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「夜もすがら」に込められた何千年も変わらない不思議な原理

―TOKOTOKO(西沢さんP)「夜もすがら君想ふ」と漫画「ちはやふる」の菫ちゃん―

 西沢さんPの詞と曲は、いつ読んでも、いつ聴いても、クリエイティブだ。ボーカロイドという現代の産物を使って、人間における普遍的なものを奏でている。

 彼の創る詞には趣がある。でも、曲はギターロックのような曲だ。それをボーカロイドという現代的なもので表現する。このトリプルマッチが最高だ。彼は、主にボーカロイドGUMIを使用しているが、GUMIの声は低くて綺麗。だから、彼の曲が元々持つ趣が、より一層、GUMIの声で深みを増す。GUMIは、彼の世界観を存分に表現するために最高のパートナーなのだろう。

 また、彼の世界観の表現には、MVイラスト作成のべてさんの存在も欠かせない。MVを見ると、彼の世界観がよく伝わってきて、作品全体が一本線でつながっているように見える。例えるなら、アジカン×中村佑介さんみたいな感じ。そういうタッグを組んでくるところが、また、趣を感じる。

 さて、彼の代表曲である「夜もすがら君想ふ」であるが、この曲は、人間にとって普遍的に変わらない恋や愛の意味について端的に語っていると思う。

 自分なりにこの曲のコンセプトを解釈すると、

「世の中、嫌なことが多いけど、そんなの蹴飛ばそうゼ!」

となる。そして、

「そんなの愛でどうにかなるゼ!」

っていう、明るくも誠実な曲である。でも、それを真面目に言うと照れ臭いから、ギターで隠す!その照れ隠しがなんとも言えないほど最高!!なのである。

 だから、実は、この曲をアコースティックでやったら、本当に素直で真面目な曲になるんだろうって、いつも思う。でも、それを「ボーカロイド」で「蹴飛ばす!」。これ。この良さ。

 だから、大事な時とか、寂しい時とか、切ない時とか、苦しい時とか、幸せな時とか、さらには、なんでもない日々においてすら聴ける、まさに、いつ、どんな時でも聴ける万能の曲だと思っている。
 

 「夜もすがら」と言えば、「夜もすがら」で始まる短歌がある。

夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで
ねやのひまさへ つれなかりけり
俊恵法師

 この歌は小倉百人一首にも収録されている和歌である。

 百人一首といえば、末次由紀さん原作の漫画「ちはやふる」を思い出す。「ちはやふる」は、競技かるたを題材にしながら、恋や友情といった青春を描いた作品である。作品の中に、真島太一に恋をして入部してくる花野菫という人物がいるが、彼女は太一がどうしたら振り向いてくれるかを試行錯誤しながら、成長していく。そういった彼女の名言にこういうものがある。

「百人一首なんて恋愛の歌ばっかりじゃないですか。人間の頭の中なんて大昔から愛だの恋だのなんですよ」

 愛だの恋だので、人は何千年もおんなじことで悩んできている。西沢さんPの「夜もすがら君想ふ」も菫ちゃんの名言と同じことを表現している。だから、これらの歌は、みんな「愛だの恋だの」で悩んでいいんじゃない?ということを真っ正面から肯定してくれる歌なのである。短歌もボーカロイドも表現方法が変わっただけで、人間が伝えたい内実は、実は1000年経っても変わっていない。

 「夜もすがら」は「夜通し」の意味だから、この言葉を使った場合、大抵、「夜通し君のことを想う」のような恋の歌に使われることが多い。でも、俊恵法師も、西沢さんPも、菫ちゃんも、たぶん、そんなことを言っていない。「夜通し君想う」のようなことじゃなく、もっと大きなことを言っている。

 それは、おそらく、

「誰か1人を起点にして、世界は目まぐるしく周り、そして輝く」

ということだろう。

 だから、「愛だの恋だの」を起点にしながら、人生を歩んでいくことで全然OKなのである。そして、その不思議な原理は何千年として変わっておらず、きっとこれから先も変わらない不変的なものなのである。

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