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2017年8月12日

玖 (21歳)
39
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はじめる。ということを教えてくれた音楽

サンボマスターの音楽で変わった景色

高校2年生の秋
サンボマスターの
“人はそれを情熱と呼ぶ”を聴いた。

もう何もかも辞めてしまいたくて、
毎日同じことの繰り返し、変わらない自分に嫌気がさしていた。
終わらせたい。と思う気持ちが行動に出て周りに迷惑をかけてしまった。このままずっとこんな感じで生きていき、いつの間にか終わる人生なんだろうな。と思っていたそんな時に聴いたその音楽は私の人生を変えてくれた。

サンボマスターというバンドを知ったのは
小学生のとき、電車男の主題歌で知った。
家族とカラオケに行って唯一歌った曲が世界はそれを愛と呼ぶんだぜ だった記憶が今も鮮明に残ってる。『悲しみで花が咲くものか!』と唄とギターの山口隆氏が叫ぶここ。
ここを歌うのがなんだか嫌で、マイクを両手で握って、じっと画面を見ていた。そんな小学生のひと時。を思い出す。

それから時が経ち、高校生になり、
何もできない自分との戦いに今日も負けた。
塞ぎ込みたくなって、耳にイヤホンをさす。
夏休みになんとなく究極版BESTを借りた。2枚入ってるCD、
1枚目ばかり聴いていたから、たまにはと2枚目のCDを入れる。とりあえずCDプレイヤーの再生ボタンを押した。
CDが独特の音をたてて周り、少し時間が経ってから
耳に入ったその曲。Disc2にある”人はそれを情熱と呼ぶ”
『あれこんな曲、初めて聴くな』そんなことを思いながら聴いた04分14秒

“いつまでもこのまま 逃げていくワケにはいかないぜ僕等は
君との日々を情熱と名付けさせて”

サビにこんな歌詞があった。

人生が変わる音楽とはどうゆうものだろう。
私にとってこの4分間は人生の分岐点。
曲が終わって、居ても立っても居られなくなった。
こんな退屈な日々に少しだけ色がついた気がした。今ならまだ変われるそんな気がしてたまらなかった。
すぐに母に電話をした。

『私、高校を辞める。』

_____

この日から、はや6年。
私の人生はサンボマスターの音楽と共に進んでいる
ライブにもたくさん行った。全国色々な場所に行き、色んな人に出逢えた。
そして、2015年の11月7日、
3×ボ=15 ANNIVERSARY サンボマスターとキミ TOUR 2015のZepp札幌で
アンコールの1曲目が
“人はそれを情熱と呼ぶ”だった。
この時のことは一生忘れないと思う。
あの時に見た景色。
わたしの目は、涙を流しながらでもバチッと捉えたのはその曲を唄うサンボマスターの3人

生きてて良かった。誰にでも書ける表現だけど、この時ばかりは心からそう思った。
そんなことを思えるようになった。音楽の力はすごいな。

あれから2年が経った。
4月16日の日比谷野音、
アンコールで愛しき日々が流れる中で発表された
“12月3日の サンボマスター初武道館”

垂れ幕が出た瞬間、『ありがとう』って言っていた。
『おめでとう』より先に出た『ありがとう』
この言葉には今までの感謝が全部こもっていた気がする。嬉し泣きをしながら言う『ありがとう』はこんなに幸せなんだと気づいた。
サンボマスターのライブで初めて気づくことはいつも暖かい感情ばかり。
自分にはもういらないんだと諦めて、捨てそうになっていたもの。まだ持ってて大丈夫なんだと嬉しくなる。

2017年12月3日
わたしは人生で初めて武道館に行くことにあなった。
6年前の今頃の自分はこんなことになるなんて思ってないだろうな。
それでもただひとつ、誇りにおもえるぐらい
サンボマスターというバンドを大好きになってる。
何かを好きになって、それをずっとずっと好きでいれる自信が持ててる。

あの日、あの場所であの曲を聴いていなければ始まらなかったこの人生。その中の大切な4分。

“何も無い日々から 始めるべきだぜ今ここで!”
(人はそれを情熱と呼ぶ 引用)

始めて本当に良かった。
始めないと変わらないことに気づけた。

2017年、夏、今年も去年と同じく、日々の暮らしは変わらず、同じような景色を歩いてる。でもサンボマスターの音楽と共に、まだまだ歩き続けるこの人生は、退屈でも、苦しくても、きっと明るいはず。

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