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「壁」

NICO Touches the Wallsと私と

私がNICOと出会ったのは日常だった。今から8年前。中学3年生だった当時、たまたま買い物に行ったスーパーの有線で流れていた『夏の大三角形』が初めてNICOを聴いた時だった。音楽に興味を持ち始めた青春の多感な時期、『三秒間 君に見惚れて』といった青春の1ページを切り取ったような歌詞に、キラキラしたメロディ。唐突に私の日常に現れた音は一瞬で私を虜にした。

それから8年、NICOは私の全てだった。正の感情も負の感情もすべて抱いていた。

そして出会って7年半後の2019年11月15日。中3の少女は大学生となり女性となった。
この日、私は大学の課外活動があった。いつもと変わらない日常。ただ、なんとなく何かがある予感がしていた。その時はいい加減イイニコの言及をするだろうな、といったものであったが。まさかその予感が違う形で的中するとは思いもしない。
正午、Twitterを開くとそこには簡易なメッセージが表示された。
“”NICO Touches the Wallsは終了する””
なんてことない日常に唐突に現れたNICOは、なんてことない日常の中で唐突に消え去った。
 

NICOは最後にさよならも言わせてくれなかった。解散ライブのような、最後にライブをする機会があるだろうし、メンバーそれぞれの思いを知ることができると思っていた。あの誰が書いたかもわからないメッセージだけで2度とNICOに会えないなんて、誰が想像できただろうか。
しかし、前兆はたくさんあったと思う。私自身ある程度の想像もしていた。だからか、このタイミングかとは思ったが驚きは皆無だった。私はすんなりと終了を受け入れた。いや、受け入れたというよりかは、理解できないまま今に至っているというのが正しいのかも知れないが。

2年ほど前だろうか、「もしNICOがいなくなっちゃったらどうする?」と聞かれたことがあった。その時私は「自己防衛のために自分の中でNICOの存在を無かったことにするか、感情がなくなるんだと思う」と答えた覚えがある。自分にとってすべてのNICOがいなくなったら、きっと自分は生きていけなくなる。ならば私は自分を守るために、NICOの存在を無意識になかったことにするんだろうなと思った。当時はNICOがいなくなるだなんて思いもしなかったし、「死にはしないよね〜笑」ぐらいの軽い気持ちだった。だが、まさしくその通りになってしまった。この文章を打っている今、私の中にNICOという存在はほとんどいないし、悲しいとも思わない。曲を聴いても、彼らの残した文を読んでも、ライブ映像やライブの写真を見ても、NICO Touches the Wallsという存在がよく分からないのだ。現に私はNICOが終わってから、一度もNICOを思い涙を溢すことがなかった。最近、何をしてても、気力がわかない。何か大事なものが体から抜け落ちたことは分かるのだが、それが何か分からない。喪失感と虚無感だけが私を襲い続けた。しかし時がたてば、人の感情は薄れて消えるものだ。いずれこの感情も私の中から消えていくだろう。
私がこの文を書こうと思った1番の理由はまさしくそこにある。NICOを私の中でなかったことになんてしたくない。正直、感情がぼんやりとしてしまっているが、何が何でもNICOを愛した自分を記録に留めておきたいのだ。
 

地方に住んでいるから、好きになって最初の5年間はほぼライブに行けなかった。地元に一度だけ来てくれた時は好きになりたてだったし、ライブハウスという環境に怖気ついて行けなかった。後悔しかない。だが最後の2年間は、全国各地にライブを見に行くことができた。N X Aツアーは、普通じゃいかないような地方の隅々まで行くことができた。今思い返してもこの2年間は、今までの人生で一番喜怒哀楽がしっかりとした人間らしい2年間だったように思う。幸せの絶頂も、どん底も全部NICOがくれた。
周りにNICOを好きな友達がいなかったから、SNS上で知り合った人たちと仲良くしてもらった。全国各地に知り合いができたのはNICOのおかげだ。知り合って7年になる友人がいるが、5年たってようやくライブで初めて会えた時の感動は今でも忘れられない。

辛いとき、NICOの存在にどれほど救われてきただろうか。NICOのライブに行けるためならなんだって頑張れたし、行ったあとも余韻で頑張ろうと思えた。青春と呼ばれる期間をNICOの音楽で過ごしてきたので、多少捻くれた思考を持つようにもなってしまったが。

