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「どうしようもない自分」の表現

僕を立ち上がらせたMac Millerの音楽

 そのころは、すべてに疲れていた。
 何をやっても心が動かない。うまくいかない。将来はおろか、今日の晩ご飯すら考えられない。彼女や友だちもいないし、誰に話したって無駄だと思っていた。わかってもらえない。外に出ると街中の、人々の話し声や車が走ったり信号機が鳴ったりする音が異常に鬱陶しく感じた。だからイヤホンを耳に突っ込んで、音楽を流した。聴いていたのではない。聴き慣れた音で自分を守るように、外界の音を遮断していただけだ。でも、次第にすべてがうざったく感じてきて、僕は家から出られなくなった。ただ一人で、毎日何をするというわけでもなく、宙を眺めて1日を過ごしていた。僕は病んでいた。
 とにかく当時は(今でも少しそうだけど)、どうしようもない自分が嫌いだった。何もできないしやりたいこともない、そんな青臭い鬱屈と自己嫌悪を抱えた自分と、まったく向き合えなかった。
 そんな時、「マック・ミラーという有名なラッパーが亡くなった」というニュースを目にした。
 彼のことは、知っていた。でも曲は一曲も聴いたことがなかったし、当時の自分の精神状態では、とてもヒップホップのパワーを受け止められる自信がなかった。自分に対する強い自信や、逆境を押しのけて大金を掴む根性の表現が、ヒップホップのテーマだと思っていたというか、漠然とそんな偏見を抱いていたので、「今の自分には受け止めきれない」と彼の楽曲を聴くことを諦めていた。
 しかしふと、彼の年齢が目に留まった。同い年だった。同い年のアメリカのラッパーが、音楽で多大な評価と支持を受けて、薬物で亡くなった……。片や日本人の僕は、何もなく何もできず、東京の片隅で日々に怯えて生きている。彼は何を考えて、何を歌ったのだろうか? 僕はマック・ミラーに興味が湧き、彼の楽曲を探した。
 優しい声だった。第一印象として、歌っているというよりも語っていると感じた。まるで自分で書いた日記を読み聞かせるような、温和な歌い方だと思った。その歌を包むサウンドやメロディ、ビートもどこか優しさを感じさせた。
 何よりも、彼の優しさを体現していたのは「歌詞」だった。マック・ミラーが表現する彼自身は、とても弱かった。とても弱くて躁鬱が激しく、失敗に囚われがちで、聴く前に抱いていたイメージとは真逆だった。マック・ミラーは、僕と同じだった。こんなアーティストがいたなんて、どうしてもっと早く聴こうとしなかったんだ。もっと自分がまともな時に、彼と出会っておくべきだったんだ。僕は後悔した。
 でも、僕たちには明らかな違いがあった。マック・ミラーは、自分に正直だった。弱い自分を、自分自身で肯定していた。そして身の回りの人たち、たとえば家族や友人、恋人を心底大切にしているように思えた。そんな自分を、「弱くて落ち込みがちで、時として自分を疑ってしまう自分」の全部を引っくるめて、彼は表現することができた。とても正直に。自分自身についてわからなくなっていくなかで、わからないという感情すらも、彼は表現することができた。単純に「ああダメだ」と腐ってしまうのではなく、真正面からダメな自分を受け入れて、まるでダメな自分の肩を担ぎながら一緒に進んでいくような、そんな心の持ちようを感じさせた。
 そして、「弱くてもいい」とも「弱い自分から変わろう」とも彼は言わず、聴き手を説教するわけでもなく、ただ自分を晒け出していた。考えを押し付けようとはせず「表現」というか、「晒け出すこと」に徹する彼の姿に、僕は強く引き込まれた。歌詞に激しく共感し、その一方で、ありのままの自分を表現することができないことを、僕は恥ずかしく思った。誰に対して、というよりも「自分はこういう人間である」と自分自身にすら認知させようとせず、目を逸らし続ける自分がいるのだ。そんな自分に、さらに嫌悪を抱いた。きっと彼のように自分を、「どうしようもない自分」を受け入れることができるならば、この負の連鎖も終わってくれるだろう。そんな気がした。それから僕は、彼の楽曲を聴きながら徐々に、地面を這うように前進を始めた。
 先日、彼の未公開アルバムである ”Circles” がリリースされた。
 ”Circles” の中での彼は、相変わらず弱かった。弱かったし、悩んでいた。「遺作」だと知らされて聴いたせいか、他のアルバムよりずっと悲しく感じた。優しい歌い方だったが、どこか鋭い痛みを覚えさせた。でもやはり、強さがあった。弱さを正直に、そのまま表現できる強さだった。誰にも負けない強さだと思った。正直で、優しい強さ。その強さに肩を担がれるように、気がつくと僕は立ち上がっていた。

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