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YUKIとAndy Sturmerの邂逅

歌姫の再出発を物語る旋律

アーティストが楽曲を発表する時、その「背景」のようなものについて、あまり考えないようにしている。極端に言えば、どんな動機にもとづいて楽曲が生み出されても、それが佳曲であるならば拍手を送りたいし、逆の言い方をすれば、どれほどの情熱によって生み出されたものだとしても、それを個人的に「素晴らしい曲だ」と感じなければ、失礼ながら繰り返しは聴かない。

そうした価値観をもって生きていると「好きなアーティスト」の数は限定的なものになり、原則的には「楽曲そのもの」を慈しむことになる。ロックンロールのなかにも、フォークやポップスのなかにも、それこそアイドルソングやアニメソングのなかにも「好きな曲」がある。

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かなり例外的に「ためらいなく好きだと言えるアーティスト同士」が巡り合ったという吉報に感激し、さらには、その楽曲が生み出された「背景」に心を奪われさえすることがあった。YUKIさんの「プリズム」がリリースされた時だ。本作のメロディーを生みだしたのは、ジェリーフィッシュのドラムボーカル、Andy Sturmer氏である。YUKIさんの所属していたJUDY AND MARYは、僕の青春時代を彩ってくれたバンドであり、Andy Sturmer氏が結成に携わったジェリーフィッシュは、はじめて僕に「全身全霊で耳コピというものをしよう」と決意させてくれた、これまた思い出ぶかいバンドである。

そういうわけで「プリズム」という作品は、僕に聴く前から期待感を抱かせるものだった。そして実際、素晴らしい楽曲だった。

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YUKIさんのことは、ヴォーカリストとしては勿論、作詞家としても敬愛してきた。JUDY AND MARYの作品にはアップテンポの楽曲が多いけど、そこに流れるような言葉が重ねられ、その内容に深みさえもあるということが、JUDY AND MARYを大人気のバンドにしたのではないかと考えている(もちろん躍動するようなエレキギター、それにリズムセクションの鮮やかさなども見逃せないけど、それについては本記事では触れない)。

そのYUKIさんが、JUDY AND MARYの解散後、どれほどの不安をかかえて、あるいは意欲をたぎらせて、ソロとしての活動を始めたのかを、詳しくは知らない。さらに言えば、どのような経緯を経てAndy Sturmer氏に出会えたのかも分からない。それでもYUKIさんが、少なくとも「いくぶんの」不安と闘っていたであろうことは僕にも察せるし、Andy Sturmer氏が生み出した旋律は、どことなく切なさを感じさせるものだった。

YUKIさんの不安と、Andy Sturmer氏の細やかさが見事に結びついたからこそ「プリズム」は佳曲に仕上がったものではないか。そう僕は考えるのだ。

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先に「流れるような」という表現を使ったけど「プリズム」の歌には、いくぶん生硬なところがあるようにも感じられる。YUKIさんは日本語を母語とするアーティストであり、Andy Sturmer氏は英語を母語とするアーティストである。だから互いが、どのような言葉を乗せたがっているのか、どのようなメロディーを提供してくるのか、100パーセントは読めないままにプロジェクトが始まったのではないかと推察する。はたして生み出されたのは(少なくとも僕に)生硬さを感じさせる歌なのだけど、その生硬さが、言い換えれば緊張感や躊躇のようなものが、当時のYUKIさんの心中を雄弁に物語っているのではないだろうか。かつて僕と一緒にジェリーフィッシュの耳コピに励んだ仲間は「理由は分からないけど『プリズム』を聴くと涙が出る」と述懐する。

<<涙の河を 泳ぎきって>>
<<旅は終わりを告げ>>

そうYUKIさんは歌い始める。その独特の声調を、JUDY AND MARYが解散した今なのに聴けるという事実に、歓びを感じたのは僕だけではないと思う。ただ、その声は切なさに満ちているようにも感じられるし、実に<<涙の河>>という表現が用いられるのだ。この歌い出しが稚拙であるというつもりは全くないけど、JUDY AND MARY時代のような「作詞家としての奔放さ」を、少なくとも僕は感じなかった。そして僕は、それにこそ意義があると感じたのだ。YUKIさんの意味した<<旅>>は、もしかするとJUDY AND MARYとしての活動だったのかもしれないし、そうなのだとしたら、あらたなる旅立ちへの想いを、本曲で歌い上げようとしたのかもしれない。

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JUDY AND MARYのヴォーカリストだったころが、アーティスト・YUKIさんの全盛期だったと言う人も、もしかするといるかもしれない。それはJUDY AND MARYのメンバー各位に寄せられる声なのかもしれないし、Andy Sturmer氏に届けられる意見でもあるのかもしれない(つまり、ジェリーフィッシュとしての楽曲を、もっと多く生んでほしかったと言われることがあるのかもしれないということだ)。

それでもYUKIさんは歌う。

<<花咲く丘まで 口笛吹いてこう>>
<<いじわるな人が とやかく言うけれど>>

「プリズム」が制作された背景を推測したり、その詞に生硬さを感じたり、JUDY AND MARYやジェリーフィッシュを懐かしむ僕も、ことによると<<いじわるな人>>に当てはまるのかもしれない。一介のリスナーである僕が、このように<<とやかく>>感想の記事を書くことは、YUKIさんに失礼なことなのかもしれない。それでも僕は(くり返すように)そういった全てをひっくるめて「プリズム」が佳曲だと思っているのだ。YUKIさんがJUDY AND MARYという<<旅>>を終え、あらたなるスタートを(寂しさをかかえながらも)切ったからこそ「プリズム」はリスナーに、切々と届いてくるのではないだろうか。

あるいはAndy Sturmer氏も、ジェリーフィッシュで出しきれなかったもの、いわば「残り火」のようなものを本曲に込めたのかもしれないし、それがYUKIさんという歌姫の再出発を結果的に彩ったなら、これは運命的な出会いだったのではないだろうか。「プリズム」を聴くことで、YUKIさんやAndy Sturmer氏のキャリアに興味を持ったという人がいて、その人たちがJUDY AND MARYやジェリーフィッシュの作品を聴いて衝撃を受けたのだとしたら、本曲のリリースによって世界にもたらされたものは、あまりにも大きい。

<<見たことのない場所へと まだ>>

JUDY AND MARYを愛聴していた人や、ジェリーフィッシュのファンだったという人が、ひとつめの<<旅>>を終えたのだとしても、彼ら彼女らが<<見たことのない場所へと>>歩きだせる可能性を「プリズム」は示唆してくれるのではないだろうか。その励ましは僕自身にも向けられているように感じられる。まだ見ぬ景色へと向かっているのは、きっとYUKIさんやAndy Sturmer氏だけではない。

※<<>>内はYUKI「プリズム」の歌詞より引用

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