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Bank Bandが歌い上げる輝かしい「出会い」

まだ入学式や入社式を迎えられない人のために

出会いの季節が来た。すでに首都圏では桜が散りはじめている。受験に合格するなり、企業から内定を得るなどして、新しい環境へと飛び込む資格を得ながら、その日々の「はじまり」を先送りにされている人が多いと思う(新学期の開始を遅らせる学校機関は現実としてあるわけで、クラスがえを機会に新しい友人を作ろうとしていた少年少女も、肩透かしを食らったような心境にあるかもしれない)。さらに言うなら、内定を取り消されて「出会い」のチャンスを奪われてしまったと、悲しみに暮れている人もいるのではないだろうか。

まだ顔も知らない誰かと、いつか出会う可能性があること。離れた場所にいる人との間にも、すでに繋がりはもたらされていること。そういった励ましを届けてくれるアーティストとして、私はBank Bandをお勧めしたい。胸にある悲しみが深ければ深いほど、その人にはBank Bandの楽曲が、きっと素晴らしいものに聴こえるのではないだろうか。きれいごとに過ぎるかもしれないけど、悲しさがもたらす感受性というのは、とても尊いものだと私は考える。

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まずは「to U」から歌詞を引用したい(本曲はBank Band with Salyuという名義で発表されている)。

<<誰かを通して 何かを通して 想いは繋がっていくのでしょう>>
<<遠くにいるあなたに 今言えるのはそれだけ>>

半生で、私が「出会い」を最も強く待ち焦がれていたのは、高校に入ろうとする初春だった。どんな人たちと出会えるのだろうと、静かな期待感を噛みしめながら、自室で英語の予習をしていた。はたして高校では、心優しいクラスメイトと巡り合うことができ、そのうちのひとりは生涯の親友とでも称すべき存在なり、今なお私を様々な形で支えてくれている。彼がいなければ今日の私はいない。

その彼に(おこがましくも)私が最初に「教える」ことができたのは、たしか英文法の初歩だったと思う。友愛というのは「貸し借り」などを問題にせず成り立つ関係性だと思うけど、もし何も彼に差し出すことができなかったら、私は恐らく、引け目のようなものを感じたのではないかと思う。そういった意味では「to U」で歌われる<<何か>>は、私にとって「英語の予習をすること」だった。ひとりで机に向かう時間を<<通して>>、私は知らず知らずのうちに、友愛を手繰り寄せていたのだ。

まったく同じことを少年少女に勧めるつもりはない(説教じみたことを口にするのが躊躇われる時節を迎えた)。それでも、ひとりで過ごす時間が、いつの間にか<<遠くにいるあなた>>との距離を縮めうることを、私は個人的な経験から知った。現代社会にはメールやLINEといったものがあるけど、不要不急の外出を自粛するよう求められる今、そして登校や出社をしないよう指示されるケースもある今、ひとりで過ごす時間は増えているだろう。それでも、そういった待ち時間が、必ずしも悲しいだけのものではないことを、私は伝えたいし、Bank Bandの楽曲から感じ取ってもいただけるのではないかと思う。

<<沈んだ希望が 崩れた夢が いつの日か過去に変わったら>>
<<今を好きに もっと好きになれるから>>

<<今>>は刻々と<<過去>>に変わっていく。この世界情勢を、現段階で<<好き>>だと言える人は少ないだろう。それでも振り返った時、あの日々は悲しいだけの時間ではなかったと思えるように、何かしらの試みはしたいものだと、個人的に考えている。この駄文を書いていることが、そうした試みのひとつである。<<沈んだ希望>>を思い、打ちひしがれている人も多いと思う。<<崩れた夢>>を呆然と見つめている人も多いとは思う。それでも、あなたの悲しみに寄り添っているのはBank Bandに限らないはずだと、この場を借りて私は伝えたい。

<<それでもこの小さな祈りを 空に向けて放ってみようよ>>

その呼びかけに応じて<<小さな祈り>>を放ったのは、きっと私だけではないだろう。それは<<風船のように>>どこかに届くのではないだろうか。

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Bank Bandの「はるまついぶき」も、悲しみのなかでこそ見いだせるものがあることを示唆する佳曲だ。

<<時の流れが 「生きてる意味」に目隠しする理由(わけ)は>>
<<プラネタリウムとおんなじ。 暗闇がくれる光を知るため>>

いま私たちが悲しみを与えられているのは、誰か個人に責を求めるようなことではないと考えられる。言い方が良くないかもしれないけど、それは<<時の流れ>>がもたらした、人間の力では避けようのない運命だったのかもしれない。多くの人が病臥している現況を<<プラネタリウム>>に喩えるのは躊躇われる(Bank Bandも、このパンデミックに寄せて「はるまついぶき」を発表したわけではない)。それでも、空が暗くならなければ星を見ることができないように、<<目隠し>>をされなければ気付き得ない、小さな希望というものも、この世界にはあるのではないだろうか。

<<強い風にタンポポの綿毛が未来へと運ばれてく>>
<<向かい風だろうと翼にして>>

いま私たちに吹き付けているのは<<強い風>>、あるいは<<向かい風>>に他ならないと考えられる。これを逆境と呼ばずして、何を逆境と呼べばいいのか分からないほどの、危機的な状況にあるのは確かだと思う。そのなかで<<翼>>を獲得することは、少なくとも私には難しいし、ましてそれを他人様に求めるようなつもりはない。それでも<<向かい風>>を<<翼>>にしている人は、少なくはあれ、いるのではないだろうか。要職に就く人は、この機会に決断力や判断力を、否応なく磨き上げられたはずだし、医療従事者は新たなる知識を日々、獲得しているはずだ。そうした<<綿毛>>は、近い将来、一面に<<タンポポ>>となって咲くのではないだろうか。

その黄色い景色のなかで、私たちは互いに少しずつ強くなった状態で、出会いを果たせるかもしれない。先送りになってしまった出会いを。

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最後に取り上げたいのはBank Band with Salyuの「MESSAGE -メッセージ-」の歌詞だ。

<<スケールの大きな嘘を 冷めた顔で馬鹿にしながら>>
<<どこかで信じて暮らしてる>>

私が本記事で主張した、理想論に思われても仕方ないであろうことは、あるいは<<スケールの大きな嘘>>なのかもしれない。他ならぬ私自身が「to U」や「はるまついぶき」に込められた思想を、そこから引き出した個人的な解釈を、心の底から信じているかは怪しいところだ。私よりも辛い境遇にある方々や、年少の人たちが、Bank Bandを聴くような心的状況にはないのだとしたら、本当に申し訳ないと思う。

それでも私は、たとえ胸のなかにあるのが<<スケールの大きな嘘>>でしかないのだとしても、それを<<<どこかで信じて暮らしてる>>。私にも行きたい場所があり、会いたい人がおり、それを叶えられない日々を呪いたくなったりもする。そうした孤独な時間を、有意義に過ごせているのかも確証が持てない。それでも

<<だけどもう一度 だからこそもう一度>>。

とうの昔に高校時代を終え、長い年月を過ごしてこの歳になり、それでも親友との結びつきを維持している者として、悲しみに暮れる人たちにBank Bandの魅力を、精一杯に語っていきたいと思う。なれるものなら私も<<タンポポの綿毛>>のような存在になりたい。

<<望んでなれるものじゃなくても>>。

※<<>>内はBank Band with Salyu「to U」「MESSAGE -メッセージ-」、Bank Band「はるまついぶき」の歌詞より引用

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