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ジョン・レノンの呼びかけ

3.11に向けて想像したいこと

3月11日が近づいている。

いまラックから、2011年に購入した「SONGS FOR JAPAN」を取り出してみたところだ。多くのアーティストの楽曲から成る、このアルバムは、東日本大震災の折にリリースされたチャリティー・コンピレーション・アルバムだ。その1曲目に収録されているのが、ジョン・レノンによる「IMAGINE」である。

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人の痛みや苦しみを想像するのは本当に難しいことだ。同じような問題をかかえているからといって、相手の心情を推し測れるとは限らないだろう。同種の被害にあったり、同名の傷病をかかえたりしていても、それが100パーセントの「想像力」を生むとは限らないと思われる。

僕たちが「少しだけ誰かを理解する」ことができるのは、むしろ別種の(それでいて少し似通った)問題をかかえている時なのではないかと思うことがある。

たとえば僕は、ひどいアトピー症状に苦しめられており、外出する際には(人に会う時には)顔に薬を塗って炎症を抑えるようにしている。それでも他人様から「どうしたの、その顔?」と驚かれることは多く、そのたびに辛くなる。

だから僕には、女性が「今日は化粧が乗らないから外に出たくないなあ」と嘆息したり「メイクしないといけない職種って面倒だなあ」と愚痴を言いたくなったりする気持ちが、何となく察せる。比喩的に言えば、僕も「化粧」をして出かけるわけだから。さらに言うなら「お化粧をしなければいけない仕事に就いてしまった女性のアトピー患者」のために、それこそチャリティーソングでも作られるといいなとさえ考えている。

そういう境遇にある女性は、どうやって日々を乗り切っているのだろう。薬を塗ってからメイクを始めるのだろうか。想像しただけで苦しくなる。「イマジン」というのは、かくも困難なことなのだ。

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ジョン・レノンは様々なことを想像するよう促す。

<<想像してみよう 天国がないと>>

<<人々が今日のために生きているのを>>

<<想像してみようよ 国がないことを>>

<<すべての人が平和に生きることを>>

本曲は東日本大震災より、だいぶ前に生み出されたものである。だから当然「被災者の気持ちを想像してごらん」という直接的なメッセージが込められた曲ではない。そして僕は、この歌詞が、多様な「受け止め方」を赦すものだと考えている。それゆえに個人的な(身勝手かもしれない)考察をしてみる次第だ。

この曲を聴いた僕たちが(地震の甚大な被害は受けなかった人びとが)試みるべきなのは、天国や国境がないと仮定することだけではなく、自分の想像力に限界があることを認め、それでも何かを「イマジン」してみようとすることなのではないか。

<<それはトライしてみれば簡単なことだよ>>

というレノンの声に応じて、僕は試みるだけのことはしたいと思う。

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まず被災者を一絡げに語ることを避けたい。同じ場所に住み、同じ震度を味わった人でも、それぞれに違った感性を持っていることを想像してみたい。

ある人は被災状況や苦しい胸のうちを、多くの人に知ってもらうことを望むだろう。励ましや慰めの言葉を欲するだろう。その一方で「そっとしておいてほしい」と願う人もいるのではないか。自分の受けた痛みを、心のなかにしまっておきたい、同情されたくないと考える人もいるのではないか。

ある人は「もと通り」に住環境が復元されることを望むだろう。見慣れた街並みが取り戻されることを願うだろう。他方、悲しい記憶を「教訓」として遺し、あえて傷跡が街に刻まれたままにしてほしいと願う人も、もしかするといるのではないだろうか。

さらに言うなら、3.11を忘れたくない、忘れてほしくないと祈る人がいる一方で、もう忘れてしまいたい、思い出させるようなことをしないでほしいと切望する人もいるのではないかと想像する。その通りだとしたら、このように3.11を忘れまいと試みる僕の発信は、迷惑なものだとさえ言えるかもしれない。

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上述のような凡庸かもしれない「想像」をすることさえ、僕にはエネルギーを要することだった。これ以上の想像をすることはやめようと思う。それでも「思い出す」ことはできる。

あのころ、首都圏でも多くの飲食店が営業を停止していたけど「どこかで外食したいな、スタミナのつくものが食べたいな」と思って歩いていた時、ある店が「いつも通り」のメニューを用意してくれていることを知った時の安堵と感謝。営業を自粛したり、やむなく停止したりした店も、勇気ある決断をしたのだとは思う。それでも僕は、その時に滋養あるもの食べられたことを、ずっと忘れはしないと思う。

しがない市民ベーシストである僕が「ソロベース」という奏法を学びはじめたのは、震災の翌年だった。「ベースソロ」ではく「ソロベース」である。4弦という制約のなかで、和音を生み出して原曲のイメージを再現するというものである。その奏法で、いまキーボードを叩くのを中断して、他ならぬ「IMAGINE」を奏でてみる。

いま奏でおわった。

こうした僕の試みは、ささやかな鎮魂のようなものになるだろうか。あるいは励ましのようなものとして、風に溶けるだろうか。僕は単なる<<夢想家>>なのかもしれない。それでも、たとえ疎ましく思われようと、被災した人たちの心身の回復を、そっと願いつづけはするつもりでいる。願いの結集が何かを生む、誰かを癒すなどという保証はないと思う。それでも、ジョン・レノンは歌うのだ。

<<でも僕は1人ではないよね>>
<<いつの日か君が加わってくれることを望んでいるよ>>

1人ではないこと。

それは僕に向けられるメッセージであり、震災の直接的な被害は受けなかった人たちに向けられるメッセージでもあり、被災地へ届きうるメッセージでもあると思う。「SONGS FOR JAPAN」のリリースを発案してくれた人、楽曲を提供してくれたアーティスト、特に(もう現世にはいない)ジョンレノンに敬意を表し、この拙文を締めくくりたい。

どうか僕たちの想像力を、少しなりとも強いものにしてください、これからも。

※《》内はジョン・レノン「IMAGINE」の歌詞より引用(訳は投稿者による)

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