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渋谷すばるの生歌で私の鼓膜が初めて震えた日のこと

飛び出した「二歳」のライオンを追って

まず最初に一言、断らせて頂きたい。
私は関ジャニ∞のファンである。
そして、渋谷すばるの歌に心底惚れているニンゲンである。

だが、渋谷すばるの歌を生で聴いたことは無かった。

今から3年前の真夏の夜。ひょんなことから目にしたライブで、涙を流しながら、声のかぎり歌う彼の歌声に一夜にして私の心臓は持っていかれた。いや、「鷲掴みにされた」と言った方が正しいかもしれない。
それまでも「歌が上手い」ということは知ってはいたが、ライブを観てもはやこれは「上手い」という次元ではなく、何ともうまく言語化できない。とにかく歌を歌うことが好きで、音楽とライブを心から愛していて、そのエネルギーが半端ない。「なんなんだ、この人のエネルギーは…」というのがこの時の正直な感想だった。

そんな彼がグループを離れるという発表がなされたのは、彼らを好きになって、さあ!次のライブツアーに参戦するぞ!と心を躍らせていたさなかだった。
「どうしてもっと早く好きにならなかったんだろう。」
何度も過去の自分を責めて悔いては涙を流した。
可能な限りCDや過去のライブ映像、音楽番組、映像作品、ありとあらゆる媒体で渋谷すばるの歌声を求め続けた。でももうそこに新たに彼の歌声が入ることは無い、彼の歌声を生で聴くことができないという現実だけが大きな壁となってそびえ立っていた。

これはそんな渋谷すばるの生歌を聴いたことが無かった一人のニンゲンの感想文である。
このことを念頭に置いて、もし読んで頂ける方がいるならば画面をスクロールして進んで頂きたい。

2020年1月28日火曜日。天候は雨。風が強く、寒い日だった。
まだ、コロナウイルスが日本国内で蔓延する前夜、私はひとり幕張メッセに向かっていた。そう、渋谷すばるの歌を聴きに。
この日は全国ツアー初日。私は今までの人生でライブと言うものに足を運んだことはあっても、初日に参戦したことも無ければ、ましてやひとりでライブ参戦したことも、幕張メッセに行ったことも無い。そんなニンゲンである。
彼の歌声に心臓を掴まれたあの夜から、約2年半。やっとここまでたどり着いた。にもかかわらず、全く実感が湧いていなかった。昨年10月にアルバムが発売されてから何度も何度も聴いて身体にインストールした。この日も朝起きてまずスピーカーの電源を入れ、曲をかけた。行きの電車でもエンドレスで聴いた。幕張メッセに着いて、物販や展示物を見ている間も、それでもまだ実感が無かった。もっとドキドキ、ソワソワして手汗が止まらなくなるのかと思っていたが、私の身体は至って正常だった。

18時半。会場に入った。開演までの会場内にはきっと彼が好きな音楽なのだろう、おしゃれな音楽がかかっており、その音楽を楽しむひと、一緒に居る人とひっきりなしにお話をするひと、ひとりSNSを見ているひと、特になにもせず手持無沙汰なひと、さまざま居る中で私の心臓は人知れず鼓動が速くなっていた。
「この空間でこれから渋谷すばるのライブを観る」ということをやっと実感したのはなんにもないこの時間だった。

ツアー初日ということで、どんな始まり方をするのか、どこから出てくるのか、どんな服装なのか、何も分からないまま迎えた開始時間を少し過ぎたころ。
音楽と共に前方の観客から歓声が起きた。私は会場後方に居たためその姿は見えなかったが、ステージ上に彼が登場したのだろう。
一体どんな風に始まるのか。あの空間に居た全員が固唾を飲み見守る中、渋谷すばるの新たな1ページはギターのイントロで始まった。アルバム「二歳」のリード曲「ぼくのうた」だ。

