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揺らぐベッドで、揺らぐ想いを、揺るがせて。

「キスだけで feat. あいみょん」を聴いた夜と菅田将暉とあいみょんと

風が触れる。花が頷く。
そのなんてことない一瞬に手を伸ばす。
手のひらを仰ぐ。指先を撫でる。
そのなんてことない微かな感覚に神経を傾け、
心臓を抱きしめていく。

そんな光景が見えた、
「キスだけで feat. あいみょん」の始まり。

雫が水面に落ちるときにできる、あの同心円状の輪が瞼に浮かぶ人間の肌のような少し陰りが混じる音に、アコースティックギターの優しく響くヴィンテージ色の音が、心の不安定さのように混じり合う。

私は小さな部屋のベッドの上。
使い古した小さなランプの光だけが混沌と輝くありきたりな部屋の隅で、夜には似合わない体育座りでこの唄を聴いている。

少し高めのヘッドホン。残り10%のウォークマン。
お風呂上がりで石鹸の匂いが香水のように香る私の腕に潜り込むように顔をうずめる。

心臓が痛い。
どこかの惑星から来た人間を侵すウイルスさんのニュースをずっと見ていたら、知らない内に傷がついていた。
他人事ではない。
だけど、月から手を伸ばしたあのあたりのような夜と夢の間だけでも、他人事であってほしかった。

1日の何もしないときに起こる疲れを感じる。

その時、菅田将暉の、私が知らない空気を吸う音が聞こえた。
 

『私今日は女だから 今日は女だから
 きっと抱きしめてもらえないでしょう
 今日は女だから 今日は女だから
 ずっと 溢れているでしょう』
 

菅田将暉のいつもの密度の高い熱が籠ったあの声とは違う、ささやかで澄んだ酸素を含んだ、掴みたくても掴めないような声が、耳を静かにくすぐる。

お風呂の匂いが向こう側に広がる瞼の裏に、私の知らない、まだ触れたことのない、ずっと先の世界が映る。

薄暗くて、静かで。
だけど、どこか誠実で、儚くて。

喉の奥に引っ掛かってから流れ込む菅田将暉の声が、心臓の傷に染みていく。
痛みがする。だけど、それが愛しい。

私の呼吸のリズムが唄に合わないのが気になるほど、体は少しも動かしていなかった。
 

『確かめなくても
 湿ってく 揺らいでく
 沈みたいの』
 

「沈みたい」のあとにたった一文字「の」を付け加えて「沈みたいの」と言うあいみょんの感覚。
そのあいみょんの感覚に、私はまんまとハマっていく。
もはや、私の下にベッドがあるのかどうかも分からなくなるほど、私の体は異世界へ誘い込まれる。

私も沈みたい。
そんな私の淡い希望を急かすように、音たちは静かに熱を帯びていく。
それに合わせて、私は深く息を吸う。
 

『キスだけでいけそうなの
 傷だらけになるとしても
 キスだけでここにきたの
 やるせないね やる気ないね?』
 

甘くはない、少し苦みを帯びたベールを纏っている。だけど、優しい。儚い。
今更だが、どうしてか「やるせない」の意味をネット先生に尋ねてみた。

「やるせない」とは、
憂い、悲しみを紛らわそうとしても、晴らしどころが無くて、せつない。

検索結果を見て、さらに歌詞は優しさを帯びた。
心臓がまた愛しい痛みに襲われる。私はいままで以上に、顔を腕にうずめる。
知らない間に出来る手の傷に似た、静かな感情がゆっくり湧いてくる。

そこに不意に聴こえるのは、菅田将暉のささやき。

「やる気ないね?」

音にならない、だが無音でもない菅田将暉の声。
右耳のヘッドホンから、生温い、人間味を帯びたかすれ声がまた耳をくすぐる。

反射的に右耳のヘッドホンに手を添えた。
その時にはもう、菅田将暉の声は微かな温度を残して消えていた。

ああ、いなくなちゃった。

そう思いながらヘッドホンに添えた手を戻した時、その手の間をくぐり抜けるように、あいみょんの遠くにある静かな空気を吸う音が聞こえた。
 

『お前今日は女だから 今日は女だから
 ちょっと 忍ばせているでしょう
 お前今日も女だから 今日も女だから
 そっと 触れていたい』
 

あいみょんの声は、どうしてこんなにも魅力を感じるのだろうか。
心臓を優しく包み、耳をくすぐるような声の菅田将暉に対し、少し強気で、だけど儚さがどこかに流れ、耳に真っ直ぐ入ってくるあいみょんの声。

