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涙をも受け止める中島みゆき

ももいろクローバーZに預けた佳曲

あまり一貫性のない人間であると自覚している。自分の不甲斐なさや根気のない面に嫌気がさすことがある。それでも数少ない「美徳」のようなものを挙げられるとしたら、それは物心ついてから、他人に「泣くな」と言ったことが(覚えている限り)ただの一度もないことである。泣きたい時は泣くべきだよと、何度となく口にしてきた。そういった言葉こそが、他人様の涙を誘ってしまうことがあり、それが「良いこと」だったのかは確信がない。ただ個人的に思うのは、人間は泣くことによって、負の感情を放出できるのではないかということだ。

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中島みゆきさんは(少なくとも楽曲のなかでは)泣くことを赦すアーティストである。「わたしの子供になりなさい」には、以下のようなセンテンスが含まれる。

<<涙を見せてはいけないと教えられたのね>>
<<そんなことない そんなことない>>

もちろん人間には立場上、涙を堪えるべき時はある。人前で泣いてはいけないというものを、ひとつの考え方として認めはする。私的な話をするならば、僕の祖母が亡くなった時、病院に駆けつけた時、先に到着していた叔父は泣くことなどせず、むしろ僕に笑いかけた。大丈夫だよとでも言わんばかりに。実の母を亡くした叔父は、恐らくは僕以上に泣きたかったのだと思う。それでも叔父が微笑んでくれたことに、肉親を失ったという深甚な恐怖にとらわれていた僕は、いくらか救われた。

すべてが終わったあと(葬儀が終わったあと)叔父が独りで涙したかを知りはしない(もう叔父も現世にいないので訊ねることはできない)。いずれにせよ、僕は今後、泣きたくなる時があったとしても、そのとき自分以上に幼い誰かが傍にいるのだとしたら、涙を飲み込むつもりではいる。誰かに泣いてもらうためには、悲しみを解き放ってもらうためには、そのくらいの気概は求められるのではないかと考えている。

<<あなたが泣くときは わたしは空を見よう>>
<<あなたが泣きやめば ふたりで空を見よう>>

涙を流す誰かを激励するのではなく、ただ近くにいて、上を見ること。その涙が止まるのを、いつまでも粘り強く待って、いつか訪れる「その時」には、一緒に上を見ること。中島みゆきさんの歌うことは、いい歳になった僕の羅針盤のようなものに感じられる。

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ももいろクローバーZは、笑顔を振りまくパフォーマーである。メジャーデビューシングルである「行くぜっ!怪盗少女」では、彼女らは、このように宣誓する(この曲が発表された時、彼女らのアーティスト名には「Z」がついていなかったかと思われます)。

<<いつも 全力で 歌おう! 踊ろう! 笑おう!!!>>

ももいろクローバーが(ももいろクローバーZが)力一杯に笑ってくれることに、多くのリスナーが救われてきたことは確かだと思う。彼女たちが力強く歌い、聴き手を鼓舞してくれる様に、奮い立たされてきたファンは多いと思う。僕も一時期、どん詰まりにあった時は「鋼の意志」を聴くことで、どうにか日々をやり過ごしてきた。

<<流れた苦い涙を振り切って>>
<<立ち上がれ鋼の意志で!>>

この楽曲で、ももいろクローバーZは泣くことをやめるよう促しているようだ。あるいは自分自身に言い聞かせているようだ。彼女たち自身が<<苦い涙>>を流してきたのだとしたら、それでもなお<<立ち上がれ>>と歌ってくれるのだとしたら、ももいろクローバーZは、まさに<<傷だらけの天使>>だ。比喩的な意味でも、そのままの意味でも、僕は本曲を聴くことで、何度となく立ち上がってきた。どうにかこうにか立ち上がってきた。強く生きてくることはできなかったけど、辛いときに身を起こすことだけはできたのには「鋼の意志」という楽曲が大きく影響している。

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泣くことを赦す中島みゆきさん。笑顔を振りまき、強くなろうというようなことを呼びかけるももいろクローバーZ。その出会いが生んだのが、傑作「泣いてもいいんだよ」である。この曲はタイトルそのままに<<泣いてもいい>>ことを示すものであるのだけど、それは「弱くたっていい」とリスナーを甘やかすものではないようにも思える。

<<逃げ道のない闘いの日々が いつか人類を疲れさせてゆく>>

荘厳な歌詞だ。誰かの泣く姿を、あるがままに受け入れようとする中島みゆきさんは、ある意味で闘っていると言えるだろう。そして何度もライブを敢行し、時には私人としての悲しみや悩みを抱えてもいながら笑ったのであろう、ももいろクローバーZの面々も、自分自身と闘ってきたと言えると思う。

誰の人生が過酷で、誰の人生が安楽かというようなことを、短絡的に決めつけることは控えたいと思っている。それでも一般人である僕さえもが<<闘いの日々>>を歩んでいると感じることがあるのだから、大勢の人を慰め、そして励まそうとする中島みゆきさんやももいろクローバーZの歩む毎日が、とてつもなく過酷なものであるのだろうとは思う。

本曲で(「泣いてもいいんだよ」のなかで)中島みゆきさんは、泣くことを肯定しながら、そこに強さが滲みうることを発信した。それを受け取ったももいろクローバーZは、まさに<<全力>>で、その革新的な歌を届けてくれたのではないだろうか。

<<泣き虫な強い奴なんてのが いてもいいんじゃないか>>

僕の傍で涙を流してくれた人のなかに「弱い人」は1人もいなかったと思っている。何かを強く望めるからこそ、そして何かを心の底から大事にしてきて、それを失ったり失いかけたりしたからこそ、彼ら彼女らは泣いたのだと思う。強く望むこと、慈しむこと。それができるという時点で、その人は<<強い奴>>なのではないだろうか。

それでも僕は、彼ら彼女らが再び涙を流すことがあり、そのような自分を「弱い」と決めつけることがあるのだとしたら、何度でも繰り返すつもりでいる。

<<そんなことない そんなことない>>と。

それは僕自身が不完全な人間であり、中島みゆきさんやももいろクローバーZに支えられてきたからこその誓いだ。アーティストに守られた人間は(大袈裟に言うなら)何かしらの「役割」を持つのではないだろうか。強く生きることを約束はできない僕が、何かしらの貢献を果たさなければならないのだとしたら、世界に刷り込まれているのかもしれない誤解のようなものを、まさに<<全力>>で解きたいと心に期している。

<<「強くなれ 泣かないで」>>

少なくとも僕の感じる限り、それは100パーセントの「正答」ではない。強くあることと泣くことは、必ずしも矛盾しない。

※<<>>内は中島みゆき「わたしの子供になりなさい」、ももいろクローバー「行くぜっ!怪盗少女」、ももいろクローバーZ「鋼の意志」「泣いてもいいんだよ」の歌詞より引用

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