『もしこの声が聞こえてましたら ほんの少しだけお時間頂けませんか』

私の鼓膜が渋谷すばるの声で初めて震えた瞬間だった。
確かに今この空間に渋谷すばるが歌っている。もうそれだけで目頭が熱くなった。

『歌を歌わせて頂けませんか』

この歌詞と共にそれまで暗かった会場が一気にライトアップされ、ステージ背後にあるモニターに彼の姿が映し出された瞬間、熱くなっていた目から涙が溢れた。
鼓膜が震えて、目から涙が出る。
「ああ、カラダって繋がってるんだな。私、今生きているニンゲンなんだな。」
聴きながらそんなことを感じた。
自他共に認めるクセのある歌い方。
大きな口を開けて気持ちよさそうに歌う姿。
小さな体から発せられるものすごく大きなエネルギー。
感じるままに、動きたいままに動き回る体。
聴くものの心臓を素手で掴んで離さない歌声。
耳から入ってくる声、目に映る彼は、私が2年半の間、イヤフォンで聴いてきた、画面の中で見てきた「渋谷すばる」そのものだった。

ツアー初日ということもあって、おそらく本人も観客も緊張していたのだろうと思う。会場が水を打ったかのようにしーんとする場面が何度かあり、とにかく彼の一挙一動を逃すまいと見入っているのがわかった。
世界中を旅した中でできた楽曲たち。渋谷すばるらしさ全開の楽曲たち。
アルバム「二歳」に収録されている楽曲は「全曲作詞編曲:渋谷すばる」というクレジットがついている。
確かに彼は作詞作曲を手掛けてはいるが、それは決して「曲作り」という作業では留まらない。ステージで歌うこと、「歌を届けること」を見据えている。
YouTubeにアップされている「渋谷すばるのスバラじ」の中で彼はこんなことを言っていた。
「曲を作るうえで、ライブ、お客さんの前でやるイメージは一回は頭を通すかもしれない。楽曲だけの考え方はあんまりないかもしれない。」
だから、渋谷すばるはとにかくステージが良く似合う。
ステージ上で全身全霊で歌う彼はいつもより5倍くらい大きく見える。
でも喋るときは0.7倍くらいで見える。
曲間でしゃべろうとした時、うまく言葉が出ずに「俺こんな喋られへんかったっけ」という言葉に笑いが起きる。そこもまた彼の魅力。
まるで目の前にいる観客が見えていないのか?と思ってしまうようなマイペースな進行。パッと光を照らした照明にびっくりしたり、ブルースハープの位置を並べ替えたりする時間。決してテンポのいいライブではないが、それでも一音、おとが鳴ってしまえば、歌を歌えばその場に居る誰もが思わず聴き入ってしまう。これこそが私が2年半ずっとずっと待ち望んでいた渋谷すばるのライブだ。

途中観客からの「おかえり」という声に対して「別に俺どっか行ってたわけじゃ…」という返答があった。ここに居る大多数の人にとって今日という日は「再会の日」であって、そんな彼にかける言葉は「おかえり」だが、私にとっては「はじめまして」の一日。
渋谷すばるの歌に心臓つかまれてからの2年半、関ジャニ∞を好きになればなるほど、私の中で「渋谷すばるの生歌を聴いたことが無い」ということが後ろめたい気になっていた。
でもライブ終盤の言葉にこの2年半が報われた気がした。
「1人になってアルバム出して、初めてのツアーの最初の日なので今日のライブは印象に残ると思う。その時間を皆さんと共有できることが嬉しい。」
これから先の人生、彼も私も何があるかわからない。でも、今日という日にこの会場で渋谷すばるの歌を聴いたことは絶対に揺るぎのない事実だ。
きっと私は死ぬ間際に今日のことを思い出すのだと思う。

そんな自信のようなものが私の中で湧き上がるのを感じた日だった。

そして、

『歌を歌わせて頂けませんか 
歌を歌わせて頂けませんか
色んな事やって来たけどこれで 生きていきたいと思いました』

「ぼくのうた」のこの歌詞のまま、これからもどうか思うがままに、好きなように音を楽しんでいてほしいと強く思った、「渋谷すばるの生歌で私の鼓膜が初めて震えた日」だった。

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