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Don’t know why I didn’t come.

ノラ・ジョーンズは早朝の目的地

 中学生の頃は、ノラ・ジョーンズなんてどこがいいのか全く分からなかった。なのに30歳を超えた今になると、とてつもなく聞きたくなって、あの頃は全くわからなかったくせに、昔から聴いていたような懐かしい気持ちになる。ずっと聞いていたくなるんだ。

 早朝。冬の喫茶店、寒風に身を震わせながら道を行く人々を眺めながら、いい香り。あたたかい珈琲を飲む。イヤホンから聞こえる彼女の歌声。ピアノの音色。私はこの時間のために、毎朝目覚めているといっても過言ではない。この贅沢な時間に胸を詰まらせる。

 私はこの喫茶店に来て、毎朝ホットコーヒーを注文し、「Don’t know why」を聴くということを、一日の目的に設定している。会社に出勤するということを目的にしたくないからだ。満員電車で押しつぶされそうになり、たくさんのサラリーマンに囲まれながら歩き、最終目的地は会社、あの重苦しい空気が漂う会社、というのはごめんだ。ノラ・ジョーンズの歌声を目的地にすれば、会社は「目的達成後のついでの用事」ということになる。私は毎朝、美しい目的地に向かうために、目覚めるのだ。

 同じ喫茶店、同じ席、同じコーヒー。窓の外を歩く人の顔も同じ。名前も知らないし、何をしているのかも知らない。しかし彼らもいつも通りの時間に店の外を歩いていく。彼らだって喫茶店の中を眺めながら、同じことを考えているんだろう。
  
「don’t know why I didn’t come」

 なぜだろう。私は行かなかった―
 こんな言葉がぴったり当てはまるような甘酸っぱい恋の思い出もないし、愛しい誰かに置いていかれた思い出もないのに、彼女の歌声に合わせて、私もつぶやく。

「don’t know why I didn’t come」

 明日の天気をいくら考えたところで、明日にならないとわからない。一生懸命考えたところで、晴れるか雨が降るかなんて私にはコントロールできない。人の気持ちも同じである。自分の気持ちですらコントロールできない私が、相手のそれを動かしようがない。

あの時、私も行っていたら。

 決して後悔ではなく、少しノスタルジーに浸りながらそんなことを考える。ノラ・ジョーンズの歌声が美しく流れる。今日が「あの日」になったころ、そんなときも私はこの曲を聴いているんだろう。

そんなことを思ったんだ。

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