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2017年8月3日

山下リン (23歳)

andymoriのテレテレ

物語が始まる音

 私は母と妹と三人暮らしで、家の風呂では全員が同じボディソープを使っている。容器のポンプを押してもスカ、スカという感じで手ごたえがなくなったら、濡れた体のまま、いったん風呂場を出て、脱衣所の引き出しから詰め替え用のボディソープを取り出し、風呂場に戻り、容器を開けたり詰め替え用の袋をちぎったりして補充するのだが、そのときいつも、

 この家のボディソープ、いつも私が詰め替えている。

 と思う。そういう人生だとも思う。
 まあ実際そんなはずはなく、私だって母や妹の詰め替えたボディソープを使って体を洗っていることもあるのだろう。自分が貧乏くじをひいているときは、「貧乏くじをひいている」という考えしか頭にないものである。面倒くさい思いをしているのは私だけではないのに。
 そういうことを考えながら……いや、言葉にはできない、もっと漠然としたつかみどころのない思いを抱きながらボディソープを詰め替えるとき、頭に流れる音楽、というか音がある。

 andymoriの“everything is my guitar”の、サビへ入る前にボリュームの上がる「テレテレテレテレテレテレテレテレ……」というギターの音である。

《ロックンロールバンド/君の目が君の髪が指が足が/ロックンロールバンド/君の目が君の髪が指が好きさ/everything is my guitar/物語が始まるかも知れないんだよ 》

 この「物語~」のあたりから勢いを増す、急かすようなギターのフレーズが、思い出される。つまりどういうことかというと、

「ああ、またボディソープが切れている。面倒くさい。切れたと気づいた時点で気づいた人が詰め替えればいいのに。いちいち風呂場を出ないといけないからイヤなんだ。はあ寒い。床が濡れた。拭くのも面倒だ。袋のはじをちぎって注ぐのも、うっとうしいったらありゃしない。まったく、この家のボディソープ、いつも私が詰め替えている。テレテレテレテレテレテレテレテレ……」

 といった具合に、頭の中をあの音が動き回るのである。

 ある曲のフレーズを思い出して鼻歌をうたってみたり、ある状況で歌詞がフラッシュバックしたりといったことは、音楽が好きな人なら誰でもあるだろう。私の場合は、ボディソープを詰め替えるときに“everything is my guitar”のフレーズが頭を流れる。あの、いかにもandymoriとでも言うべきギターの音が体を突き抜ける。
 あれは、まさしく《物語が始まるかも知れないんだよ》と告げる音である。矢継ぎ早に言葉を繰り出すために、ギリギリのバランスで演奏を成り立たせていたが、ついに抑えきれなくなった。あふれる。飛び越える。自分ではどうしようもない。そんな感情が音としてあらわれる。それが「物語の始まり」である。andymoriはいつだって、そういう揺れ動きをとらえていたバンドだが、そうなることは“everything is my guitar”の時点で決まっていたと言ってよいだろう。

 それではなぜ、ボディソープを詰め替えるときに「テレテレテレテレ……」が流れるのか。これはandymoriの音楽と重なる部分があるからだと思う。
 “everything is my guitar”には、こんな歌詞がある。

《街頭の右翼の叫び声/街宣車で叫ぶ議員の声/everything is my guitar/こんなとりとめのない平和な掃き溜めで》

 このラインから、社会の理不尽とか、虚しさ、それに対する怒り、悲しみ、無力感など、あれこれもっともらしい読み取りをすることはできる。私はそれを否定はしない。というか、andymoriの音楽はある程度そうやって聴いたほうがよいとすら思う。
 
 しかしいちばん大切なのは、この歌詞を聴く、見るなどしたときに抱く、もっとぼんやりした感覚なのではないか。

 《右翼》《街宣車》《平和》といった強烈なキーワードに注目して、分析することはできる。ボーカル・小山田壮平の叫びのただならぬ調子に反骨心を感じ取ることもできる。けれどもそれらは「できる」という範囲の聴き方でしかない。「テレテレテレテレ……」が耳にこびりつくような、「できる」と関係のない印象のようなものが本当はあるはずで、それこそがロックンロールの核心なのである。
 
 私は“everything is my guitar”の、いやandymoriの音楽に、それを感じている。言葉の巧みな彼らが、言葉にあらわせないからこそ音楽をやっているのだ、そう伝えたいかのような「テレテレテレテレ……」が今も頭に鳴り響いている。ボディソープを詰め替えるときには、面倒だとか、いつも私ばかり、といった考えより大事な、感情とも呼べない何かが生まれる。説明はできない。だからこそ、それを伝えるための物語が始まる予感がする。もっとも、そのとき私はいつも裸で、まずは体を洗わねばならないのだが。テレテレテレテレ……。

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