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はじまりが導いた過去~現在~未来

松室政哉「ハジマリノ鐘」リリースまでの軌跡をたどって

 2020年3月11日。シンガーソングライター・松室政哉がリリースした新曲、「ハジマリノ鐘」。
彼にとって、2020年に入ってから、そして30代を迎えてから初となるCDリリースであるが、ライブに足を運ぶファンにとっては既にお馴染みかつ支持を得ている曲でもある。

 唐突だが、「ハジマリノ鐘」は、とてもドラマチックな曲ではないかと思う。それはメロディや詞が生み出す世界観によってだけではなく、この曲が生まれてから世に出るまでに、時を経ていた分そこに様々なドラマが生まれているからだ。(それこそ、そのプロセスだけで映画1本生まれるのではないかとも私は思っている。)

 今、新曲として世に出たが、実際に原形が作られたのは彼の上京当時。夢を追って東京にやってきたが、生活のためにアルバイトに明け暮れる日々。ある日、地球の歴史を題材としたテレビ番組を見て、隕石が幾度となく地球に降り注いできていたことを知り、いつの間にかピアノに向かっていたという。宇宙と地球の壮大な奇跡を目にしたからこそ浮かんだ身近な世界。生まれ育った地を離れて一人だからこそ感じた他者の温かさ。「ハジマリノ鐘」は、彼が東京にやってきてから感じたもの、目にしたものから生まれていた。

 「ここでなら自分のやりたい音楽ができるのではないか、とオフィスオーガスタにデモテープを送り、それを聞いた現マネージャー(半田悠)が多くのデモの中から見出した」というのは、ファンの間では比較的知られた話ではないかとも思うが、先日、その架け橋となった曲こそがまさに「ハジマリノ鐘」であったことが明かされた。この曲が二人を繋いだのであった。そうして拓かれた道の上で、2014年にオーガスタキャンプへの出演を果たし、2017年にはメジャーデビュー、活躍の場をますます広げている。そしてその間にもずっと、この曲はライブで大切に歌われ続けてきた。

 私自身が初めてこの曲と出会ったのは4年前の3月、初めて生で彼の歌声を聞きに行った日であった。そこから、音源が手元になくても記憶できるくらいにライブで何度となく聞いていく中で、曲の持つ染み入る様な優しさに心惹かれていった。昨年行われたツアー、“City Lights”ファイナルの東京公演では、Wアンコールの際、観客から投げかけられたいくつかの曲の中から「ハジマリノ鐘」を選び、歌ってくれた。私も含め、涙を流す人も多く見受けられ、ライブに行ったら聞いてみたかったんだ、という声も聞こえてきた。ライブのみで歌われてきたにもかかわらず、この曲はファンの心を掴み続けてきた。

 その反面、こんなにも良い曲なのに、現場でだけ歌われるのにもどこか勿体なさも感じ、より多くの人の元に届くよう、是非いつか音源化もしていただけたら、という気持ちもずっと抱き続けていた。手元に置いてじっくり聞ける日を待っていた人も少なくなかったのではないだろうか。

そして、その兆しは突然現れた。

 所属事務所の年に一度の大イベント、オーガスタキャンプ(以下、オーキャン)。オーガスタファンにとっては、年間を通じてもかなり大切な日ではないだろうか。アニバーサリーのお祝いで溢れる年もあれば、コラボ満載の年もあるが、2019年は「個」がテーマであった。錚々たる先輩方の揃うこの事務所のフェスにおいて、どんな「松室政哉」の音楽で魅せてくれるのか楽しみにしていたが、入場時に配られたガイドブックには、当日に何やら情報解禁されるとの意味深な記載があり、ファンもどきどきしていた。

