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私を生かすミセスの音楽

そこに在ったのは、ありったけの優しさとすこしの弱さ

私たちは、今日も何かに生かされて此処に立っている。好きな人と帰り道を共にできただとか、ふらりと入った映画館で観た映画に強く心を動かされたりだとか、それらの小さな「幸せ」に気付けることで、この世界も悪くないなと感じるのだ。心がじんわりとあたたかくなって、生きていようと、優しさに気付ける人で在ろうと、そう思える。
 
 

私を生かしてくれるもの、それがMrs. GREEN APPLEの音楽である。
 
 

出逢いはとあるラジオだった。心が踊り出すような爽快でキャッチーなメロディ、それに乗せられる哲学的な歌詞。体に電流が走るような衝撃だった。目の前がキラキラして見えて、彼等の音楽の波に乗せられる。初めての感覚だった。「お送りしたのはMrs. GREEN APPLEで『StaRt』でした。」ミセスグリーンアップル、スマホのメモ帳に急いで打ち込んだ、今にも零れ落ちてしまいそうなその欠片は今でも残っている。次の日には、CDショップに駆け込んでCD2枚を手に取った。当時中学1年生の私には、ミセスの5人が鳴らす青い音楽が心地よくて、彼等の音楽が私の日常に溶け込むのに時間は要さなかった。このお兄さん、お姉さんたちに着いて行けば大丈夫、きっと私の心を豊かにしてくれると、直感的にそう感じたのである。
 
 

私が中学3年生のとき、上手くクラスに馴染めなかった時期があった。自分を繕うのに必死で、結局誰とも話さずに帰ってくる。今まで仲良くしていた友達は他のクラスで新しい友達をつくって楽しそうにしているのを見て、なんだか悔しくて悲しくて、そんな自分にも嫌気がさした。周りにそれを打ち明けることも出来ず、布団の中でひっそりと涙を流す毎日。そんなときにプレイリストからシャッフルで流れてきたのが、『Lion』だった。

《愛されたいのに愛せない 僕は僕を気にしすぎている》《「素直に心を開きたい」 きっと相手もそう思っている 世界は貴方が思うより 悪くないかもよ》(”Lion”)

そうなのか。私は私を気にしすぎているだけ、周りの目に囚われすぎているだけなのだ。私は私らしく、着飾りの自分ではなくありのままの自分で真っ向勝負だ!こうやって悩んでいるのも私だけじゃないかもしれない、そう思えるだけで救われた気がした。中学校を卒業するときには、クラスに親友と呼べる仲間もできた。
このようにミセスの音楽は、今の自分を否定することなく優しく背中を押してくれる。まるで「大丈夫、ここで待ってるから行っておいで」というように。
 
 

それだけではない。彼等の音楽はときに、チクリと私の胸を刺す。

《グラグラ 抜け落ちそう 乳歯は抜けないように耐える様が嫌い》(”VIP”)

《君が言うその考えは 誰かのものね 恥さらし者ね 「ホントの自分で居ると腐っちゃいそうです」って、もう臭うんだよね。》(”ア・プリオリ”)

《逃げるのに慣れて 【愛】に気づけなくなっている》(”WanteD! WanteD!”)

まるで私のことをうたっているのではないかと、自分の全てを見透かされている気がするのだ。今の自分は人の優しさに気付けていないのではないか、小さな幸せを掬い集められているのだろうか。ミセスの音楽は、自分を正してくれるような、そんな存在でもある。
 
 

彼等の楽曲には、大きな生命力を感じる。ミセスの楽曲の作詞・作曲・編曲をすべて担当するのはボーカル・ギターの大森であるが、彼がこのような音楽を創りあげることができるのは、彼の中に紛れもない「優しさ」が宿っているからだと思う。大森は人の弱さ、強さ、憂い、喜びをすべて認めることができるのではないか。

《醜いなりに心に宿る 優しさを精一杯に愛そうと 醜さも精一杯に愛そうと》(”パブリック”)

『パブリック』は大森が17歳、高校2年の冬に書き上げた曲だ。17歳の冬、まさに私が今その時期であるが、人の醜さをも愛すという気持ちが芽生えるのは、やはり大森の心のあたたかさが存在するが故にだと思う。愛する人のすべてを受容できる心とすこしの弱さが、彼を形成しているのではないか。誰もが持つ醜さや弱さ、それすらも引っ括めて彼は人間が大好きなのだと思う。だから彼の、彼等の音楽は私たちが辛いときにそっと寄り添うことができる。
 

また、大森はメンバーの4人を誰よりも愛し信頼しているのだと感じる場面が多々ある。特に、横浜アリーナ公演を皮切りに行われたアリーナツアー、「エデンの園」で披露された『クダリ』の演出が印象的だ。ひとり、センターステージにぽつりと現れた大森は、アコギ1本でこの曲の1番をしっとりと歌い上げた。1番の歌詞は彼が18歳のときに書いたもので、それ以降はアルバム『Attitude』の制作のために書き上げたという。1番を歌い終わると、メインステージへと戻る大森。するとあたたかいオレンジ色のライトが照らされ、4人を加えた全員で2番以降を演奏した。18歳、独りだった自分から、メンバーが共にステージに立っているのを噛み締めるように。きっと4人は大森にとって大きな存在で、彼の中の優しさを共に育んでいるのだと強く感じた。
 
 

大森は以前、とあるテレビ番組で、音楽を続ける理由について「届かないから歌っているんだと思う。届いてしまったら歌にする必要はない訳で。」と言及していた。彼の届かなくもどかしい想いが歌になって私の耳元で鳴って、それが私の、私たちの傍でそっと寄り添う音楽となる。気付かなかったことに気付かされて、優しい人間で在ろうと思える。それは奇跡に近しいことなのではないか。そんな奇跡とも呼べるやり取りがあるからこそ、私は生きていようと思えるし明日を迎えることができる。そんな、彼等と私の交換日記を、生涯続けていきたいと思う。

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