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2017年8月6日

Tim (21歳)
30
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本当の楽園とは

Green Dayを育てたギルマン・ストリートの風景から

今年の6月初め、LAから車で1時間ほどの郊外に留学していた僕は大学の友人たちとサンフランシスコへ旅行に行く機会に恵まれた。ゴールデンゲートブリッジなどの観光名所へ行くことはもちろんだが、僕には他の何を差し置いても行きたい場所があった。僕は他のみんなにお願いし、バークレーにあるライブハウスへと向かってもらった。その場所はギルマン・ストリート、Green Dayがメジャーデビュー作となる『Dookie』を発表する前、インディーズ時代にライブをしていた聖地のような場所である。
 

思い返せばGreen Dayの出会いは中学1年生の時、なんとなく洋楽を聴くのがかっこいいと思っていた僕がたまたまYouTubeで「American Idiot」を聴いたことだった。あのミュージックビデオが、あのギターリフが、あの歌詞が僕の人生をひっくり返した。すぐにCDショップで彼らのディスコグラフィーをそろえ、翌年に発売された「21世紀のブレイクダウン」も発売日に買って毎日のように聞いた。2010年の来日ツアーにも、2012年のサマソニにも行った。彼らの曲を聴かなければ自分から英語を勉強するなんてことも、ギターを手にバンドを組むこともなかっただろう。さすがに中高生のときと同じ頻度で再生ボタンを押すことはなくなったとはいえ、大学4年になった今でも非常に強い思い入れを持っているし新作を携えての来日も心待ちにしている。

しかし僕は長らく『Dookie』 というアルバムがあまり好きではなかった。もちろんパンクロックというジャンルを94年にメインストリームに押し上げた音楽史的な意義や、今作が2000万枚以上を売り上げ今でも彼らの作品で最大のセールスを誇っている事実は十二分に理解している。ただ個人的には物語としての流れを持つコンセプトアルバムの『American Idiot』から聴き始めてしまったので、『Dookie』はどうしても全体としてはなんだか起伏にかけるような、単調な印象を持っていた。
 

話は戻って、ギルマン・ストリートはサンフランシスコの市街地から車で30分ほどのところにある。広い道路にそのまま面しているものの、周りに看板はどこを探しても見当たらない。道行く人が通ればただの古びた倉庫だと思ってしまうような外観だった。

入り口にはNo Racism, No Drugs, No Alcoholなどのメッセージが大きく書かれていて、この場所がハードコア的なルールを重んじていると教えてくれる。行ったのは昼間のうちだったがどうやらこの時間から既にバンドが演奏しているようで、中に入るにはお金を取られそうだったので僕たちは入り口で写真撮影に興じていた。

すると髭もじゃでタトゥーが入った、モーターヘッドのレミーのようなおじさんが、何をしてるんだと声をかけてきた。僕は何かを期待し「昔からグリーンデイのファンなんだ、日本から留学でLAの方まで来てるんだけどどうしてもここに来てみたくて」と言った。するとそのおじさんは見た目に似合わぬ陽気な声で「入り口で写真を撮るだけでいいのか?ライブを見に来たわけじゃないんだろ?だったら金はいいから中も見ていけ」と言ってくれた。舞い上がる僕をよそに彼は僕たちを中に案内してくれ、入り口にいるモヒカンの女性に「こいつらはゲストだから」と別に特別なことではないといった様子で声をかけると奥のスペースへ入れてくれた。

入ってみると外観と同様中の雰囲気も倉庫に近く、左端にあるステージやその上にある機材がなければ音楽が鳴りそうな気配は薄い。中のスペースは思っていたよりもかなり広く、軽く300人は入りそうな様子だが、今演奏しているバンドはファンベースが乏しいらしく前の方で見ている人は数えるほどしかいない。後ろのほうに座っている人たちもこのバンドにはあまり興味がなさそうである。パンクのそれというよりはシューゲイザーに近いアンサンブルを聞きながら僕は中を見て回った。ライブハウス名物ともいえるいたるところにあるカオスのような落書き、トレインスポッティングの一幕を見ているかのようなトイレ、僕たちを中に通すとセキュリティのおじさんはそそくさといなくなってしまった。

一通り中を周ると入り口の隣にあるグッズ売り場を覗いてみた。若くして亡くなってしまったのであろう一人のパンクスを悼んで、部屋の一角は壁が緑に塗られ思い思いの品が添えられていた。レジの横に立つお姉さんに声をかけると、もうすぐここの担当の人が帰ってくるからもう少し待ってくれと言われる。じゃあなんであんたはここにいるんだと思わなくもなかったがその気持ちはそっと心にしまい、今一度壁の落書きや今までのライブのフライヤー、名も知らないバンドたちの写真を眺めていた。

まだレジの選手交代が行われる気配は薄かったので、その時間で僕は受付にいるモヒカンの女性に声をかけ、ここの会員になりたいんだけどと声をかけてみた。噂には聞いていたがこの場所はボランティアの協力で成り立っているらしく、たった2ドル払っただけで会員となることができた。

