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2017年8月11日

イガラシ文章 (25歳)
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その手のひらの上で、もっとダンスを。

KEYTALK爆裂疾風ツアー2017Zepp Tokyo公演に寄せて

時はライブバンド戦国時代夏の陣。

猫も杓子も夏フェスだサーキットだと音楽イベント参加に精を出し、夏の思い出を音楽と共に作ろうと出かけてゆく。沢山のオーディエンスで賑わうフロアはサークルモッシュやヘドバンや、振り付けの波で大盛り上がり。知ってる曲は勿論だが、知らない曲でも盛り上がれるのがイマドキのリスナーだ。
ロックバンドはそんなイマドキのリスナーが楽しくノれるような曲を作る。気がつけば「ダンスロック」と言うジャンルが一大勢力を成してムーブメントを巻き起こした。ここまで流行ると流石にアンチも出てきて、「ノリがいいだけ」「中身がない」なんて辛口な批判も飛び出してくる。
そんなダンスロックの市民権を広めた功労者であり、時に戦犯のようにも扱われる事があるのが、KEYTALKだ。
だけど、私は彼らのライブを観る度に、勿体無いと言う想いに駆られる事がある。
みんな、わかっていないのだ。
沢山の人を自分の手のひらの上で踊らせるためには、自分自身だって上手にステップを踏まないといけない。
彼らの作る楽曲には、ただ人を踊らせるためだけの「中身がない」音楽なんてひとつたりともない。
彼らは、誰よりも上手に楽しくステップを踏むロックバンドなのだ。
 

KEYTALKのワンマンを観るのは二回目だった。彼らの音楽が大好きで、何度も何度も聴いているからもっと何回も観ているような気がしていたが、思えばまだまだ新参者である。昨年の九月ぶりのZepp Tokyoに、昨年と同じように友人とふたりで赴いた。
音楽好きの私達はもう随分色々なライブに行っているが、KEYTALKだけは毎回アリーナで観ると決めていた。全席指定の場合は仕方ないが、スタンディングがある会場ならば出来る限りスタンディングで観たい。そのほうが楽しいから、と言うのもあるが、理由はそんなもんじゃなかった。
KEYTALKのライブでは、座ってなんていられないのだ。
彼らのライブは、いつだって彼らとの闘いだ。彼らと私達、どっちがより楽しんでダンスを踊れるか。そんな勝負を仕掛けられているような気がするのだ。
共に貧血気味の私達は鉄剤とビタミン剤でその時に備える。友人は筋トレをしてきたなんて言っていた。
始まる前から既に熱っぽい空気でいっぱいになった会場に、ギターボーカル寺中友将――巨匠による影アナが響く。毎度恒例のお楽しみだ。
これも恒例になってきたドラム八木優樹の乱入に、早くも笑い声が広がる。まだ開演前なのに、もう闘いは始まっているのだ。彼らはもう、私達を楽しませにかかっている。
巨匠と八木のお喋りを経て暫しの静寂が訪れ、その時が来た。
 

舞台の上に降ろされたツアータイトルロゴのあしらわれた紗幕が、一瞬にして落ちる。その向こうに誂えられたアルバムロゴの垂れ幕の前に、眩いばかりのネオンサインのような照明に照らし出された彼らが姿を現した。アルバムの中でも異質な、パンクでスクリーモな曲『HOROBIRO』をBGMに、跳ねるように舞台前面に四人が並び、歓声に応える。
気がつけば私達は人の波に押され、舞台のすぐそばまで流されてしまった。想定していたよりも遥か近くにベースボーカル首藤義勝の姿が見える。決して大柄ではない彼が、私の目には不思議ととてもとても大きく映った。
オレンジ色のカットソーの裾をひらめかせて彼が定位置につく。熱狂そのままにいよいよ演奏が始まった。

一曲目は昨年リリースのシングル『Love me』。意外な選曲だったが始まった瞬間に私は息を呑む。ボーカルの美しさがこれでもかと冴え渡っていた。
巨匠のよく通る力強くも美しいロングトーンに、義勝の優しく色気のあるファルセット、そしてふたりの見事なハーモニー。その後に続く『MURASAKI』『amy』などの楽曲からも感じられたが、掴みから一瞬にしてふたりの歌声に改めて心を奪われた。
私はKEYTALKは歌の上手なバンドだと思っている。ボーカルの歌唱力を売りにしているバンドは数多くいるが、これだけ安定感と表現力のあるボーカルをふたりも擁していて、尚且つちゃんとロックンロールしているバンドなんて他にいない。
この時は特に、ボーカルのふたりのハーモニーがいつも以上に美しく聴こえた。「ハモろう」としてハモっているのではなく、まるでそれがごく当たり前の事のように、呼吸をするようにハモってみせているように思えた。それは、ロックバンドとしては珍しい「ツインボーカル」としてのふたりの信頼関係が現れているように思える。

ふたりだけではない。その歌声を優しく底上げするのはギター小野武正による楽しげに歌うような音色だし、力強くも自由自在にビートを変化させる八木のドラムだ。音の華やかさと比例してフロントのふたりに負けじと舞台上を駆け回り、コロコロとアニメキャラクターのようにコミカルに表情を変える武正や、全身で音を鳴らし花が咲くような笑顔を見せる八木を見ていると、この人達は本当に自分達の曲が好きで、ボーカルふたりの歌声が好きで、このバンドが大好きなのだろうと思う。だからこそきっと日頃から妥協せず、その腕前を磨き続けているのだろう。

