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独り旅のお供にカバンへ詰め込む1枚

フィッシュマンズ『LONG SEASON』の孤独感

昔から「無人島へ持っていく1枚」みたいな企画は結構好きなのだが、さすがに最近はあまり見かけなくなってしまったような気がする。一台に何千曲も収納できる夢のような電子機器が普及して久しい今の世の中じゃ、そんな企画は成り立たないのかもしれないけれど、あえてちょっと違う視点から同じように現実味のないことを空想してみる。題して・・・

”独り旅で孤独を満喫するためにカバンへ詰め込む1枚”

現状のしがらみや煩わしさを全て捨て去り、まだ見ぬ知らない場所を目指し、独り旅立つ時にふさわしい音楽はなんだろうかと考えた時、ふと思いつくのがフィッシュマンズ6枚目のアルバム『LONG SEASON』だ。人は皆さみしがり屋だけど、どうしようもなく独りになりたい時がある。誰もいない海辺にたたずみ、遥か水平線に目を向け、意味もなく深いため息をつく。たまにはそうやって孤独を気取りたいと思うのは僕だけではない気がする。

フィッシュマンズといえば、今や歴史的名盤との評価を得ている『空中キャンプ』が挙げられると思うのだけれど、ヴォーカル佐藤伸治の甲高くてクセのある歌声がちょっと苦手な僕が普段からよく聴くのが、アルバムの大半をインストゥルメンタルが占める『LONG SEASON』なのである。

このCDは便宜上5つのトラックに分けられているのだが、実質的には35分15秒の「Long Season」と題されたものが1曲だけ収録されている。それにしても、こんな特殊すぎる内容のCDを、よくメジャーからリリースできたものだと思う。それくらいこのアルバムは他に例を見ない、極めて異色の音楽であることは間違いない。

トラック1、ゆっくりと忍び足のように近づいてくるベースラインとギターリフ。そこへキーボードの寂しげな旋律が現れ、ドラムを合図に冷涼なプログラミング音と共にこのアルバムを象徴する哀愁のテーマ・メロディが流れ出す。そして、まるで精霊のような佐藤伸治のヴォーカルにヴァイオリンとアコーディオンが加わり、孤独感を掻き立てるメランコリーなアンサンブルが奏でられる。

独り旅はやはり電車がいい。欲を言えばボックス席の進行方向窓側がベストだ。規則正しい車輪の音と心地よい揺れに身を委ね、頬杖をつきながらぼんやりと車窓を眺めるのが好きだ。絶え間なく後方へと流れゆく見慣れた街の風景。多分、この先どこまで行ってもまた同じような街があるだけなのだろう。それでも何か、今までに見たこともない素晴らしい何かに出会えるような気がして、人は旅立ってしまうものなのかもしれない。

トラック2、暖かな音色の残響ギターと美しいアコースティック・ピアノをバックに、佐藤の狂おしい遠吠えのようなファルセット・ヴォイスが、行き場をなくした魂のごとくユラユラと彷徨い始める。それにつられてなんだかドラムまでもが物悲しげに響いてくる。泣きのギターはよくあるけれど、泣きのドラムを聴ける音楽なんてそれほどは多くないだろう。

なにかに導かれるようにふらりと下車する。電車は僕を置き去りにするように淡々と走り去ってゆく。自分以外に降りた者は誰もおらず、レールの微かな振動音だけが名残惜しげに響いている。無人の改札を抜けてあてどなく歩き始める。目指す場所はなく、目的などあるはずもなく、ただ長く先にのびる道に従い、一歩一歩無心に足を踏み出してゆく。

トラック3、水が漏れるような奇妙な効果音と隙間風のようなひんやりとした音が漂い、突如としてフリージャズのような混沌としたパーカッションの狂宴が始まる。まるでヨソ者がお祭り騒ぎに紛れ込んでしまったような感覚に陥る。楽しげに行き交う大勢の人々、自分の存在を気にかける者など誰ひとりとしていやしない。だけどそれがいい。住み慣れた街で知人に出くわす煩わしさのない至福のひと時。そういえば誰かが言っていた「無視されることは偉大な特権である」と。

トラック4、佐藤の物憂げなハミングと口笛が孤独な旅人をそっと慰めてくれているように聞こえてくる。ちょっと苦手だと思っていた彼の歌声も『LONG SEASON』を聴いていると他に替えはきかないように思えてくる。いや、こんな独り上手を気取っているような人間に寄り添ってくれる歌声なんて、佐藤伸治の他に一体誰が発してくれるというのだろうか。

もうどれくらい歩いたのだろうか。さすがにちょっと疲れてきたなと思い始めた頃に、このアルバム最大の山場となるトラック5が開演される。再び登場する冷涼なプログラミング音と哀愁のテーマ・メロディが、沈みかけた気持ちをそっとすくい上げてくれる。むせび泣くギター・ソロとノスタルジックなアコーディオンの調べが「このまま行けよどこまでも」と、僕の背中を力強く押しているような気がした。

どうしたことか、視界が涙で滲んでぼやけてくる。なにも悲しいわけでも辛いわけでもない。ただただ意味もなく泣けてくるのだ。ありきたりな形容詞では説明のつかない、何かを激しく求めてやまない、そんな焦燥感にも似た感情が湧き上がってくる。『LONG SEASON』は、すぐそこに見えているのに実態のない、追いかけても追いかけても決して触れることのできない、永遠に寄り添うことのない陽炎のような音楽だ。

ハッと我にかえり、遂に僕は立ち止まってしまう。不意にまわりを見渡してみる。はて、ここは一体どこなんだ。振り向いても、その先を見ても、人の気配はまるで感じられない。もしや、この世界に存在するのは自分だけになってしまったのか・・・

なんだか急に寂しくなってきた。もうそろそろ引き返して家に帰ろう。足早に歩きながらふと考える。人生における幸福とは何か・・・成功?名声?富?安定?承認?それとも、お金では決して買えない何かを手に入れる事?その答えは生きているうちには分からないかもしれない。けれど、僕には帰るべき場所がある。だからこそこうやって呑気に孤独を気取っていられるのだ。本当に孤独だったとしたら、多分、音楽に身を委ねることすらできなくなってしまうだろう。

フィッシュマンズの『LONG SEASON』をカバンに詰め込んで独り旅に出掛けられる。これってそれなりに幸福なことなんじゃないだろうか。少なくとも今の自分にとっては。

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