 そして彼の持ち時間の最後、聞き慣れた歌い出しに、思わず固まってしまった。何度となく聞いてきたのだから、間違えるはずがない。でもリリースもされていない内にこの1万を超すお客さんの前で聞く日が来るなんて…と、目の前の光景が信じられなかった。その曲こそが「ハジマリノ鐘」であった。驚きと嬉しさで涙も止まらない中、よくよく聞いてみると、何かが違う。歌詞がブラッシュアップされていたのであった。その晩、「ハジマリノ鐘」の音源が遂にリリースされることが発表された。ただし、配信で、と。

 その後のライブでは、新しいバージョンの「ハジマリノ鐘」が歌われるようになった。元からの歌詞で記憶していたため、正直なところ、しばらくは頭に浮かんでいる詞と実際に歌われる詞が違うことに慣れず、不思議な感覚にもなった。一方、詞が変わったことで、それまではあまり耳に引っ掛からなかったところにはっとさせられることもあった。ベースとなるフレーズ自体は大きく変わっていないにもかかわらず、何故か私の中で急に浮かび上がった箇所があり、それは自分のとある経験を強く想起させ、思わず涙がこぼれた。新しくなったからこそ、聞く度に発見があるのも面白かった。ただ一つ、心の中で引っかかっていたことがあった。本当にこの曲は配信リリースのみなのかと。CDが売れない時代といえども、大切な曲だからこそCDという形で手元に置きたい。次のアルバムに入ることになるのか等、仲間内でも予想し合った。でもそんな少しの心配は杞憂に終わった。

 昨年12月1日、「ハジマリノ鐘」を表題曲としたEPとしてリリース、そして既に発表されていた配信リリースとは、それに先駆けてのものであるとの情報が追加で解禁された。一つの作品が手元に届くと分かるまでの過程で、これ程までにどきどきさせられたことはなかった。

 そうしてまずは配信がスタートしたが、その音源を初めて聞いた時、心底驚かされた。オーキャン以後、ピアノ弾き語りver.の動画は既に公開されており、それまでもやはり弾き語りで聞くことが殆どだったこともあり、歌詞がストレートに伝わる、声と楽器一つのシンプルな形が似合うと思ってきた。しかし、バンドアレンジされている新生「ハジマリノ鐘」は、様々な楽器が加わったことによってそのことばの力が弱まることなどなく、むしろ、曲のスケールが一気に変わった気がした。それは単純に音数が増えたからというよりも、この曲のストーリーが音とリンクし、広がっていく感覚。

 特に印象深かったのが、2番の「目の前の小さな広がりを 疑いもせずに世界と思っていた 曖昧なものさしを使って」からの、ストリングスも加わった間奏。初めて聞いた瞬間、私は目を閉じて聞いていたのだが、ストリングの音色による広がりと共に、まるで何かが自分をふわっと空高く浮かび上がらせてくれるようで、俯瞰で世界を眺めているような感覚になった。自分の視野に収まるだけの世界からより広い世界に気づき向かっていくその歌詞とも重なるようにも感じられ、アレンジの妙を体感した。それまで数えきれないほど聞いていたはずの曲が、それまで聞いたことのない程に壮大な曲として生まれ変わっていたのであった。そうしてまずは目に見えない形で楽しみ、遂に先日、待ちに待ったEPを手にし、アートワーク共々作品を楽しんでいる。

 そんな今、街では、所謂自粛ムードで少し出かけるにも気を遣い、買い物に行けども必要なものが手に入らず、普段何気なく、当たり前に思っていたことさえも儘ならない日々が続いている。私の仕事も、目に見えて客足が遠退く厳しい状況になっており、目に見えず未知な存在がもたらした混乱がいつまで続くのかもわからず、どこか重苦しい空気も漂う。音楽を聴くのもライブに行くのも大好きで、それに大きく支えられながら日々を過ごしている一音楽ファンとしては、音楽は言わば心のインフラ。そのため、ずっと楽しみにしていた多くのアーティストのライブやイベントが、立て続けに目の前からなくなっていく現状は、致し方ないこととは理解していても、寂しい気持ちもある。そうした中であっても、「ハジマリノ鐘」を聞くと、この曲が持つ優しさに包まれた気がするのだ。

