブリック、志村正彦が紡いだ歌詞の中には何気ない日常に気付きを与えてくれるモチーフが多い。<夕方5時のチャイム>「若者のすべて」も<あの角>「ペダル」も、<路地裏で咲いていた 花>「ないものねだり」も、<駄菓子屋>「陽炎」も、全部普段は気が付かないまま、通り過ぎてしまう懐かしい記憶の奥底に眠っている心象風景だ。

フジファブリックの音楽、特に志村正彦の歌詞や歌声をよく耳にするようになってから、私は子ども時代を思い出す回数が増えた。別に意識しているわけでもないのに、自然と呼び起こされてしまう懐かしい思い出の断片たち。

フジファブリックを聞きながら運転していたら、無性に歩きたくなった。フジファブリックのバラードナンバーは散歩したくなるテンポの曲が多い。「花」、「同じ月」、「バウムクーヘン」、「ロマネ」、「ないものねだり」、「タイムマシン」、「笑ってサヨナラ」など、スローテンポの曲ばかり集めたプレイリストの一番最後に「若者のすべて」を入れたら、妙に速く感じて、驚いてしまった。他のアーティストの楽曲と比べたら「若者のすべて」だってバラードナンバーのはずなのだが、不思議な現象だった。それほどフジファブリックのスローな楽曲は歩く速度に似ていて、ゆっくり落ち着きたい時しっくりする。

駐車して、子どもの頃よく歩いた道を久しぶりに歩いてみた。川の向こう側の山に太陽が沈みかけている。高校生の頃はよくここで夕日の写真を撮ったことを思い出す。さらに遡って幼少期には祖父母に手を引かれて散歩したなとか、道の向かい側の広場で野良猫たちと遊んだなと懐かしい記憶が次々と思い起こされた。
白鳥たちがねぐらに帰るのか頭上を通り過ぎた。そしてタイミングよく夕方5時のチャイムが聞こえてきた。少しだけ泣けた。なぜか感傷的な気持ちに襲われて、胸が締め付けられる思いがした。ずっと忘れていたこの心の感触。志村正彦の歌詞は封印されていた記憶を解き放ってくれて、人の心を捕らえて離さない。私はどんどん志村正彦の音楽の世界に傾倒していった。きっと気付いた時には引き返せない所まで足を踏み入れてしまっていた。

<晴れた心の日曜日の朝 誰もいない道 歩いたこと>

「茜色の夕日」を聞きながら、白鳥がいる川沿いを散歩したりもした。なんとなく白鳥の声を録音していたら、またタイミングよくチャイム音が流れた。白鳥の声と「家路」のメロディが妙に合う。また胸を締め付けられた。

<空をまたいで 君に届けに行くから待ってて>
<全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温>

「Sugar!!」を聞きながら、ドライブしていたら、気付くと祖父母のお墓に辿り着いていたこともあった。志村くんが連れて来てくれましたと手を合わせた。少しばかり意識が薄れた瞬間があった。これって少しヤバイのかなと念入りに拝んだ。フジファブリックの曲は過去に遡るどころか、違う世界にも一瞬導いてくれるのだろうか。

<また そうこうしているうちに次から次へと浮かんだ 残像が 胸を締めつける>「陽炎」

このように、フジファブリックの曲は時間や空間を越えて、懐かしい記憶や忘れてはいけない気持ちを与えてくれた。それは少しつらいけど、心地良いもので。志村正彦の歌詞を追いかけていたら、そういう体験がどんどん増えていった。

ここからは少し童謡について考察してみようと思う。チャイム音は童謡が多いと述べたが、同様にクラシックも少なくない。その2つのジャンルを合わせた曲として、「家路」が挙げられる。「家路」は「遠き山に日は落ちて」とも呼ばれている曲であるが、クラシック曲であるドヴォルザーク「新世界より」の旋律が元に作られている。個人的に昔から童謡が好きで、その原曲を辿ると結局クラシックの曲なのかと気付かされることが多い。例えば他には「白い道」というNHKみんなのうたで放映されていた歌も存在する。その曲の原曲はヴィヴァルディ作曲「冬」だし、同じくみんなのうたで発表された「小さな木の実」も元はビゼーのクラシック曲である。「蛍の光」はスコットランドの民謡が原曲だ。
「夕焼け小焼け」や「故郷」は日本人が作曲したものであるが、「蛍の光」のように外国の民謡に通じるものも感じられる。

