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音楽との出会い

米津玄師

魔球のようだ。米津玄師の曲にそう思った事がある。と、言ったら、みんなはどんな米津さんの曲を思い浮かべるだろうか?野球の曲なんてないし、何の話かと思われるかもしれない。いきなり変な話ですみません。

「九回裏 二死満塁 さよならついに本塁打」そんな歌詞が出てくる米津玄師の曲はある。しとど晴天大迷惑というYANKEEに収録されている曲で、魔球というより、胸がすくような直情型のカーブが何処に向かうとも知らず、破茶滅茶に投げられたような印象の曲だ。そこから3年後にピースサインがこの世に出された。勢いに任せるように飄々と投げていたピッチャーは音を選別して自在に操るコントロール力を身につけた。ピースサインでは、ストライクゾーンど真ん中を目掛けて、泣けるくらいの直球で勝負している。ヒロアカのオープニングテーマでもあり、デクと仲間の物語を紡ぐアニメソング。全ての若者へ贈るヒーローになる為の歌だ。

「スレスレに…ただ一瞬 この一瞬 息ができるなら…遠くへ行け…転がっていくストーリーを」ピースサインの一番の歌詞はちょっと危うい言葉も並んでいる。そう感じて受け止めてしまったのは、当時危うい出来事に滅入りそうな自分が居たからだと思う。音楽の直球は悲しみの壁をすり抜け、生きた魔球になって心の中で足掻いた。「太陽にすら手が届いて…手をつないで走っていける…捻りのないストーリーを」夢を探し求めて生きたかった何者かが目の前で蠢いている気分だった。歌と対比されるものがあって、アニメのキャラクターとは違う存在を音楽の中に感じていた。歌う米津玄師ほか2名。かつての少年とリアルな少年。身内の話になるので省略するが、3人の姿が私のピースサインには刻まれている。過去から未来に向かって今も続くメッセージソングだ。忘れちゃならないと思っている。

そんな事を思いながら、久しぶりにピースサインのInstrumentalを聴いた。パプリカとピースサインはインストでも発売されていて、私の好きな音が散りばめられている。曲のタイトルにも捻りのあるような、言葉の世界が米津玄師の魅力だと思っていたけれど。音だけでもずっと聴いていられるんじゃないかと思う。

初期のdioramaでは、歌詞やメロディの横で全く違う音が勝手に鳴っているように感じた事がある。喩えたらケンカしている二人の後ろで、雑談に花を咲かせている人達がいるような感覚。同じ景色に異なるものが関知せずに同居しているような世界は面白かった。最近のものは音同士が寄り添いながら消えては現れているように聴こえる。

インストの2曲では、パプリカがカラフルな音を連なるように響かせながら、大らかな祈りを奏でているのに対して、音を極力削ぎ落として一点に向かうような集中力のある音が聴こえてくるのがピースサインだと思う。ピースサインは邦ロックの影響も大きい。疾走感のある展開の中で終始鳴っているギターが印象的だ。2番からは重めの音から爽快感あるフレーズへ切り替わり、終盤を盛り上げていく。間奏でクールに繰り返されるギターのリフも最高。選び抜かれた音が変化しながら、最後は目の前を一瞬にして通り過ぎるような音が途切れて終わる。回転を速めたような音がシュッとブラックホールに吸い込まれるような感覚で、フェードアウトしない終わり方が米津さんらしい。

気がついたら延々とリピートしていた。発売した頃と同じ事をしている自分に笑えた。変わってないな。この3年で米津さんの音楽を取り巻く状況は一変した。そんな変化にファンとして戸惑う時もある。けれども今ここにある音楽は何も変わっちゃいない。音楽に耳を傾けよう。そう思った。

最近はyoutubeやストリーミングで音楽を聴いていると、数分の一曲が最後まで聴けない時もある。音楽を体験としてではなく情報としてチェックしてしまうのはまずい。一口かじって食べきらない内に次の音楽をまたかじる。こんな聴き方良くないなぁと自分でも思う。ネット漬けの音楽は楽しみ方を広げてくれたけれど、せちがらい私も作ってしまった。こんな世の中だからこそ、じっくり音楽に向き合いたい。ライヴだけが音楽体験でもないから、先ずは傍にある音楽によく耳を傾けようと思った。米津玄師の音楽とは数年じっくりと向き合ってきたつもりだ。出会えてよかったなぁと思う。