 元々はこのリリースを記念し、大阪と東京でのライブも予定されていた。松室の故郷・大阪での公演は、まさにリリース日に行われるはずであったが、それもまた延期となった。それは演者・スタッフ・観客皆の安全も踏まえてのことであるから、楽しみにしていた分、残念な気持ちもあるにはあるが、ファン以上に本人達の方がそう思っているだろうから、これもまたやむを得ないこと。

 しかし、前々から予定されていたであろう「ハジマリノ鐘」のリリースのタイミングが、奇しくもこうした状況と重なるのは、語弊はあるかもしれないが、必ずしも不運とは言えないのかもしれないとも個人的には思う。上京当時に出来て以来8年近く、長い間、彼も、スタッフも、ファンも大切に思い、温められてきた上で満を持して世に出す曲であるから、華々しくお祝いされるのも勿論良かっただろう。しかし、もしかすると、多かれ少なかれ様々な形で悲しみも生まれている今だからこそ、この曲が人々の心の中でより意味を成していくのかもしれないとも思える。

“静寂でしか拭えない悲しみもある
そうやって世界は今日も回ってる 回っていく

それでも
はじまりの鐘が鳴る
降り止まない雨はない”

 公式特設サイトのライナーノーツやライブのMCで、松室政哉自身がこの曲についてこうも話している。「ハジマリノ鐘」は、『自分の近くにいる人や自分が生きている世界、そして自分自身に向けた新しい形のラブソング』であると。今私たちの暮らすこの世の中にもまさに当てはまるのではないだろうか。また、誰か特定の他者に向けてはいない分、これから、この曲を受け取った人それぞれが、この曲にどこか自分を重ね合わせる瞬間も生まれるのではないだろうか。

 私個人としても、このタイミングで受け取ることができるのは意味のあることだと感じている。EPとしての配信は店着日の前日に開始され、私も日付が変わるとすぐにダウンロードして繰り返し聞き始めていたが、この日、夜が明けると私自身に関して一つ大きなことが決まった。それは一つの終わりでもあり、同時に次に向けてのはじまりともなること。彼の音楽がまた私の背中をぐっと押してくれた。

 『ハジマリノ鐘EP』を聞いていると、松室政哉の30代の幕開けがこの作品とあるのも、なんだかいいな、と思う。表題曲「ハジマリノ鐘」の他にも、このEPには、「My Hero」や「どんな名前つけよう」といった、彼のルーツ、始まりを感じさせる曲も収録されている。彼の内面や軌跡を描きながらも、曲調はそれぞれ全く異なっていて、音楽的な幅の広さを感じさせてくれる。

 「何十代を迎える」ということを節目ととるか、今までと変わらず一つ歳を重ねただけととるかは人それぞれで、彼がどう捉えているかまではわからない。でも、彼自身のはじまりも幾つも生み、ここに至るまでの道の起点となった曲であり、これまでとは違った、個にではなく、広い世界に宛てたこの曲が、彼のルーツを振り返る様なパーソナルな曲と合わせてこのタイミングで世に出ることは、勝手ながら、これまでの軌跡を糧に新たなステージに向かっていく頼もしい姿を見ているような気もするのだ。
 

音楽で生きていくためにやってきた地でのハジマリ。
松室政哉と半田悠、オフィスオーガスタとのハジマリ。
2020年という新たな10年のハジマリ。
松室政哉の30代のハジマリ…

多くの「ハジマリ」が詰まった曲。
 

 これからはライブだけでなく、店頭やストリーミング、ラジオ、動画サイト、SNS…と、色々なところからこの曲に触れる人も増えていくだろう。そして多くの人々の元にもこの素敵な曲が届いていくのかと思うと、ファンながらにもわくわくする。きっとそのそれぞれに、この曲がそっと寄り添ってくれることと思う。

桜も咲き、新年度まであと少し。
聞く人それぞれの心の中に、それぞれの「ハジマリノ鐘」の音が響きますように。

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