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誰の人生もムダではない

菅田将暉に託された米津玄師の温かみ

いくつものミスをおかしてきた。文字通りの「迷子」になったことが何度となくある。事務処理を誤ったことが数え切れずある。間違った番号に電話をかけてしまった回数も人一倍、多いと思う。

その手の「振り返れば笑い話にできるミス」だけではなく、自己嫌悪に陥ってしまうようなミスも、何度かしでかしてきた。「そんなの誰でも同じだよ」と言ってくれる人もいるかもしれない。そして、それらが「取り返しのつくミス」だったからこそ、こうして今、まずまず平穏に駄文を書いていられるのだとも思う。

それでも僕は、自責の念に耐え抜くため、なにかミスをおかすたびに、それを赦してくれるような楽曲を見出そうとしてきた。ミスの数だけ、心のなかに楽曲を溜め込んできた。そうした楽曲を生み出してくれたアーティストに感謝を伝え、いま己を責めている若い人たちに、それらを紹介するのが、いい歳になった自分の役割ではないかと考えている。

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米津玄師氏の楽曲(特に歌詞)の非凡さに気付くのが、ずいぶんと遅かったほうだと自覚している。それもまたミスといえばミスだったのかもしれない。菅田将暉氏が歌う「まちがいさがし」に救われている少年少女は、きっと非常に多いはずで、その魅力を今さら僕などが力説する必要はないかもしれない。

だから僕は、米津玄師氏の偉大さを知るまでに、どんな楽曲に癒されてきたかを、本記事で述べてみたいと思う。恐らくは米津氏は(菅田氏は)自分たちの歌だけを聴いてほしいと願うような、狭量なアーティストではないだろう。むしろ「自分たちと同じような発信を試みるアーティストが他にもいること」を喜んでくれる、器の大きい人間なのではないかと考えている。

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時系列に並ぶかは分からないけど、僕の人生を守ってくれたセンテンスを、思いつく順に挙げてみる。まずはaikoさんの「桜の時」から。

<<今まであたしがしてきたこと間違いじゃないとは言い切れない>>
<<今まであたしが覚えてきた 掌の言葉じゃ足りない程>>

これがaikoさんの直情なのかを、もちろん僕は知らない。それでも著名なアーティストであるaikoさんでさえ、半生を振り返って<<間違いじゃないとは言いきれない>>と感じるということに、ずいぶんと慰められる。そして独創的な歌詞を紡ぎ出すaikoさんでさえ、その身に付けてきた語彙が不十分であると感じていることに、いくぶん安堵する。

本記事で僕は、何度となく同じようなことを書くことになると思う。誰だってミスをおかす。そして誰だって、確固たる自信など持ちはしない不完全な人間なのだ。

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YUKIさんの歌う「ハローグッバイ」は、慰めや安堵をもたらすというより、聴き手を奮い立たせるものだと感じられる。

<<私が見てきたすべてのこと むだじゃないよって君に言ってほしい>>
<<みのらなくても大切なこと>>

<<君>>が複数の「you」を指すのだとしたら、そこに一介のリスナーである僕も含まれるのだとしたら、声を大にしてYUKIさんに言う。<<むだじゃないよ>>と。

僕は「見たくはないもの」を、いくつも目に映してきた。努力が実らなかったと感じた経験を多く持つ。それを<<むだ>>だと感じてしまうことはある。それは誰もが持つ虚しさなのだとしたら、互いに<<むだじゃないよ>>と言い合うたびに、僕たちは同じ時代を生きているのかもしれない。

<<人は誰かとかかわる>>

そう、色々な形の関係性が、人と人の間には築かれる。出会ったり別れたりして僕たちは生きている。自らの力不足が別れにつながってしまったと悲嘆に暮れる人も多いと思う(少なくとも僕は、その手の悲しみを抱えている)。それでも、それほどに弱い僕でも、他人様に対してなら、力強く言うことができる。あなたの人生はムダではないと。

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Salyuさんの歌う「青空」は、ミスこそが幸せにつながったことを歌い上げる傑作である。

<<選んできた道を 間違ったって思えて 心が沈む日もあるけど>>
<<間違いのその先で あなたが待っててくれたから>>

私的な話をすると、高校受験で、僕は第一志望校に合格することができなかった。それでも、つい先ごろ、ハッキリと「きみの人生はムダじゃない」と言ってくれたのは、志望していた高校に受かっていたら出会えなかった友人なのである。ミスだらけの答案を作ってしまったからこそ、僕は彼に出会うことができた。少しは似たような経験を、きっと「青空」を作詞・作曲した桜井和寿氏も持つのではないだろうか。

<<今 僕のいる場所が 探してたのと違っても 間違いじゃない>>

友人も僕も、高校時代に夢見た職業に就くことはできなかった。それでも、自分が確信を持つことはできなくとも、言葉を投げ交わすことはできている。<<間違いじゃない>>と。きみが生きていてくれること自体に、自分は感謝しているのだと。

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いま、あらためて菅田将暉氏の歌う「まちがいさがし」に耳を傾ける。本文で挙げてきたような楽曲に含まれる発想(思想)が溢れる、皆が共有できる楽曲だと感じられる。米津氏が探し出すのは色々な人が抱える誤解であり、その誰もが生きる意味を持つという真理なのではないだろうか。

<<まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う>>
<<間違いか正解かだなんてどうでもよかった>>

米津氏が(楽曲のなかで)出会うことができたのは、はたして人間だけだったのだろうか。不正解の道を辿ったからこそ、出会えた景色やメロディー、獲得できた言葉といったものさえもあったのではないか。だからこそ米津玄師氏という人間・アーティストは、人を元気づけられる存在になりえたのでないだろうか。

もし他ならぬ米津玄氏氏が、自信を喪失することがあるのなら、僕は多くのアーティストから言葉を借りて、それを届けたい。力を貸してくれるのは、aikoさんであり、YUKIさんであり、Salyuさんであり、Mr.Childrenである。

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この記事を書くにあたって、半生を振り返るにあたって、まさに僕は「まちがいさがし」をしたように思う。誰の人生にもミスがあることを、再認識するべく努めたように思う。

いま僕が、この世界の誰よりも愛しいと思う幼子は、文字通りの「まちがいさがし(ふたつの絵を見比べて相違点を探し出すこと)」に熱中しているようだ。いつか、その子が大きくなった時、自分の人生はムダなのではないかと感じてしまった時、そんなことはないよと語りかけてくれるアーティストがいること、そういう楽曲が世界に溢れていること、そして友人が傍にいることを、心の底から願っている。

※<<>>内はaiko「桜の時」、YUKI「ハローグッバイ」、Salyu「青空」、Mr.Children「Any」、菅田将暉「まちがいさがし」の歌詞より引用

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