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いつの世も、カノンとともに恋をして――――――

大江千里「Rain」を今さらながら語ってみる。

ありふれた日常を切り取り、切なく美しいメロディにのせ
恋に不器用な男の姿を切々と唄い奏でる。
私たち日本人は、そのテの音楽に間違いなく弱い。
最近で言えば、Official髭男dismやback number、
彼等の音楽に誰もが一度は心惹かれたことがあるのでは?

その音楽に共通するのは、恋する誰もが共感できる『現実み』なんだと思う。
小粋で繊細なメロディライン、聴く者が主人公に自分を重ねやすい親しみある
シチュエーション。それらをしっかり踏まえた音楽は、どこかしら懐かしさも
漂わせるから、世代も超えて耳にすんなりと馴染む。
つまり、これらのバンドが日本で多くの人に愛されるのは必然なのだ。

日本人リスナーは、『カノン進行』と呼ばれるコード進行を好むらしい。
この国の音楽界では古くから『ヒットの法則』として必ず挙げられる技法だ。
例えばDREAMS COME TRUEの『LOVE LOVE LOVE』の
ようにカノン進行を用いた邦楽ヒットソング(アニメ含む)は、今や数え切れない。 
クラシック音楽の『パッヘルベルのカノン』を、どこかで聴いたことがあるはずだ。
日本ではBGMなど何かと便利に使われていて、だから私たちはいつの間にか
この曲調を心地よいと感じ、受け容れる耳になったとも言える。
それくらい日本人には馴染みのある作品である。

カノン進行とは、ピアノの鍵盤で言えば半音ずつ下がっていくイメージ。
そしてメジャーキーとマイナーキーが交差する・・・この『人情の機微』にも似た
儚げなメロディに私たちは心を掴まれ、『物語の主人公』となり身を焦がす。
先に述べたバンドでは、ヒゲダンの「Pretender」やback numberの
「HAPPY BIRTHDAY」にもしっかりそれが組み込まれている。

そんな音楽に胸をときめかせたいのなら、是非とも聴いてほしい歌がある。

今ドキの恋する人達がヒゲダンやback numberに胸をキュンキュンさせたように
遠い日の私にもそういう経験はある。
あの頃、私が一番共感したのは大江千里の音楽だった。
彼は2008年にジャズピアニストに転向し新たな音楽活動をスタートしたが、
もとはシンガーソングライターである。見た目の好青年ぶりも相まって、主に
若い女性に愛され続けたポップミュージックの申し子だ。
幼い頃からピアノを学び、ジャズ好きな父親とタカラヅカファンの母親の影響を受けた
彼の奏でる音と紡ぎ出す詞は、マニアックなほどのこだわりが感じられ、
心の琴線に触れる。

大江千里の作品の中でも格別、“実にシンプルなのに、情景も旋律も美しい”名曲
がある。ファンの間でも人気の高い「Rain」だ。
32年も前に生み出された作品だが、今聴いても色褪せない。シングルカットされて
いないのに、大江千里と言えば「Rain」というくらい代表曲のひとつになっている。本人も2018年のアルバム「Boys & Girls」にジャズアレンジの
インストゥルメンタルを収録したところを見ると、思い入れがあるのだろう。

「Rain」と聞いて、ピンと来る人もいるかもしれない。なぜなら今でもこの楽曲をカバーするミュージシャンが絶えないからだ。したがって、この楽曲はプロの耳で
聴いても“自分で唄いたくなるほど”魅力的なのだと解る。秦基博、槇原敬之、藤井風など年代も様々、実力派の面々に“歌い継がれる”「Rain」。
何がそこまで人を惹きつけるのか? 
それはやはり『カノン進行』の魔法のせい、だろう。
カノンコードのAメロに、『郊外の駅前の雨の日』や『終わりを迎えるかもしれない男女』というリアルなシチュエーションが加われば、聴き手とこの歌との距離が一気に縮まるはず。

あくまでも褒め言葉のつもりだが、大江千里の場合、歌が巧すぎないのがいい。
揺れ動く心、恋に不器用な男、ふたりの行く末を煙らす雨・・・・・・
少し鼻に抜ける声が不安定に響き、湿り気ある歌の世界にぴったりマッチする。
思うに、彼のヒット曲「格好悪いふられ方」以上に「Rain」の男は情けない。

ずいぶんきみを知りすぎたのに
初めて争った夜のように
行かないで 行かないで
そう言うよ (「Rain」/アルバム『1234』より)
 

詞を書き写すうちにだんだん腹立たしくもなってくる、この見事なまでのヘタレ
っぷり。こんなカッコ悪い台詞を美しい旋律で女々しく唄っても許されるのは、
大江千里しかいない!と断言したい。決して“ディスってる”わけじゃない。
これこそ他の誰にもマネのできない先天的才能だと思うのだ。

ところが最近になり、この歌の“主人公の心情”を違う風に感じ始めた。
若い頃の私には、彼女にすがりつく未練タラタラ男の絵しか浮かばなかった。
若さゆえ『どうしようもなく情けない男』の嘆きの歌にしか聞こえず、詞についての理解が浅かったようだ。それが、この前「Rain」を聴いてハッとした。
もしかしたら『情けない』ままの男では終わらなかったのかも・・・と。
それが解るまでに時間がかかりすぎたのは否めない。でも“そのこと”に気がついて
から、ますますこの歌が好きになった。
それに、少しずつ転調しながら時が流れていく場面展開は、やはり秀逸。
いつ聴いても大江千里の唄う「Rain」は、モノクロの短編映画を観ているような
豊かな気分にさせてくれる。

今、大江千里の「Rain」を聴いた人達は、どんな想いを抱くのだろう? 
この歌を聴く時の年齢や生き方で、詞の捉え方が違ってくるのもまた一興ってことで・・・・・・
私の詞の解釈が32年目にしてどのように変化したのかは、敢えて明かさずにいよう。

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