なにより彼らの音楽は、ライブは素晴らしかった。「どれだけ引き出しがあるんだ!」と何度でも突っ込みたくなるNICOの音楽は、今までの日常を一気に色鮮やかにしてくれた。「どこまでアレンジできるんだ!」と凝りに凝ったライブは、一度味わえばその非日常さに虜となり、何度でも見たいと思わせた。日常も非日常も彼らであふれていた。そんな8年だった。
 

すごく印象的だったライブをいくつか記録しておきたい。

1.Fighting “NICO” 熊本B.9
私とNICOを語る上で何よりも欠かせないのがこの日だ。ようやくこの日私はNICOというバンドの凄さを生で見ることになった。音楽がつくりだす熱狂というものに初めて触れた。当時新曲②として演奏された曲がある。本編ラスト、「新曲で始まったライブですが新曲で終わろうと思います!」そう光村が言った直後のことだった。熱が渦巻くステージで、ゲラゲラと笑いながら“彼”は私の目の前に現れ、一瞬で会場を燃やし尽くした。私は“彼”がすべてを食らいつくす姿を見逃しまいと必死になった。メンバーの後ろから私を刺した白い照明も、熱を帯びた楽器の音も、荒々しく歌う光村の声も、観衆の熱狂も、すべてが私の心をつかんだ。私は、そのステージの景色を生涯忘れることはないだろう。そして何より、“彼”は楽しかったのだ。音楽は、ライブはこんなに楽しいものなのか。もっとNICOの音楽を知りたい!NICOのつくりだす熱狂を見たい!そう強く思った。いまだにこの日を超えるライブに出会えないし、出会えないだろうとも思う。

2.ニコフェスト! 
もう二度とこんな幸せな日が訪れることはないのか、そう思うとこれからさき、生きていく必要なんてないのかもしれない。初めて飛行機に乗ってライブに行った。幕張メッセという大きなステージ。周りには沢山のNICOの音楽を愛する人たち。NICOのファンってこんなにいるんだと驚いたのを覚えている。いろんなアーティストがメンバーとコラボレーションしていく。タイトルは告げられることなくはじまったGinger lilyが印象的だった。この時はまさか、”夢”を歌った彼らが夢を追うためにNICOを終わらせるなんて思いもしなかった。とても多幸感に溢れる1日をありがとう。イイニコのライブに参加できたのはこの時だけだった。

3.N X A -Electric side- DRUM LOGOS
天国と地獄を見た。2daysにわたって披露されたが、初日は全国的に類を見ない大災害が起きた翌日だった。その影響により新幹線はストップ、たくさんのファンが会場に来れなくなり、たくさんのファンが開催することに苦言した。そんななか開催されたライブは、ソールドアウトしたはずなのに隙間が目立っていた。きっとメンバーにとっても苦渋の決断だったのだろう。でも彼らは演奏をやめる決断はしなかった。「こんな雨の日に俺らが歌わなくてどうするんですか!またこの公演をリベンジしましょう!」そう叫んだ光村の顔は少し泣いているようにも見えた。そして始まったリベンジの歌、“天地ガエシ”。私がNICOの歌で号泣したのは後にも先にもこの日の天地ガエシだけだった。2日目。雨の被害もだいぶ収まり、初日よりもファンが来れた印象だ。そこにはもう、悲しみなんて少しも見られなかった。熱狂の中で楽しそうに笑う光村が今も脳裏に焼き付いている。地獄の中の天国のような、そんな瞬間だった。
 

ここで一つ、どうしても書いておきたいことがある、私はNICOを最後まで愛し抜けなかったのだ。
私は感情を感情でぶち壊しに来るライブが好きだった。音による空間を楽しむのが私なりのライブの楽しみ方だったから。しかし、近年のNICOはアコースティックを絡めたり、アレンジ重視のライブをするようになった。NICOのアレンジ力は化け物級で、原曲を180度変えてくることが多々あり、毎度驚かされていた。決してアレンジが嫌いだったわけではない。むしろ大好きだった。でも、私はNICOのライブを楽しめなくなっていたのだ。なんだか、非日常だったライブが日常になったような、物足りなさを感じていた。恐らくだが、アレンジという技術的なものでNICOが音楽を、ライブを楽しむようになったからだと思う。私が今まで恋焦がれてきた、自分たちの音楽で傷つきながらも、音楽と闘い空間を制覇してきたライブはなくなっていった。ライブ回数を重ねていくうちにそれは違和感から確信に変わり、私はNICOを追いかけるのをやめようと思った。それが去年の初夏だった。かといってファンをやめるつもりもなかったし、応援は今以上にしていくつもりだった。好きな音楽をやっているNICOが何よりも愛おしく思えていた。だが、そう気持ちを固めた途端、NICOの活動は少なくなり、終了に至った。
唯のファン1人が彼らを追いかけるのをやめたところでなんの影響もないだろう。でも私があのときこのバンドとの将来はないと思った瞬間、私にとってそれは、私が私でいるために救い続けてくれた彼らに対する裏切りのように思った。だから私にはNICOを偲ぶ権利はないだろう。でもどうしても、ここで私とNICOを終わらせなければ、私は一生後悔するだろう。
 

