3563 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

暗い場所から広瀬香美を見上げて楽しんでいる

月や花火を見てるみたい。暗闇には光がまっすぐ届く。それを、きれいだなーと思ってみている。

わたしは10歳のころから広瀬香美が好きだ。
<ロマンスの神様>が大ヒットしたあたりに、母親が何気なくレンタル店で借りてきたアルバム〈SUCCESS STORY〉から聴き始め、〈LOVE TOGETHER〉からは、自分のお小遣いで購入するようになった。
その時期はあまりお小遣いをもらっていなかったし、CDを自分で買ったという記憶もほとんどない。
3000円弱の買い物は、自分にとって一大イベントだった記憶がある。よほど思うところがあって気に入っていたのだろう。

しかし、わたしは小学生の頃から大人になるまで、一定数の人から裏で「なんか暗い」とひっそり言われるような性格をしている。
昔通っていたダンススタジオの先生がつけてくれたあだ名は「ロボちゃん」。
大好きな先生がつけてくれて、本名を忘れられるほど浸透していたので、気に入ってはいるのだが、由来が
「人がねじを回さないと動かないロボットのおもちゃみたい」
であった。
わたしは、話さない、動かない、レスポンスが遅い、三拍子そろっているうえに、暗い世界に籠って妄想することが大好きだった。
暇さえあればよくわからない怖いことを考えてビクビクしていたし、表情もお世辞にも豊かとは言えなかっただろう。

こういう人間と、広瀬香美。自分でも合ってないと思う。
だけど、こんな人こそ現実世界を生きるため、元気な人の手助けが必要だったのだ。

「大好きなこの曲に背中を押してもらって…」

好きな音楽を語る時、このような言葉はよく耳にするが、広瀬香美の音楽は、押されてる、どころの話ではなかった。
どちらかというと、背中をつきとばされて、一気に違うところまでいっている。
音楽も歌声もとてもパワフルで、とにかく勢いがすごかった。
扉の前で開けるのを怖気づいていれば、そのドアは蹴破られる。そして問答無用でその中に押し込まれている。

学生時代、怖い時や勇気がいる時は、彼女の音楽を積極的に聴いた。

彼女の作り出す、影も裏もないまっすぐな世界に連れていかれて、ぐちゃぐちゃつぶやく暗い言葉は、明るい歌声でかき消される。
曲は励ましソングなどではなく、なんかものすごーく恋愛を楽しんでる主人公が出てくるだけの曲だ。
ずっとそれに触っていると、ワクワクした気持ちがうつってしまう。
力がわいてくる。意味もなく走り出したくなる。
こわくないでしょ、楽しいことがいっぱいあるよ!!とでも言われたかのように、なんの根拠も実態もないのに、大丈夫なような気がしてくるのだ。
 

広瀬香美の音楽は、共感する人だけではなく、意外にも、わたしのようなタイプの人間にも希望を与えていたのではないかと思う。

自分は、いわば、妄想の海で溺れている状態の子どもだったと思うのだが、助けの船は、現実で身近な人間から差し出される手でも言葉でもなく、遠くの世界に住んでるアーティストだった。

時代は、90年代後半で、華やかな音楽が、街に溢れていた。
わたしも同年代の皆と同じように、たくさんの音楽を自然と耳にする機会があったが、彼女の歌声は、わたしを助けてくれる強大な力をもっていた。
*****
 しかし、実は15年ほど彼女の音楽を全く聞いていなかった。
きっかけは、アルバム〈LOVEBIRD〉だった。

これは2002年から休養に入った広瀬香美が、2年ぶりに活動を再開し、5年ぶりに出したオリジナルアルバムであった。
 

「Love bird」と「Love birds」の言葉の意味を調べてみると「ボタンインコ(オスとメスは仲が良く、ほとんど離れることがない)」
「仲の良い恋人たち」「おしどり夫婦」といった意味がでてくる。
しかし、このアルバムを聴いてみると、5曲が別れ、1曲が旅立ち、3曲が孤独を励ますような曲。
それまでの広瀬香美のイメージにあるような、ただただラブラブしてる曲は、まさかの1曲のみであった。

アルバムのジャケット表面には、なんとなく殺風景な部屋の中に小さな鳥が一羽いる写真。
裏面には、その鳥のかわりに同じ色の羽の飾りをつけた広瀬香美の写真。

言葉の意味のような鳥たちはどこにも見当たらず、夜明けの寒空に飛び立っていった鳥だけが見えた気がした。

このアルバムの広瀬香美は、背中を突き飛ばしてこないし、ドアも蹴破らない。
そのかわり、夢の世界の人が地上におりてきたかのような…人としてリアルさがあった。
歌声も今までより落ち着いたトーンで、どこから見ても繊細さが垣間見える大人の女性だった。