彼らの演奏や歌の安定感と健気なまでのバンドへの愛は、今の彼らの最大の武器であるパーティソングにも勿論そのまま活かされている。
アルバムのリードトラックである『Summer Venus』や今やライブの定番曲となった『MATSURI BAYASHI』『YURAMEKI SUMMER』なんかは正直完全にカオスで、フロアは正にお祭り騒ぎだ。義勝の冴え渡るスラップベースとちょっとつんのめったようなエモーショナルな巨匠の歌声に煽られて幾つもの腕が振り上げられ、武正の顔芸も絶好調。八木の笑顔もますます弾ける。
そんな心底楽しげな彼らの様子を見ていると、私達も更に楽しい気分になってくる。これは、どこか遠くの土地のお祭りの様子がテレビ中継されているのを観ていて、まるで自分まで祭りに参加しているような気分になってウキウキしてくるあの感じに近い。
しかし、『YURAMEKI〜』のアウトロのロングトーンで巨匠と義勝の声が美しく重なった瞬間、私は今までのハッピーな狂乱を忘れる程に鳥肌が立って、ちょっと涙ぐんでしまった。

アンコールで披露されたキラーチューン『MONSTER DANCE』や『夕映えの街、今』などを聴いていても思ったが、どんなに明るく弾けたお祭りソングであっても、KEYTALKは一音一音を大切に演奏している。
楽曲への愛と確かな演奏力があるからこそ、私達は安心して彼らの音に身を任せ、踊り狂う事が出来るのだ。
 

真っ赤な照明に照らされた彼らの立つ舞台の両端から、大量のスモークがバズーカのように吹き出した。イマドキ映像などを駆使して映画のようなめちゃくちゃドラマチックな演出をするか、はたまた演奏だけをシンプルに聴かせるか、と言った両極端な演出が多い印象のライブシーンで、こんな九十年代バブルど真ん中みたいな派手な演出が似合ってしまうのも彼らの面白い所だと思う。
目の前でスモーク越しに赤い影を映し出す義勝の華奢なシルエットを眺めながら、この人達はどうしてこんなにも格好良くいられるのだろうと思った。

不思議なものだ。だって、失礼を承知で言ってしまえば、彼らは音楽的な側面を除けば、ちょっとイケメンかもしれないだけの普通のお兄さん達なのだ。
舞台の上でだって音が鳴っていなければ、唐突に缶ビールを一気飲みし始めたり、どうしようもない感じの下ネタばかりが飛び交うMCを繰り広げたりする。
だけれど、ひとたび演奏を始めればあっという間に泣く子も踊らせるロックヒーローに変身するのだ。
真っ赤なレーザーもきらびやかなスポットライトも、豪快に噴出するスモークだってもろともしない。舞台の上の彼らの勇姿は紛れもなく、華やかで存在感のあるスターだった。
 

本編最後のMCで、巨匠が口にした言葉が印象的だった。

「日本を代表するバンドになりたい。だけど、それは四人だけじゃ出来ないから、四人だけでなるものではないから、みんなと一緒に大きなバンドになるために、みんなに力を貸してほしいです」

彼は、同ツアーの川崎公演の際に声が出なくなり、オーディエンスにそのパートを歌ってもらったエピソードを交えつつそう言った。その不器用そうな口調からはやるせなさと悔しさ、そしていつかその借りを何十倍にして返してやろうという、バンドボーカルとしての覚悟と気概が痛い程に伝わってきた。

巨匠はいつも真っ直ぐな言葉を楽曲の歌詞からも伝えてくれるが、それをあたたかく見守る武正と八木からも彼に負けない真摯な想いが伝わってくる。
勿論、あまり感情を表に出さない義勝の真心だって、そうだ。
彼の心は歌から伝わる。本編半ばで披露された『バイバイアイミスユー』での穏やかな声音や表情からは、バンドボーカルとして歌う事の喜びが切ない程に滲み出していた。
ピンクや空色、柔らかな色合いのスポットライトに浮かび上がる彼らの姿は、とても美しかった。
 

KEYTALKは多くを語らない。いつだってなるべく面白おかしく、ひょうひょうとしてみせる。誰よりも自分達が楽しみながら、いとも簡単な事のように私達を手のひらの上で踊らせてみせる。
しかし、手のひらに乗せたモノを落とさないように踊るには、上手にステップを踏まないといけない。彼らは、音やメロディ、歌といった大切なステップの踏み方をしっかりマスターしているのだろう。

ライブは、言ってしまえばミュージシャンの手のひらの上で踊らされる場だ。
ミュージシャンの人の波に飲まれそうな姿を遠くから一生懸命目に焼き付け、切れる息や腕の筋肉痛までもを楽しみながら、切なかったり狂おしかったり、普段忘れがちな色々な感情を思い出し、幸せな気分になれる場だ。
KEYTALKを「流行りのダンスロックバンドの代表」だと考えるのならば、少なくとも私にとっては「ノリがいいだけ」で「中身がない」流行りのダンスロックバンドではない。最高に手のひらの上で楽しく踊らせてくれる、最強のライブバンドだ。

最強のライブバンドは、いつか日本一のライブバンドになれる。何の根拠もないけれど、私はそう思った。音楽番組の出演も、九月に控えた横浜アリーナ公演だって、彼らにとってはそのための一歩でしかない。
もっともっと大きなフロアで彼らと踊れる日まで、次の真剣勝負のその日まで、もっと上手に踊れるように私も自分なりのステップを磨いていこう。

終演後友人とふたりで見上げたお台場の観覧車のネオンが、汗と涙で霞んだ目に眩しかった。

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