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2017年8月3日

ウエサカ (21歳)

あの日の『さよなら最終兵器』

私だけにThe Birthdayが歌った夜

高校の修学旅行に行かなかった。
 

行き先も、班も、決まっていた。
 

同じ班になった人たちのうちのひとりから、ある日突然無視されるようになった。
 

その子がそういうようなことをするのは初めてではなかったが、修学旅行はきっと人生においてそれなりに大きなイベントで、本来なら楽しみにすべきものなのだろうが、私はもううんざりしてしまった。
 

私の学校の修学旅行は複数の行き先から自分の希望の旅行先を選択できる、というシステムだった。
当時、選択していた海外の旅行先の社会情勢が不安定だったことがあり、希望する者は行き先を変更してもいいということだった。

突如、目の前に現れた、修学旅行に「行かない」という選択肢。
 
 

すべてはタイミングだった。
 
 

高校生の頃、いじめられているわけではなかったが決して友達は多くなかった。それでも毎日学校に行った。それまで皆勤だった。

音楽と本と映画が大好きだった。

学校に音楽プレイヤーを持っていくのは禁止だったけれど、持っていって、休み時間に聴いた。

当時は本当にいろいろな音楽を聴いていた。

毛皮のマリーズを聴いて胸を躍らせ、銀杏BOYZを聴いて本当の愛を知り、Base Ball Bearを聴いて青春に嫉妬し、クロマニヨンズを聴いて拳を握った。

なかでも好きだったのは、The Birthdayだった。

チバ(敬意を込めてあえて呼び捨てにする)は、私にとって‘ヒーロー’ なんて簡単な言葉で表現できるようなものでは決してなく、気付いたら少し先の方に背中を向けて立っているような存在で、辛いときに手を差し伸べてくれるわけでもなければ、優しい言葉をかけてくれるわけでもない。

ちょっといい曲できたんだけど、なんて言いながらふにゃふにゃ笑っているような、酒好きのおじさん。

私みたいな若造が、偉そうなことをぺらぺらとひどい言い草のように聞こえるかもしれないが、それでもチバは私にとってはそんな存在で、とにかく愛すべきミュージシャンのひとりなのである。
 
 
 

そんなこんなで修学旅行を欠席することを選んだ私に、朗報が舞い込んだ。

当時よく聞いていたラジオでThe Birthdayがスタジオライブをすることになった。

その日付が修学旅行期間中だったのだ。

もし修学旅行に参加していたら確実に聞けなかっただろう。(しかもこの期間中にデビュー間もなかったドレスコーズが地方FMで期間限定番組を持つことも発表されていた!)

これは、チバユウスケという偉大なミュージシャンが私を引き留めたのだ!
 
 

当日、自室にラジオを持ち込んで、ひとりで聴いた。
 

私の選択は間違いではなかった、
むしろこのために修学旅行を欠席したといっても過言ではない!

スタジオライブ 最後の曲、『さよなら最終兵器』。
この曲のイントロが私にそう思わせてくれた。
 
 

このあと、私は初めてThe Birthdayのライブに行くことになる。

生で見るライブ、感じる音楽、感動した。
 

それでも『さよなら最終兵器』だけは、あの日、自分の部屋で一人で聴いた、あのスタジオライブのほうが勝っていた。

あのときの『さよなら最終兵器』は、ほかの誰でもない、ただ私のためだけに歌われたものだった。
 
 

あの日くだした、「行かない」という決断。

その後の人生で、高校時代の思い出話として修学旅行の話は確かにできないし、行ってないなんて言ったら不思議な顔をされる。

それでも、そんなものよりもっと大事なものを、私は手にできたから。
 
 

音楽は、生活必需品じゃない。

なくても生きていける。
実際に辛いところから救ってくれたりしないし、人生を変えてくれたりも、もちろんしない。

音楽は、ただそこにいて、迷っているときにたまにグッと背中を押してくれたり、泣いているとそっとハンカチを差し出してくれたり、その程度のことなのだが、ないよりはいい。

そしてその‘ないよりはいい’が、‘あってよかった’に変わる瞬間が、ごくたまにある。

その瞬間のためだけに、音楽はある、と私は思う。

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