これは結構ショックだった。

わたしは広瀬香美をなんだと思っていたのか…
励まし続けてくれた夢の世界の頼れるお姉さんは、実在する人間みたいで、普通の人間みたいに色々ありそうだった。
今こうして書いていて笑ってしまうが、ものすごくカンタンに言うと「アイドルはトイレに行かない説を信じていた」みたいな話なのだと思う。
ちょっと路線変更して、違う角度から見せてくれた表情に、ガンッとやられてしまった。まだまだ子どもだったのである。
ずっと楽しい世界にいてほしかった。
そして、自分がどんなところで生きていたとしても、そういう世界がどこかにあって、本当にそういう人がいると信じていたかった。
 

ちょうどその時期、わたしは今までの人生で、一番まずい時期にいた。
幼いころからバレエやダンスが好きで、踊ることを何よりも優先して生活してきたが、それがもう限界に来ていることに気づいていた。
ダンスはずっと心の支えで…そうだ、音楽を聴くときとよく似ているのだ。
どんな思いを抱えてスタジオへ入ったとしても、大きな音で音楽がかかれば心の色はたちまち塗り替えられてしまう。
身体に集中していれば、何も考えない。
そうやって、何かに強制的にどこかへ連れて行ってもらうことで生きてこられた。
ダンスをするために、日々現実の諸々を頑張ってこられたとも言える。
だけど、もう続けられないのだ。

今まで助けてくれていたもの達が、わたしに向かって
「夢の世界はない、現実を自分の力で生きてみろ」
と言ってきているみたいで、怖かった。

怖すぎて、自分でもよくわからない方向に、思い切り人生の舵を切った。
段ボール3つで1000㎞離れた場所に引っ越してきた。今までやっていたことは全部やめた。
思い出がいっぱい詰まっている音楽CDも、全部実家に置き去りにしてきた。
もちろん広瀬香美も。
聴いても、もう助けてもらえないような気がしていた。

*****
 そして、そこから15年後の夏。
You Tubeを自動再生させているうちに、広瀬香美の動画にいきあたった。半年程前に放送された音楽特番の映像だった。
ツイッターやニュースなどで名前を目にすることはあったが、歌っている姿を見たのは15年、いやそれ以上ぶりだったかもしれない。

長い時を経て、声や雰囲気が多少変わっていたが、歌いだすと空気が変わるあの感じは…全然変わっていなかった。
彼女の歌は、静かな公園に突然響き渡る銃声のような存在感を持ってはじまるのだ、いつも。
そして、気が付いたら彼女の世界に連れ去られる、のではなく、そこが彼女の世界になっている。
もはや空間まで変幻自在だ。
嬉しくなって、昔のアルバムを取り出して聴きはじめた。
一度聞き始めたら、もうだめだ。飲み込まれるように楽しくなってしまう。
(置きざりにしたCD達は、引っ越し後すぐに母が「あんた、CD忘れてるよ」と送ってきてしまった。
余計なことを…と当時は思ったが、今ではとても感謝している。)

勢いづいて、今年1月10日にZEPP東京で初日を迎えた「広瀬香美 WinterTour 2020 “SING”」にも行くことにした。
わたしは初めてのアーティストのライブを鑑賞する時、「暗黙のルールや決まりがあったり、気をつけなければならない客層がいたらどうしよう」という不安から、綿密にネット過去のライブレポや感想を検索する。今回も例に漏れず。
見たところ、そんなに心配することはなさそうであったが…

「〈幸せをつかみたい〉では涙が溢れて止まりませんでした!」

というような感想をたびたび見かけて、こちらは?????が止まらない。
とても良い曲で、わたしも大好きであるが、どう考えても泣ける曲ではない。
曲調は極めて明るく、歌詞は

-彼と買出し “奥様”と呼ばれ にやける私 忘れない あれは去年 恋のはじまり-

というテンションである。
この他にも、<真冬の帰り道>や<ゲレンデがとけるほど恋したい>といった、元気に全力でときめいてる曲でも泣く人が続出しているようだ。一体なぜ。
個人的な思い出があるのかも?とか、やはり好きなアーティストの好きな曲を生で聴くと感極まるのだろう…
ということで納得しようとしたが、やはり「あの曲で泣くの…?」とちょっと不思議だった。
しかし、実際にライブに足を運んでみて分かった。
実はわたしも少し泣きそうになった。その理由は…

「音楽文」に投稿しているというのに、言葉にするのは大変難しくなかなか書けない。
何度も書き直しをしたが…うまく表現できてるとは到底思えないが、まとめるとこうだ。
 

彼女がぐっと集中すると、閃光が走るのだ。
その閃光にみんなやられてるのではないか。

身体をめいっぱい使って歌い、表現する。
歌う。笑う。話す。動く。そのすべてがキラキラしていた。

「人間っていいな!」素直にそう思えた。

例えば…バスに乗っていると、見えるものは座席と流れてゆく景色だけだ。
だけど、バスを降りて離れてみると、自分はどんな乗り物に乗って、どう移動してきたのかがわかる。
そんな風に、自分が普段乗っている「人間」というものを、ものすごく良い形で見せつけてくるのだ。

