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椎名林檎の願いは叶ったのか

リスナーには届いている銀河

宮沢賢治氏の「銀河鉄道の夜」を読んだのと、椎名林檎さんの楽曲を知ったのが、ほぼ同時期である。それは青春の真っ只中で、思想の礎(いしずえ)が築かれる時節だったと思う。当時は自分のことしか考えておらず、今は「他人に気を遣ってばかりいる」と指摘されることが多い。どちらが人間にとって正しい(あるいは自然な)ことなのかは分からない。まして、どちらが「幸福」なのかも分からない。それでも僕は

<<本当のしあわせ>>

を探す努力は、ずっと続けてきたのではないかと自負している。それが的外れの努力、あるいは他人様から見たら努力とは呼べないような努力であったとしても。

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「銀河鉄道の夜」に登場するカムパネルラが選んだ生き方は、言うなれば「自己犠牲」である。「献身」という言葉では足りない。その結果が彼自身に幸福を感じさせたのか、そして主人公にある種の幸福をもたらしたのかは、かなり際どいところだと思う。意志を貫いたという意味では、カムパネルラは幸福な人生を送ったのだと思う。ただ人間は、愛するだけでは、周囲の人を幸せにはできないのではないかと個人的に考えている。

椎名林檎も歌う。

<<愛し愛されたいと考えるようになりました>>

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上記のフレーズが含まれるのは、椎名林檎の1stシングル「幸福論」である。そこを出発点だと解釈し、以後の活動が「銀河鉄道」に乗っての旅行のようなものだと考えてみるならば(椎名林檎さんが宮沢賢治を愛読しているかは知らない)少なくとも椎名林檎は、人を愛しはした。その歌に、あるいは多くの歌い手に委ねた楽曲に、慈愛があふれている。

椎名林檎名義で放たれている曲も当然、とても好きなのだけど、本記事では提供曲のなかから言葉を引用してみたいと思う。そこにこそ慈愛が込められているように感じられるからだ。

たとえば、広末涼子さんの歌った「プライベイト」。

<<あたしの云いたいことを全て吐き出しちゃえば エゴになるの>>

そうやって自分を押しとどめようとする姿勢は、献身的なものであり、僕に宮沢賢治を連想させさえする。ヒロインは相手の気持ちを尊重している。それでも椎名林檎(厳密にはシーナ・リンゴ)は、こんな歌詞も楽曲に含ませた。

<<あたしを知りたいと思う気持ち 凍らせない様に気を付けて>>

誰かが、ただ献身的であろうとすることに、少なくとも僕は「幸福」を感じない。誰にでも欲というものはあるのではないか。それを歌わせた椎名林檎に、歌ってくれた広末涼子に、僕は感謝している。

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あるいは、ともさかりえさんの歌った「日本に生まれて」(この作詞・作曲も「シーナ・リンゴ」が担っている)。本曲にも、誰かを慈しむ気持ちと、自分の欲を受け止めてほしいという切望が注ぎ込まれているように感じられる。

<<秘密は守り通した>>
<<明日がこんなにも不確かだと判ったいま君にあげよう>>

胸の奥に秘めていたものを手渡そうとする主人公の姿勢からは(カムパネルラのそれとは随分と形の違うものだけど)自己犠牲の精神が伝わってくる。長年、守ってきた<<秘密>>を語るというのは、相当に勇気を要する行為だと思う。それがどんな<<秘密>>なのかは、僕には(リスナーには)十分には分からない。それでも<<あげよう>>と言うからには、それは何らかの形で相手に役立つ<<<秘密>>なのだろうと僕は思う。

そう歌う、ともさかりえは(楽曲の主人公は)こんな願いも放つ。

<<君の真っ白に甘やかされたいんだ>>

このセンテンスを<<愛されたい>>という欲求の一例だと言ったら、恐らくは極論だと言われてしまうだろう。それでも椎名林檎は、ただ愛するだけの主人公を描きはしなかったと言えるのではないか。人に尽くそうとするだけの楽曲を、ともさかりえに手渡しはしなかったのではないか。

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本レポートでは、椎名林檎が他の歌い手に提供した楽曲のなかから、2作の詞を取り上げたけど、もちろん椎名林檎自身が歌う楽曲の多くに、このような<<愛し愛されたい>>という願いが注ぎ込まれている。少なくとも僕は、そう感じる。それは正直な発信であると同時に、エネルギーを要する活動でもあったのではないか。一貫性を持って生きること、表現者としてのキャリアを積み上げていくことは、非常に困難な道だったと思う。

あらためて「幸福論」から歌詞を引用する。

<<守る為なら少し位する苦労もいとわないのです>>

椎名林檎が味わってきた<<苦労>>は、はたして<<少し位>>のものだったのだろうか。

椎名林檎が(少なくとも音楽活動のなかで)人を愛したのは確かだと思う。それでも椎名林檎さんご自身が「自分は愛されたなあ」という実感を持てないのだとしたら、僕は決して「幸福」ではない。もし僕の願望が受け入れられるなら、僕は椎名林檎さんに「銀河鉄道の夜」に登場する蝎(さそり)のようにはなってほしくない。夜空に浮かぶ、闇を照らす火になってはほしくない。端的に言えば、他人のために命を燃やすだけの生き方はしてほしくないということだ。

だから、この場を借りて伝えたい。

尊敬しています、ご健康を願ってます、聴きつづけます、これからも。

※《》内は椎名林檎「幸福論」、広末涼子「プライベイト」、ともさかりえ「日本に生まれて」の歌詞より引用

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