傷口が優しく染みる心臓を、波が静寂を握りしめるように抱えていく。

微妙に違う、菅田将暉とあいみょんの儚さ。

それらがマーブル模様を作りだし、私の体に溶け込んでゆく。

そして、その溶け込んだ奥にある幻影が本当にあるような気がしてきて、自分でもよく分からない何かに淡い期待を膨らませる。

何故か無性に悲しい。ティファニーブルーな夕暮れの反対側にある空の色を混ぜたような寂しさが、心臓を泳いでいる。

寂しさが泳ぐ心臓は、深呼吸に並走して規則的なリズムを打ち、動かない身体を小さく揺らしていた。
 

『待ち構えていても
 歪んでく 乾いてく』
 

なにを待っているのだろうか。
なにが歪んでいて、乾いているのだろうか。
その正体が輪郭を持たぬまま目に映るが、掴めない。よく分からないものに寄せた淡い期待の裏側を、私の手から蝶々みたいに離れていく。

また寂しさを感じる。

そこへ、あいみょんの声だけが毛布の銃弾のようにやってきた。
 

『急がなくちゃ』
 

私は撃たれる。
痛くて、心臓を抱える。
そして、何もないのに涙が零れた。
 

『キスだけでいけそうなの?
 傷つけてもかまわないの?
 キスだけでここにきたの?
 やるせないね 眠れないね』
 

菅田将暉の静かで華奢な花びらのような儚さとは違う、あいみょんの、どこか熱情的で、だけど、その熱を押さえようとしていることに対する痛みに似た儚さが、キャラメルのようにまとわりついている。

菅田将暉の声とは正反対の、密度が高くて熱い、真っ赤な果実の深紅色にどこか陰りのある声が、真っ直ぐ心臓に届き、強く揺さぶっていく。

そして、やるせない。

何のために零れ落ちたのかが分からない涙が、匂いがほとんど消えてしまった腕に、春風が錆び付くようにゆっくり染みていく。

そこに不意に聴こえた、あいみょんのささやき。

「眠れないね」

その瞬間、行き場を無くした迷子の涙が、突然意味のあるものに感じられた。
いっそのこと、この涙を眠れない口実にしてやろうか。
そんなことを思ったが、悲しくなってやめた。

今度は、反射的に手は動かなかった。

何故か、あいみょんのささやきはまだ耳に確かに残っている。
それはきっと、あいみょんのささやきが菅田将暉のささやきよりも人間性が強かったからなのだろう。

愛しい痛みに襲われている心臓を、いつかの母親のぬくもりのように温めていく。

それは、母と同じ「愛情」なのか、
それは、母とは違う「恋」なのか。

そんなちっぽけな疑念をよそに、音たちはさらに熱を帯びていく。

そこで初めて、対照的な2人の声が不器用に重なりあった。
 

『背中合わせの夜
 心臓泣かせの夜
 重なり合いたい気持ちをまたいで
 抱きしめて
 キスだけで』
 

静かで悲しみに支配された場所に残る、掴めない淡いピンク色の声と、熱くて、だけどそれが悲しさを生み出す真っ直ぐな深紅色の声。

それらが、触れ合わずにゆっくり重なっていく。
だけど、ピッタリ重ならない。
どこかズレていて、それを埋めようともがくが、それがさらにズレを加速させていく。

また、迷子の涙が頬に触る。
目を閉じているせいで、いよいよ本当の迷子になって流れなかった涙が、目に染みてささくれのように痛い。

だが、それ以上に、
その痛みの向こう側に見える、私の知らない大きな何かがゆっくり動いている様に恐怖を感じ、逃げようと目を開けようとする。

津波に飲み込まれる時と同じような感覚が、瞼の裏側で訳もなく生じる。

そこに何かがある。
だけど、それを何故か掴みたくて、必死に目を閉じて確かめる。
 

『私今日は女だから お前今日は女だから
 いつも女だから いつも女だから』
 

菅田将暉とあいみょんが、ささやくように歌う。
それまで見えた色を全部抱きしめた声が、悲しみと決別をつけるようにゆっくり鳴らされていく。

そして、瞼の裏側の何かは、さらに大きさを増していた。

あともう少し。あともう少しで、手に触れる。
 

『今日も2人だから』
 

大きい何かが瞼の裏側を埋めつくし、心臓の鼓動が涙の量と反比例して速まった。

私は手を伸ばす。
私の知らない何かに向けて手を伸ばす。
 

その時、もう片方の手が、感情とは裏腹に機械的な動きをした。
 
 

音が消えた。

そして、停止の合図となる無機質な機械音が聴こえる。

不意に頭を上げる。田舎の中学生の部屋に戻る。
すぐ上で雨が屋根とぶつかり合う音が、私の涙を無視しながら、いつかの夏の花火大会のように鳴っている。

目の前には、当たり前のように何も無かった。

いつも通りベッドの上。違うのは、腕や頬が少し濡れてることぐらい。

寂しかった。
だが、私の知らない何かに憧れて、何もない暗闇に伸ばした手は、確かに今、一緒に雨音を聴いている。

私の手だけに、菅田将暉とあいみょんのささやきが残っている気がした。
 
 

(『』内は「キスだけでfeat. あいみょん」歌詞より引用)

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