2ドルと引き換えにもらった安っぽい紙のカードを大切に財布にしまってもう一度グッズ売り場に戻ると、売り場担当のお兄さんが戻ってきたので僕は飾ってある黒いTシャツを記念に買った。そのお兄さんもとても親切な人で、もう在庫はなくてここにある現物だけなんだけど見てみてよ、とカリフォルニアのパンクシーンをコンパイルしたペーパーバックを見せてくれた。見たこともないバンドたちが熱狂的なライブを繰り広げる様子を写真で見ていると、誰かが肩をたたいてきた。

振り向くとさっきそそくさといなくなったおじさんだった。手には何やら筒状のものを持っている。「これはGreen Dayがいつだったかライブをしたときに使ったポスターなんだ。それからこっちはビリージョーの息子がやってるバンドのフライヤーだぜ。せっかく日本から来たんだから持って帰れよ。今は昔みたいにパンクの時代じゃないけど、またそのうちすげえバンドが出てくるはずだ」

ビリージョー本人に会ったわけでもないのに僕はほとんど涙目になっていたような気がする。だがおじさんにはまだ僕に見せていないものがあったようだ。こっちにこいと言われライブが行われているさっきのフロアに入ると、彼は天井近くの壁から壁へと横に伸びる柱を指さした。「ここにビリージョーとマイクが書いた落書きがあるんだ、Sweet Childrenって書いてあるだろ?もう30年近く前になるかな」

確かにそこには木の柱に大きな字で、彼らがGreen Dayと名乗る前に使っていた名前が書かれていた。
彼らのような世界的規模の人気を誇るバンドでも、当然のことながらこんな郊外のライブハウスからすべてが始まったのだ。

結局ギルマン・ストリートにいたのは30分くらいだっただろうか、入れてくれたおじさんに心からのお礼を言うと僕たちは外に出た。入り口の横には次に演奏するであろうバンドが楽器を抱えて猫背で待っていた。お世辞にも今後パンクシーンの先頭に立つようには見えなかったが、20数年前、ビリージョーもマイクもトレもここで待っていたときはきっと同じように見えただろう。未来のことなんて誰にも分かるわけはない。

ライブハウスを出ると、少し周りを散策しようとなった。しばらく歩いてみたがわざわざ行くに値するような場所はないように見え、通りにはジャンキーたちがたくさんいて治安もよくなさそうだったので結局車に戻って帰ることにした。

歩いている間、僕は『Dookie』収録の「Welcome To Paradise」の歌詞を思い出していた。

“Pay attention to the cracked streets and the broken homes
Some call it the slums
Some call it nice
I want to take you through a wasteland I like to call my home
Welcome to paradise”
「ひび割れた通りや壊れた家に注意しろ
 ある人はこれをスラムと呼ぶしある人は素敵だという
 自分の家だと思っているこの荒れ地を案内してあげたいよ
 パラダイスヘようこそ」

僕が今見た景色はまさにこの歌詞のままだったのではないか。彼らが楽園だと言ったこの街並みは明らかに多くの人が想像するそれとは違うだろう。しかし、この曲は僕たちにこう言っているのかもしれない。万人に共通して存在しうる桃源郷なんてものはない、だからそんなものは自分で作るしかないと。自らの前に横たわる風景がどんなものであっても、それをどうとらえるかは自分次第だと。

この日から僕は、今までずっと『American Idiot』の陰に隠れ自分の中で過小評価していた『Dookie』を聴くことが多くなった。

そもそもこのアルバムは概して暗い歌詞が多い。1曲目の「Burnout」からして “I declare I don’t care no more” 「もうどうでもいいんだ」というフレーズから始まっている。しかし誰にでも開かれたそのサウンドが証明するように、彼らの歌詞に潜むネガティブさはそれを乗り越え前に進むためにあるのだと思う。楽しさと切なさ、喜びと悲しみが同居するこのアルバムを聴くと、こんな世界だけどどうにかやっていこうぜ、そうするしかねえだろ、と背中を押されているような気になる。ビリージョーがこのアルバムを作っていたときと同じ21歳になって、僕はようやくこのアルバムが好きになった。

どれだけ醜い景色だとしても、それを楽園だと思えるポジティブさがあれば、そこから這い上がる志があればいいのだ。例えどん底だと思っても、それを頭ごなしに悲観するのではなくまず肯定してみること、裏を返せばこれから良くなっていくんだと思うこと、そこから見える景色もきっとあるのだと思う。

留学から帰ってきて就職も決まり、これから先様々なことが僕を待っているだろう。人間関係、自分の能力不足、将来に対する不安、僕の目に映る景色はきっと美しいものばかりではないはずだ。死にたいとすら思う日が来るかもしれない。けれど人生なんてきっとそんなものだ。そしてそんなとき、きっと僕の耳にはあの曲が流れるだろう。その曲は目を覆いたくなるような光景を前にしてもこう歌う。

「パラダイスへようこそ」

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