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女性ヴォーカル・アレルギーの処方箋

誰しも一度は耳にしている知られざる歌姫、やまがたすみこ

実を言うと、女性ヴォーカルにはちょっと苦手意識がある。なぜかというと、まず、声帯の違いなのか、一緒に口ずさむのが難しいといったもどかしさがある。それと、当たり前だけれど歌詞が女性目線だというのもある。しかし、一番の理由は聴いているとなんだか訳も分からず責めたてられているような、ヒステリックな印象を抱いてしまう妙な感覚があるからだ。特に感情表現が豊かな女性ヴォーカルほどその傾向が強い。

この感覚はクオリティ云々の問題では勿論なく、一種の強迫観念。ということは、僕の人生は女性ヴォーカル・アレルギーのまま終わってしまうということなのだろうか。いやいや、それはあまりに勿体ないし治療した方がいいに決まっている。といったところでどうすりゃいいのか・・・と、半ばあきらめかけていたところに突如救いの女神が現れる。

その名は、やまがたすみこ。

・・・って一体誰よ?と突っ込む音楽ファンは多いのではなかろうか。僕自身も10年ほど前までは見たことも聴いたこともなかった。それもそのはず、彼女がフォーク系シンガー・ソングライターとしてデビューしたのは遥か昔の1973年、僕がまだ5歳の頃。その後、特に目立ったヒット曲もなく78年に同業の男性と結婚し表舞台から身を引く。これじゃ知らなくて当たり前だ。 

そんな、やまがたすみこの存在を知ったのは、ジャパニーズ・シティ・ポップなるジャンルを意識的に聴くようになってからだった。するとそこには、訳のわからない強迫観念などとは無縁な、耳と心に潤いを与えてくれる多くの女性アーティスト達が存在したのである。大貫妙子、荒井由実、竹内まりや、尾崎亜美、大橋純子、吉田美奈子といった有名どころから、石川セリ、丸山圭子、越美晴、 RAJIE、マザー・グースのような名前すら知らなかったアーティストまで、もしもジャパニーズ・シティ・ポップというジャンルを漁っていなかったら、彼女たちの歌声を耳にすることは生涯無かったかもしれない。

そんな中でもダントツ、ぶっちぎりで耳を奪われたシンガーが、やまがたすみこだった。その、どこまでも透き通るような声は「天使の歌声」だなんてキャッチフレーズじゃまるで収まらない。だから、暫定的にこうしておきたい。

”そよ風のごとく鼓膜をくすぐるミント香をまとった天空よりの使者”

・・・・と、若干長い気もしなくもないですが、こんな感じ。そして、特にミント香が強かったのが1973〜75年のフォーク系シンガー・ソングライター期。純朴で汚れのない彼女の風貌そのままの、清楚でエバーグリーンな楽曲はまさしく絶滅危惧種。一聴すれば誰もが「直ちに保護せねば!」と立ち上がってしまうかもしれない。嘘だと思うなら、彼女の初期を彩る名曲「風に吹かれて行こう」、「ママレード色の恋」、「夏になったら」、「さりげない二人」あたりを聴いてみていただきたい。音楽を愛する人間ならば何かしらのインパクトを受ける事はまず間違いないと思うのだけれど、さて、あなたはどうだろうか。

それ以降のシティ・ポップ期は、ミントの香りはそのままに、苦味の効いたハニー・テイストを携えた淑女へと変貌する。音楽的にも素朴なフォークからボサノバやジャズなどの要素を取り入れた、ソフィスティケイトされたポップスへと移行される。そんな彼女の飛翔を目の当たりにできるアルバムが『サマー・シェイド』(1976年)である。全編に渡って展開される彼女のメタモルフォーゼぶりは尋常ではない。中でも白眉と言えるのが「雨の日曜日」と「夏の光に」の2曲だろうか。その儚げな愛おしさに純粋なリスナーは、彼女が想いを寄せる相手に対して胸が締め付けられるような嫉妬心を抱く危険にさらされる。

ちなみに、ファンの間で賛否両論なのがシティ・ポップ期(後期)。僕のようにそこから聴き始めたリスナーにとっては、フォーク系シンガー・ソングライター期(前期)の方が意外なイメージを受けるのだが、前期に馴染みの深いリスナーにとっては後期が受け入れ難いものだというのも十分にうなずける。それくらい後期の彼女には強烈なインパクトがある。

特にアルバム『FLYING』(1977年)は、松本隆、鈴木茂、細野晴臣、伊藤銀次、佐藤博といった、当時の名だたる先鋭ミュージシャン達による一大プロジェクトの様相を呈している。「ペパーミント・モーニング」、「あなたにテレポート」、「TODAY」、「黄昏遊泳」、「ムーンライト・ジルバ」、「夢色グライダー」などなどなど、彼らによる抜け目のない巧みな音使いと一筋縄ではいかない挑発的な詩世界が織りなすコケティッシュなチューンが目白押となっている。そんな極め付けの楽曲群と無冠のキラー・クイーン、やまがたすみこが見事に融合し、リリースから40年以上経った今もなお、甘く危険な香りを艶やかに発し続けている。

ところで彼女、デビュー当時から数多くのテレビCMに起用されている。とはいっても、自身が登場するわけでも持ち歌を歌っているわけではなく、ただCM用の短いフレーズを口ずさんだり会社名を言うだけの出演。しかしながらその数の多さと幅広さたるや、おそらく誰もが一度は彼女の声を聞き、知らぬ間に鼓膜を支配されていたことはまず間違いない。数多の女性シンガーの中で「歌ってくれとは言いません、とにかくワンフレーズ、いや、声だけでも構いませんから、ぜひ我が社のCMに!」(あくまでも想像です)なんて依頼されるシンガーが、彼女以外に一体誰がいるだろうか。

天空から地上へ舞い降りたハーメルンの笛吹きレディ、やまがたすみこ。その誘う先には一体何が待ち受けているのか。それは、彼女の歌声を耳にした人間にしか解らない。

(曲のタイトルはアナログ・レコードの表示によります)

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