つまり何を言いたいのかというと、フジファブリックの曲はクラシックのように馴染み深い旋律であったり、異国情緒感漂う旋律であったりするから、ロック界の童謡とでも言えるだろうか。まさにチャイム音にぴったりなのである。

志村正彦を特集したラジオ番組で、彼はブラジルの音楽もよく好んで聞いていたことを知った。フジファブリックの不思議なメロディは海外の音楽の影響も受けていたことを知って、やっと理解できた。他にも彼がリスペクトする奥田民生つながりで、70年代ロック、古き良き時代の洋楽からも影響を受けたらしい。(『東京、音楽、ロックンロール』完全版より)

志村正彦がミュージシャンを目指すきっかけとなった奥田民生の楽曲もどこか童謡やクラシックに通じるものがあって、馴染みやすさを個人的には感じていた。意識して聞いていたアーティストではないものの、例えばUNICORNの「雪が降る町」、「すばらしい日々」は特にサビが印象的で、何度か聞いただけで子どもでも覚えられるメロディだったし、志村正彦が影響をもろに受けたソロ時代の楽曲、「愛のために」、「イージュー★ライダー」、「さすらい」などはすぐに思い出せる覚えやすいメロディだ。奥田民生ソロ曲の中から選ぶなら、個人的には「息子」が大好きだ。彼がプロデュースしたPUFFYの曲だって、印象に残りやすい。何を言いたいのかというと、奥田民生節こそ、誰でも親しみやすい童謡に通じていて、志村正彦の音楽の原点がそこにあるから、フジファブリックの音楽はチャイム音にふさわしいのだと考えた。

このように志村正彦が熱心に聞いていた様々な音楽こそ、あの独創的でありながらも妙に親しみやすいフジファブリックの音楽のルーツであるから、「チャイム音」に馴染むのは偶然ではなく、必然であり、<「運命」なんて便利なもの>「若者のすべて」としか考えられないのである。

しかし、そんな「運命」的な一致と簡単には言えない事情も知ってしまった。
志村正彦特集のテレビ番組の中でチャイム音についてしっかり取り上げられていて、志村正彦の故郷である山梨県富士吉田市では彼の生まれた7月には「若者のすべて」を、彼が亡くなった12月には「茜色の夕日」を短い期間ではあるものの市のチャイム音として使用されていることが知られているが、そのチャイム音が採用されるまで、相当時間がかかったことを初めて知った。志村正彦の同級生である市の職員の男性が、努力を重ねて、実現したチャイム音であることを知った。

「若者のすべて」も「茜色の夕日」もフジファブリックの代表曲と言えるだけでなく、懐かしくクラシック的な童謡的な旋律で、チャイム音にふさわしい。最初からチャイム音のために作られた音楽と言っても過言ではない気がする。なのに、周囲の納得を得られるまでかなり時間がかかったという。その男性の尽力に感謝したい。だってそのおかげで、ファンは志村正彦が亡くなってしまっても、彼の地元に足を運び、彼が渾身の思いで作り上げた旋律を防災無線のスピーカーから聞くことができるのだから。富士吉田市に行ってみたいというきっかけにもなるし、それに現地には行けないファンも、ラジオやテレビ番組を通して、まるで風に乗って志村正彦の歌声が聞こえてきそうなチャイム音を耳にすることができたから、素直に感動した。

ネット配信されたラジオ番組で流れた「茜色の夕日」のチャイム音を聞いていたら、地元のチャイム音についても思いを馳せることができた。それほど気にも留めたことのなかった平凡な日々の音が大切な存在になった。

思わず、地元のチャイム音を録音したくなった。つい先日、実家にいる時、夜9時前になるとまずは「故郷」が流れてそこから「ムーン・リバー」、「家路」と3曲立て続けに聞こえることに気付いた。わずか5分くらいの間にこんなにたくさんの素敵なチャイム音が聞けるって実は恵まれているんじゃないかと思った。
慌てて録音し始めた。時計の音、犬の遠吠え、給湯器の音、台所で料理のトントントンという包丁の音、いろいろな日常の生活音に交じって、チャイム音が鳴り響く。音は長く伸びて、かすれて、途切れて、本来のリズムではないんだけれど、そこがまた味わい深い。風や空気に流されて、それぞれの元へ運ばれるチャイム音。
チャイム音について書くために、奥田民生の音楽を聞いているうちにたまたまPUFFYに流れ着いて、志村正彦がPUFFYに提供した「Bye Bye」もPUFFYの歌声で改めて聞いていたら、この曲だってやっぱりチャイム音にぴったりだと感じた。二人で歌っているから余計に、チャイム音が共鳴している瞬間の雰囲気に似ている。追いかけっこしたり、こだましたり、そしてリフレインの余韻が残る歌声。せつない曲のはずなのに、彼女たちの歌声がとても心地よく感じた。