NICOがいなくなって、今まで当たり前だったことが全てなくなってしまった。

新譜が発表されてワクワクすることも、

ツアーの日時が発表されて行ける行けないを悩むことも、

違う地方のライブに行くために資金を貯めスケジュールを決めることも、

ふとした時に気がつく11:25にも、 

SNS上にメンバーの写真が上がって喜ぶことも、

彼ら4人が揃った姿を見ることでさえも。すべて。

そして何より、これらのことが1年前では当たり前だったということが何一つ理解できないのだ。大事なもののはずだったのに、知らない間に私の中から消えてしまっている。

でも、彼らとの思い出だけは今も鮮明に思い出せる。

初めて彼らのライブを生で見たとき、実際に生きているんだと感動した。 

初めて話せたとき、憧れだった彼らを前にうまく言葉が出なかった。

なかなかライブに行けなかったから、ずっと悔しいばかりしていた。いまでも後悔していたり、悲しかったなあと思うことが多々ある。

でも私はNICOを好きでよかった。NICOをきちんと愛せていたかは別として、私は彼らの音楽が大好きだった。NICOの音楽を聴いていたときの自分は無敵だった。
 

NICOを好きでいるうちに私には1つ彼らと叶えたい夢が出来た。NICOの非日常に焦がれ続けた私は、その非日常に関わりたくなったのだ。もうその夢は一生叶わなくなってしまったが、私は今、その夢を叶えるための道に立っている。このままここにいていいのか、正直自信がない。そんなとき思い出したのが、『トマト』という曲だった。この曲を光村は“夢”だと答えていた。『死が二人を引き離しても 想いは果てぬ理由』というのが最後の歌詞だ。ああ、そうか。私も、この描いた夢をただの夢で終わらせたくない。形は違えど、叶えてみせたい。もし、その夢が叶う時が来たとき、私も誰かの夢になれていたらなあと思う。

メジャー3rdアルバム『PASSENGER』に収録された『Passenger』は、私の支えになってくれていた曲である。ひどく落ち込んだとき私は音楽を聴けなかった。唯一聴けていたのがこの曲だった。パッション×メッセンジャー=パッセンジャー。孤独を表現し歌い続けてくれた光村は、この曲で私を孤独から救ってくれていた。もう二度と見る機会がないのは寂しい気持ちもある。だがこの曲の『もしも願いが叶わなくたって構わない この旅路の終わりに 君が笑っていてくれさえすれば』という歌詞は今の私に充分すぎるほど似合っている。もう二度とNICOに会えなくても、NICOという旅路を終え、誰かの支えであり続ける荷物を下ろして、彼らが笑っていてくれるなら、もうそれだけでいい。
 

神様、こういう時ばかり頼ってしまって申し訳ありませんが。私の願いを聞いてもらえますでしょうか。『神様も音信不通』だとNICOとして最後に歌った彼が、不器用でひねくれていたけど誰彼よりも音楽愛に溢れていた彼らが、どうかこの先彼らの望む願いに、彼らが目標している夢に辿り着けますように。音楽で生きるメンバーも音楽から離れるメンバーもそれは同じだ。そして、私のかみさまでいてくれた彼らが、今度は神様にとことん愛されますように。『目の前に女神がいても 気づかない』なんて悲しいじゃないか。お節介だろうが、これくらいは願わせて欲しい。
 

6月9日、最後のワンマンで光村はこんな感じのことを言った。
「NICOでたくさん夢を見させてもらったから、今度はみんなが見ている夢を応援したい」
今こそこの言葉をそっくりそのまま彼らに返してやる。
私にとってNICO Touches the Wallsという存在は、日常を彩り非日常を恋焦がした唯一無二のかみさまで、彼らと過ごした時間は”夢”そのものでした。
 
 

この文をここまで書き終わって、NICOが自分にとってどんな存在かを思い出した。そして、NICOがもういないことを実感して涙が溢れた。今までNICO終了を飲み込めずにいたが、ようやく飲み込めそうだ。やっと、前を向ける。
 
 

今までありがとう、最愛のロックスターたち。

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