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あいみょんがくれた花束

これは偶然なのだろうか

いつからか、観葉植物の類を飾らなくなった(他人様のために切り花を買うことは時々ある)。小さな鉢のなかで草花が生きているのを見るのが、どうにも耐えられなくなったのだ。人それぞれに価値観があるわけで、たくさんの植木鉢に水を注ぎながら生活している人を批判するつもりは全くない。それでも僕は、自室から生の薫りを追い出すことで、むしろ遠くに息づいている草木の存在を強く想うようにしている。これが「成熟」なのかは分からない。

30代最後の年を迎えた。これもまた、いつからなのかハッキリとは思い出せないけど、吸収することに躍起にならないよう心がけている。若いころはガムシャラに本を読み、楽曲を聴き、何ごとも誰かに相談していた。端的に言えば「勉強」していたのだ。インプットばかりをする日々は、それはそれで充実したものだったし、ある意味、気楽でもあった。それでも「このままではいけない」と思い立った時があった。教わるだけで赦される歳ではないと考えるようになったのだ。

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それでも今、残された日々が着実に減っているのを再認識する今、あらためて「知らないこと」の多さを意識しなければならないと考えている。愛聴してきた曲を脳内でリピートするだけはなく、年少のアーティストが何を考えているのかを知ろうと思っている。もう誕生日に、誰かに何かを買ってもらうような歳ではないと思われるので、あいみょんの「ハルノヒ」を自らに贈ることにした(そのアーティスト名は、ずいぶんと前に、ある人から教わっていた)。

あいみょんの声調を、どう形容していいのか分からない。コケティッシュであるような気もするし、どことなく野太さがあるようにも感じられる。あどけないボイスのようにも聴こえるし、威風堂々としたそれのようにも聴こえる。

それでもあいみょんが(少なくとも楽曲のなかで)エモーションをコントロールすることができるという意味で、成熟した歌い手であることは確かであるように思えた。コントロールしているなどと言ったら失礼だろうか。もしかすると、あいみょんは、自身の紡ぎ出した詞に身を任せて歌ううちに、自然と感情を昂ぶらせていくのかもしれない。いずれにせよ僕は、あるタイミングでスイッチが切り替わるのを感じた。

あいみょんは(僕の感じる限り)淡々と歌い始める。

<<北千住駅のプラットホーム>>
<<寒さにこらえた木々と猫が まるで僕らのことで>>

<<北千住駅>>が、あいみょんにとって忘れがたい場所なのかは知らない。何ゆえに、そういった「固有名詞」を冒頭に置いたのかは分からない。それでもリスナーは、<<北千住>>に暮らすわけではない聴き手さえもが、主人公の姿に己を重ねることができるのではないだろうか。僕にも忘れえぬ<<駅>>は多くある。あいみょんよりは年を重ねているぶん、思い出の「数」だけは、あるいは僕のほうが多く持っているかもしれない。それでも、そういった「かけがえのない時」を胸に深く刻み、しかも楽曲という形にしようとするあいみょんは、人生の奥深さというものを、少なくとも僕よりは知っているのではないだろうか。

<<木々と猫>>のことを案ずるという発想は、ずっと僕も持っていたものであり、あいみょんに共感する。植物が(自室の外で)深くまで根をはっていてほしいという願いは、先に述べた通りだ。それでも、屋外で生きる<<木々>>は、その代償に風にさらされるわけだ。樹木が感じている<<寒さ>>のことを、これまでに僕は考えてみたことがあっただろうか。<<猫>>のことは、常日頃から僕も心配している。雨が降らない日がつづくと、野良ネコが喉を潤す術はあるのだろうかと、時として真剣に不安になる。ただ、フワフワとした体毛に包まれる<<猫>>を襲う<<寒さ>>のことまでは、いま終わったばかりの今冬、僕は考えなかったかもしれない。

あいみょんの「スイッチ」が入るのは、恐らくは次のセンテンスを歌い上げる瞬間だ。ここで声調が強くなる。

<<飽きるまで過ごしてみるからね>>

<<木々と猫>>を思いやり、その姿に自分たちを重ね合わせるあいみょんは、いつしか「こんな風に生きていこう」というような個人的な宣誓を解き放つのだ。

<<飽きるまで>>

それを言葉通りにとらえていいのだろうか。もしかすると、あいみょんは「永遠に」と歌いたかったのではないだろうか。それでも、そんな言葉を軽々しく使うべきではないと判断して、あえて淡白な言葉を選んだのではないか。全くの個人的な推察である。でも、あいみょんが「あっけらかんとした恋情」を歌っているわけではないのは、きっと間違いないことだろうと思う。

<<君と強さと僕の弱さをわけ合えば>>
<<いつかはひとり いつかはふたり>>

非凡だ。たしかに人間は、究極的には独りであるのだとも思う。それでも、命ある限り、何かしらの形で誰かと結ばれている。少なくとも、結ばれるチャンスは持っている。

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自身の誕生日にあいみょんを聴いたことには、意味があったと思う。楽曲「ハルノヒ」から学ぶべきことは、とても多かったと感じる。

<<素直じゃないと いけないような気がしたよ>>
<<だらしなく帰る場所を探し続けている>>

これがあいみょんの直情なのだとしたら、歳も性別も違うあいみょんと僕が、課題や弱さを共有できていることに安堵する。これからも僕は、何らかの形でインプットをつづけていかなければならないのだろう。そう、<<素直>>に。受け取った何かを、別の誰かに(たとえば年少の人に)譲り渡す時節を迎えているのだとしても、自分が未成熟であることを、最後の最後まで忘れてはならないのだろう。

そして僕が、あいみょんに対して何かを言う権利を持つのだとしたら、あなたが持つのは「だらしなさ」などではないと伝えたいと思う。とうに祖父母を亡くし、訪ねる田舎をなくした僕でさえ、もう40歳になろうとする僕でさえ、未練がましく<<帰る場所>>を探している。あいみょんが弱いのなら、僕もまた非常に弱い。

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いま僕の部屋には「ハルノヒ」が流れている。それでも観葉植物は買ってこなかったし、自分のために切り花を買うこともしなかった。ただ、あいみょんの楽曲には<<花束>>という言葉が含まれていた。ことによると僕は、偶然にも、自身の誕生日を祝うための、最適のアーティストを(楽曲を)選んだのかもしれない。

あいみょんさんと、その存在を教えてくれた人に「ありがとう」を言う。

※<<>>内はあいみょん「ハルノヒ」の歌詞より引用

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