チャイム音って生活音の邪魔にならない。むしろ生活音と共鳴してこそ、チャイム音らしい。街のざわめきの邪魔にもならない、人間が生きる時間に溶け込む。それってつまりフジファブリックの音楽がそういうものかもしれないと気付いた。別に多少騒々しくても、会話が入っても、クラクションが鳴っても、それらを含めて聞いていたいと思えるのが志村正彦の作ったフジファブリックの音楽だ。

チャイム音や童謡と同様に、特定の世代だけでなく、子どもからティーン層、働き盛り、年配の方まで、すべての世代の人に愛される心に響く福音のような音楽がフジファブリックの醍醐味であると考える。

そして<子供の頃のさびしさ>「茜色の夕日」や<あの街並>「陽炎」はなくなっていないことにも気付けた。封印された過去の思い出、閑散としてさびれた田舎の街並も、年齢だけは大人になった今の自分には必要ないと思っていたけれど、ちゃんと意味があって、忘れられたように道端に転がっているようなゴミのようなものにも意味があるということをチャイム音のおかげで思い出すことができた。志村正彦は何気ないものを歌詞として表現してくれて、意味を持たなかったものに耳に残りやすいメロディで輝きを、意味を与えてくれた。

<月と入れ替わり 沈みゆく夕日に>「花」
<赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって>「赤黄色の金木犀」
<街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ>「若者のすべて」

志村正彦は日常のほんの一瞬の輝きを掴み取ることも上手で、普通の人なら見逃してしまうような瞬間の美しさも知っていて、儚く移ろいゆく時間を独自の音楽で表現したところにも注目したい。電気がまだなかった頃、街灯がガス灯だった時代、毎晩、火を灯して回る人が存在したらしいが、彼はまるでその明かりを点けてくれる人のようでもある。季節が秋なら、わずかな期間だけ咲く金木犀の香りが漂う中、夕日が沈んで月が顔を覗かせる。同じ頃、ぽつぽつと街灯の明かりが点き始めて…そんな情景の中で聞こえてきそうなフジファブリックの音楽、志村くんの歌声。忙しなく動き続ける世の中にいて疲れ切った人々に、まるでチャイム音のようにほんのごくわずかな瞬間、安らぎを与えてくれるものこそ、彼が青春のすべてを尽くして残してくれた音楽の数々なのである。

そんなことを考えさせてくれたのはやはりチャイム音のおかげなのである。志村正彦が「若者のすべて」という名曲の中で、<夕方5時のチャイム>を歌ってくれたこと、彼の意志を引き継ぐように彼の同級生が本当にチャイム音に起用するために奔走してくれたこと、それが私だけでなく、どれだけ多くの人々の心に大切なものを与えてくれたことか。

チャイム音はただ時刻を知らせる音ではなく、知らない間に生活に浸透して、人の心に何かの気付きを与えてくれて、残り香のように響き渡り、過去から未来へ向かう今を知らせる希望の音色そのものだった。

私はいつか必ず富士吉田市へ行って、生で「若者のすべて」と「茜色の夕日」のチャイム音を聞こうと思う。それを聞けたらきっとさらに未来への道が開ける気がするから。志村正彦がいない現実を悲しむだけでなく、彼がいなくても前を向いて歩み続ける今のフジファブリックのように、未来に向かってちゃんと歩んでいこうと思う。その時は志村くん宛ての新しい手紙も携えて、まだ見たことのない眼下に広がる富士山もゆっくり眺めて来ようと思う。

<あの角を曲がっても 消えないでよ 消えないでよ>「ペダル」

富士吉田市は坂道が多いらしい。坂を上り切った先にはきっと笑顔の志村くんが待ってくれている気がして。

「拝啓 志村正彦さま 夜汽車に乗って バスに飛び乗って あなたの地元に行ってみることにしました。どうしても富士吉田市の夕方5時のチャイム音が聞きたくて。あなたが見つめた景色を眺めてみたくて。あなたに会いたくて…

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