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そうだ、ヒップホップを聴いてみよう

ア・トライブ・コールド・クエストの影響力

確か2005年くらいだったろうか、僕は突然こう思い立った。「そうだ、ヒップホップを聴いてみよう」と。一般的に、ロックやポップスばかり聴いてきたような人間にとって、ヒップホップというジャンルは大方が興味の対象外、それどころか仮想敵のようなイメージを抱いている人も少なくない気もする。僕自身も御多分に洩れず、80年代後半から90年代にかけてのヒップホップ全盛期をほとんどスルーしてしまっている。

とはいえ、全く聴いていなかった訳ではなく、RUN DMC、LL COOL J、パブリック・エネミー、デ・ラ・ソウルといったロックやポップス的な要素が入り混じった超有名どころのものはCDを所持していたし、ビースティ・ボーイズなんかは相当なお気に入りだった。にも関わらず、それ以上広く深くヒップホップを掘ることはしなかった。やはり、普段聴く音楽の主流はあくまでもロックやポップスであり、ヒップホップはその合間に聴く口直し的なものとして捉えていたからなのだと思う。

「思い立ったが吉日」が得意技の僕は、すぐさまヒップホップ専門のガイドブックを購入し、それに従ってかたっぱしから聴き漁り始めたのである。もうロックなんかそっちのけ、毎日がヒップホップ日和、いい歳こいて気分だけはB-BOY、「チェケラッチョー」とは言わないけれど、オリジナルの振りでボディ揺れまくり。ああ、世の中にこんなに気持ちのイイ音楽があったなんて・・・と、目からウロコが何枚落ちたか数える暇もなく、いつしかディスクガイドは受験生の参考書のように折り目とマーカーだらけになり、その小口は手垢で薄黒くにじんでいた。

ギャングスター、ナズ、ドクター・ドレー、エリックB&ラキム、ウータン・クラン、ピート・ロック&CLスムースといった90年代のレジェンドから2000年代以降のエミネム、ドレイク、ジェイ・ディラ、マッドリブ、カニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマーに到る数多のヒップホップに耳を奪われ、飽きることなく連綿と聴き続けられているのは、最初のとっかかりがア・トライブ・コールド・クエスト(以下ATCQ)だったからかもしれない。もしそれが違うアーティストだったとしたら、ここまで広く深く長くヒップホップにのめり込んではいなかった可能性もある。それくらいATCQにはヒップホップというジャンルを超越した普遍的なものが宿っているように思う。

ところで、今現在ヒップホップのイメージというのは一体どうなっているのだろうか。ブカブカの服を着てジャラジャラとアクセサリーを身につけ、帽子を斜めに被り「ヘイ、ヨー」と両手をかざすチャラい奴。もしくは、タトゥーや筋肉を見せつけながら俺様自慢、放送禁止用語を連呼して相手を威嚇するならず者・・・と、いまだにそんな感じなのだろうか。まぁ、それもあながち間違いではないのだけれど、ATCQはそういったベタなイメージとは意識的に距離を置いている存在であり、純粋にサウンドだけで意思表示のできる優れたヒップホップ・ユニットだと言える。

ATCQのアルバムは全部で6枚、そのどれもが非常に高いヒップホップ偏差値を誇っており、全て聴いても何の損害も被らない。その中にあって栄えある第一指名アルバムはどれなのかとなると、セカンドの『ロウ・エンド・セオリー』とサードの『ミッドナイト・マローダーズ』とで甲乙つけがたいのだが、孤高とも取れる音のストイックさと出会いのインパクトの強さで『ロウ・エンド・セオリー』に軍配をあげたい。

冒頭「エクスカーションズ」のイントロで鳴らされる、ジャングルの奥地から響いてくるようなベース音にいきなり面食らう。そこへボソボソとつぶやくようなQティップのライミングが現れ、極限まで硬くチューニングしたようなスネアとハイハット、不穏なトランペットとサックスの旋律が加わり、全体が異様な緊張感に包まれてゆく。

続く「バギン・アウト」の、振動で脳みそが揺らぐようなベースの強靭な響き、ファイフの鬼気迫るライミング、何かを警告するかのようなシンバル音と不穏なSE・・・これってホントにヒップホップなのか?いや、今まで聴いてきたものがヒップホップじゃなかったとしても僕は一向に構わない。これこそがヒップホップじゃないか!ATCQのクリエイトするクールでストイックな音響はあまりにも斬新でカッコ良過ぎた。

ATCQの魅力はそういった音響の快楽だけにとどまらない。どこかユーモラスでロボ声のQティップとハスキーでいがらっぽいファイフという相反する個性を持ったMCによるマイク・リレーは、他のユニットではなかなか味わうことのできない絶妙な相乗効果を生み出している。そういった要素を最も顕著に味わえるのがアルバム最高のキラー・トラック「ジャズ」である。

弾むようなベース・ライン、インダストリアルなドラムの響き、ユラユラと漂うスペイシーなサンプリング音・・・たったこれだけの音をバックに展開されるQティップとファイフの、まるで雑談のような阿吽のマイク・リレー。このシンプルの極みのようなトラックの心地よさに僕は言葉を失い、なすがままに全身がユラユラと揺れ続ける羽目になる。そんな自分の姿が鏡に映り思わず赤面。これは絶対に人前では聴いてはいけない音楽の筆頭だ。

さて、ATCQから多大な影響を受けていると思われるスチャラダパーのDJ SHINKOは、自身のトラックメイクに関してこんなことを言っている。

「1にビート 2にベース 3、4がなくてあと余談」
           (アルバム『5th WHEEL 2 the COACH』の歌詞カードより抜粋)

『ロウ・エンド・セオリー』を聴いていると、なるほどその通りだよなぁと思ってしまう。僕にとってヒップホップとは、ドラムとベースの音の快楽とリズムの心地よさ、MCによる余談のようなマイク・リレーを楽しむための音楽であり、それ以外のことはさほど重要ではない。残念ながらATCQはファイフの死去により新曲をトラックメイクすることができなくなってしまったが、彼らが開拓した方法論はスチャダラパーがちゃっかりと継承し、ヒップホップ文化が根付き難い極東の島国ニッポンにおいて、アメリカナイズされていない独自のヒップホップ・スタイルを貫き続けている。

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