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米津玄師 ツアー「HYPE」

HYPE、広島一日目

「何か言葉を借りるとすれば、周りの人を大切にする、周りに人がいなければ遠くにいる人を大切にする、、例え漫画でも俺でも、。」「俺を選んでくれるならそれ程嬉しいことはない、俺はそいつの為に音楽を作りたいし、そいつが生きていく糧になりたい、そう思って音楽を作りつづける、今日はありがとう。」

米津玄師がHYPEツアーlive、広島一日目でファン全員に伝えた言葉だ。会場にいるファンにも、会場にいないファンにも全て彼を、彼の音楽を愛するファンに手向けられた大切なメッセージ。

令和2年2月22日。あれから一週間も経たないうちにツアーの宮城と三重の見合わせメッセージがながれてきた。

今日は令和2年3月2日、彼の3月10日の29歳誕生日が近づく。今、彼はどんな思いで日常を過ごされているのだろう、少しでも少しでも心平穏な時間をすごしていてほしい。ファンのみんなの願いだと確信している。

ツイートを覗けば、彼へのファンからの暖かいメッセージを一日何度も、いや何十回と目にする。
「ありがとう音楽、ありがとう米津さん」とタグのついたリレーのようなメッセージのバトン。目頭があつくなるメッセージばかりだ。最近では「米津さんにはまった歴史」たるタグを目にする。これだけのファンに愛され、これだけファンを愛して止まないアーティスト。

私は今、昨年の脊椎がオパールになる頃、のバースデーliveを思い出している。彼はツアー中、何度も何度も「船からだれ一人おっことしたくないんだよ」、と語りかけてくれた。あれから一年、月日の速さと、彼がこの一年どんな思いで、どんな環境と向き合ってきたのだろうかと、そっと掬い思うとき、溢れるものが止まなくなる。

今回のツアーでは蛍光色のタオルが物販で販売されている。live中はファンが首からかける事も多いからだろう、「救命胴衣?」とファンと一緒に空間に埋もれてくれた彼。広島では「2階のみんな、元気?ありがてぇ、ありがてぇ、救命胴衣ね?タオルね?」と会場を暖かくつつんでくれた。

昨年のmcの「船」、、社会事象でliveの開催の危ぶまれている日常、、そして今年のグッズ「救命胴衣タオル」、勝手な結び付けをした私は「まるで、こういうときだからこそ俺の船から落ちないようにね、決して落とさないよ」と受け取ってしまう。

私が急遽、広島のliveにいかせてもらえるチケットを手にできたのは前々日の木曜日だった。50回以上何度押してもとれなかったトレードが成立したのだ。泣いた。ツアー初日、和歌山にはチケットはなかったが、彼への手紙を握りしめて会場にむかった。一年ぶりに味わう、緊張感とドキドキ感でまるで参戦させてもらうかのような感を味わった。自分の番は3月11日大阪城ホール参戦、、その日を抱きつつも、いける会場には会場参戦しようときめていた、彼への感謝のお手紙をもって。

今回の社会事象のことがあり、3月11日以降のlive開催も現状、よくわからない今。私は広島に参戦できたから、いいよね、などと周りからいわれる、確かにそうなのかもしれない。ただ、ただ、私は今回の文を綴るにあたって、だったら、参戦させてもらった時のことをしっかり船員仲間に伝えなきゃならないと思ったのだ。

ツイートにもかいた内容と被る言葉になる。でも一人でも多くのファンに、そして、何より米津玄師という暖かい人間に感謝をおくりたくて仕方がない、これは私だけでは勿論あるわけがなく、どうしたらみんなの気持ちがとどくだろうかと、おこがましくも考えて考えて「音楽文」というツールをおかりすることにした。

あの日彼は、とある曲の前にこう話した。
「次にやる曲は自分にとってすごく大切な曲、自分の中でもすごく意味のある曲だ」と。そしてゆっくりと「美しい空間で嬉しい」とも発した。また、とある曲では「一緒に歌おう」と彼が会場を優しく見渡し、「ありがとう」と最後には嬉しそうな表情を浮かべた。

中盤のmcで、彼はまたゆっくりと優しく会場をみながら言葉を発した。
「日々が変わっていく中で新しい出会いがある」「俺の為に一日をさいてくれる、、この上なく嬉しい」と。そして「2年ぶりにこさせてもらってありがたい、ありがたいことなんだけれどもliveをよくやるようになって何年か経ったわけなんだけれども、なんかこうすごく自分的に、新しいところにつれていってもらってる気がする、、みんな、みんながいたから自分がここに立っていられる気がすごくする」「20、21の頃は一人で音楽を作ってたから一人でやれることの中だけで生きていくのが自分には合ってるし、思ってたし、自分の名を出して歌をだすときもliveは考えていなくて、動画を作って音源を作っていけばいいと思ってた、liveははいっていなかった、そんな自分が歌ってしゃべって、成立してるのが不思議、、」また、「自分一人で生きていけるだろうと音楽にたいして自信もある程度あったし、でも、どうやっても一人でやっていくことは限られている、」「自分がこれから生きていくにあたって、やりたいことばかりなら楽なことないけど、そういうタイミング、、人の手を借りないといけない、、苦手なこと、新しいこと、、どうやっていくのか」、続けて、「人の話をきくこと」と。

「自分のやりたいように生きていくのもかっこいいし否定はしないけど、そんな人の周りにも人がいるんだよ、みてくれてる、何がいいたいか、」「人間、かわっていく、自分がやりたくなかった、苦手だったことがやれるようになる、自分が好きな音楽に還元されてまたサイクルになって生きていく」「もうすぐ29だけど、そうやっていきていかなくちゃどうしようもならなくなる」、

「何か言葉をかりるとすれば」、、、

と最初の出だしに書かせていただいた言葉につながる。

liveがこのような事態になり、いろんな感情は人間だからこそ溢れでるとおもうが、「米津船」の船長と船員はどんな大海をも一緒に「決して友達にはなれない」「だからこその関係」になって「今」という時を大切にすごしているんだと、暖かいファンのツイートを拝見し、思えてならない。どうか、どうか、彼に安穏の心情が少しでも訪れていますように、、心からの感謝と心からのファンの「愛」が届いてほしいと願って、、、。
 

ありがとう音楽
ありがとう米津さん
(タグ、お借りしました)

1日でも早い社会事象の終息と、liveという決してあたりまえではない、でもあたりまえな日常空間が私たちの近くに戻りますように、、、

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