思えば、最初はかなり呑気な聴き方だった。出会いはFlowerwallだ。店先で手にとった一枚のCDシングルが誰のものなのか名前を見た。ナマズの人だ!dioramaのジャケットのイラストと名前だけが妙に記憶に残っていた。次の瞬間にはレジに直行していた。店頭で音楽を買うのは10年ぶり。米津さんの音楽はハチも含めて一度も聴いた事がなかった。姿も年齢も知らない。当時テレビCMで流れている事さえ知らなかった。そんなアーティストのCDを即決で買うなんて滅多にない事だったんだけど、直感は間違ってなかった。待てずに帰りの道中で曲を聴いた。車の中はその日から4カ月間、花ゆりのライヴ直前まで毎日Flowerwallが流れた。当時何かに悩んでいた私が擦り込むように聴いた日々が今の私に繋がっている。

花ゆり落ちるのライヴ前になると、CDの3曲だけを馬鹿みたいに繰り返して聴いていた自分に気づいた。慌ててdioramaとYANKEEを聴いた。そのタイミングで自宅からサンタマリアとMAD HEAD LOVEのCDが袋に入ったまま未開封で出てきて驚いた。買った記憶がない。米津玄師の音楽どころじゃなかった時期に、どさくさに紛れて手を伸ばしていた自分に呆れたのと同時に、衝動買いにしては片付けられないものを感じた。こんなにも気になった音楽を長く放置していたのを悔いながら収録曲を聴いた。目からウロコのような衝撃を受けた。

花ゆりの会場では、ハチ時代の曲に大いに歓喜する人を間近で見て、米津さんが以前から若者に絶大な支持を受けてきた事を実感した。ようやく会えた、と何故だか私も思った。自分の意識とは違うものに包まれたような気がした。待ち望んでいた感無量の人達の中に居たからだと思う。ライヴでは幽霊船を歌うクールな米津さんと対照的に、踊り狂う人々の光景が目に焼き付いた。ワンダーランドと羊の歌をライヴで始めて知り、帰宅後にyoutubeで観た。youtubeで普段音楽を漁っていたのに、何故か米津玄師に辿り着かなかった私がようやく米津玄師の音楽の映像にハマる。多面的で掴みどころがないのに何処にも紛れもない米津玄師を感じた。好きな世界だった。
 
 

花ゆり落ちるのライヴに行った人達はいま何をしているんだろう。開場前に私の前に並んだのは制服姿の中学生2人組だった。小さな会場はライヴ慣れしていない何だか文化祭のノリのような若者の空気もビジバシ伝わってきた。曲と曲の間の沈默、次の瞬間を固唾を飲んで待つ空気に純粋なものを感じた。シンプルで余計なものを感じさせない空間が新鮮だった。ここから私も始めよう、端っこでいいから居させて貰いたいなぁと思った。音楽の未来に夢を重ねた日があった。

始まりを辿れば、そんな日々が米津玄師との原点にある。老若男女のファンがびっくりする位に増えた今は、色んなものが目の前に現れる。身近な所では息子を通してLemonやパプリカ現象が何度も起こった。凄い事だと私も思う。

米津玄師はこの先どう音楽と向き合っていくんだろう?ファンはどう関わっていくんだろう?気づけば数年毎にファンが入れ替わっているようなアーティストも珍しくない。HYPEのグッズを見た時に花ゆりを思った。「いつでもここにおいでよね」ホープランドの歌詞だ。他人と共有できなかったものをもし、音楽に受け止めて貰えたら、その後はどうする?「あとは君次第」そう歌った人の心を思う。ライヴに行けば米津玄師の今の思いを肌で確かめる事も出来るのかもしれない。人気の公演だから、数年に一度のペースでお邪魔できればと私自身は願っているのだけれど。武道館以降ご無沙汰してしまっているので、そろそろ会いたい。

半世紀も生きてくると、いずれ私の音楽のバトンを誰かに託す日も来るのだろう。まだ今は日本の音楽が気になって仕方ないし、米津玄師も見届けたい。年老いて、バトンを譲る時の自分も敢えて想像してみる。最高の笑顔になれるように今から練習しておこう。出来る事をしてやれるように。何かを約束できるように。それが何なのかよくわからないし、してやれるもんなんて私にあるのかないのか。定かでないものを信じて、今日も音楽を聴きます。音楽の灯火を絶やさないように。一人ひとりの心で燃やしていくものを無くさないように。

長々と拙い文をここまで読んで下さった方に。ありがとうございます。一人ひとりに貴方だけの音楽との出会いがある。心から求めれば必要なものは与えられる。どうぞ音楽との出会いを大事にして下さい。

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