広瀬香美を見ているのか、彼女から放たれる光見ているのか、光に照らされた人を見ているのか、それとも見たことのない自分をみているような気になるのか。
どれだろう。わたしは何を見て、何に感動してるのか。
考えてると、どんどんわからなくなってしまうし、無理に言葉にすると、どんどん本当に感じていることから離れていってしまう気がする。
伝わるかどうか大変不安だが
「人間として生きていることに、夢を見せてくれた」
というのが、自分の精いっぱいの表現である。

ご本人も音楽や歌で感動してほしいと思うかもしれないが
歌詞の意味を超えて、もはや音楽も超えて
生命力とか、そういった類の、本能的なものに対しての感動が大きかった。

広瀬香美はもともと作曲家になりたかったと聞いたことがある。
しかし作曲家だけにとどまらず、こうしてワンマンライブをやってくれるアーティストになってくれて本当に良かった。
魅せる力がある人が前に出てきてくれると、こんなにも人に元気を与えてくれるものなのだということを、久々に実感した。
「広瀬香美の音楽を聴くと元気になる!」
という人はいっぱいいると思うが、そういう人は絶対にライブを観に行って欲しい。
もともと彼女の音楽と波長が合う人は、ライブだと100倍増しくらいで良さが感じられると思う。
******

ライブ後も広瀬香美の活動を追っていくと、音楽活動のほかにも、ネットで様々な活躍をしているのが分かった。
とりわけYou Tubeでの音楽レッスン動画には、力を入れているようで、丁寧なつくりで、短期間にたくさんの本数を上げている。

しかしわたしは自分が上手く歌うことに、全くと言っていいほど興味がない。
ただただ「へー」と観て、「ほー」とか言って、すぐに忘れている。
なのに毎回観ている。
しかも結構楽しみにしていたりする。
なぜ見ているのか、自分でも全然わからない。けど、なぜか見たくなる。
 

わたしは、広瀬香美の何が好きなのだろう。
 

もちろん、音楽なのだろうと思っていたが、それだけではなさそうだし、好きになった10歳のころから、そちらの方がウエイトが大きい気がしてきた。

広瀬香美を聴いてない15年間で、わたしはまぁまぁいい感じで、色んな意味でおばさんになった。
36歳になっても、相変わらず変な暗い事を考えているけれど、この暗さが自分という人間の核みたいなものなのではないか?と気づいてから、大事にするようになり、それを堂々と表に出すようにもなってきた。
今では
「おー、これはいい暗さだ、優しさも出せたな」
とか
「これでは人に心配をかける。出力が強すぎ」
などと、暗さの出かたを微調整する毎日である。
 

だからもう、昔のようには助けてもらわなくても大丈夫なのだ。
 

でも今度は、暗い場所から広瀬香美を見上げて楽しんでいる。
月や花火を見てるみたい。暗闇には光がまっすぐ届く。それを、きれいだなーと思ってみている。

1年ほど前に読んだ本の中に、こんな言葉があった。

―美術館に行って、直接絵を見てきてください。
絵は不思議なんです。
会いに行って、好きになって、敬意を持って知ろうとし、
絵に対して自分を開いた人にのみ、本当の姿を見せてくれるのです。―
(KADOKAWA しいたけ.著 「しいたけ.の部屋」より)
 

著者の学生時代の、大学の教授の言葉だそうだ。
私も、音楽に限らずその他の芸術作品でも、こういうことを感じた経験が何度かあり、この意味が少し、分かるような気がする。

そして今も、それをちょっと感じている。

〈LOVEBIRD〉も15年ぶりに聴いてみたら、あれだけショックを受けていたくせに、とても好きになってしまった。
歴代のアルバムを全部並べてみても1枚だけポンっと突出してるように見えるくらい、すごく気に入っている。
あの時のわたしには、寒い空に飛んで行ったようにしか見えてなかったけれど、その鳥は、どんな姿をして、どんな風に羽を広げていたのか。
自分の記憶の中の姿よりも、力強くて底力のある暖かさに溢れていることを、15年経って初めて知った。
こういう事が、これからもあるのだろうか。

この先も「広瀬香美」という作品に向き合っていたら、まだ見えていないものが見えてくるだろうか。

昔は助けてもらって、15年聴いていてなくて、そして今は暗いところから見上げている。
これからはどこで見ることになるのだろう。
すべてのものが、時間の経過の中に存在していて、変わっていくのを止められない。
でもどんな時でも、その時の自分にしか見えないものがあるはずだ。
そのひとつひとつを大事にしていたら、いつか「本当の姿」にたどり着けるのだろうか。

いつか私にも、見せてもらえるだろうか。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい