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音楽なんて衣食住のどれにも当てはまらない、でも。

BUMP OF CHICKENから受け取った過去からの贈り物、振り返る今、そして未来

「音楽なんて衣食住のどれにもあてはまらない。生きていくのに必須じゃない。
 でも、君たちと僕たちは音楽がなければ生きていけない。そうだろ?」
 

去年の真夏の真っ盛りのロック・イン・ジャパン・フェスティバル。
夕暮れと夜の隙間のグラデーションのような時間の中で、藤原基央は約7万人程の音楽ファンの前でこう言った。
それは、とてもセンセーショナルであり、血の通った言葉であり、あの場所にいたそれぞれの人々をひとつにさせる、魔法のような言葉だった。
あの時あの場所にいた「君たち」は覚えているだろうか。
そして、ライブやフェスが殆ど開催されなくなってしまったと言っても過言ではない今、音楽という概念自体が世間から隅に追いやられている今、この言葉の中の「君たちと俺たち」だった人たちは今どんな想いを抱えているのだろうか。

私はと言えば、緊急事態宣言が出た今こそ、その時間のことを度々思い出す。

過密という言葉では足りないくらい密接した距離の客席の中で、ステージを一心に見つめていた時のこと。
どこまでも続く人の海がスクリーンに映し出された時のこと。
ギターがかき鳴らされて、人々が声をあげる瞬間。
拳を上げて、声を上げて、大きな声で歌って、音を聴いて泣いて、MCを聴いて笑った時間。
メンバーがステージの左端へ、右端へ、駆け巡ってくれて、すぐ近くにいられた奇跡。
一日の締めくくりを飾る大輪の打ち上げ花火。
暗くなった夏の夜に煌めく北斗七星。
満員の帰りのシャトルバス。
翌朝に残る、音楽に包まれたままの身体に残った心地よい疲労感。
音楽との距離が遠くなりそうになる時ほど、藤原基央のその言葉を、あの時の情景を、まるで何度も見た映画のワンシーンのように反芻する。
 

いまはライブについて「君たち」でも「僕たち」でもない大多数の人が様々なことを言っている。
時にはナイフのような鋭い言葉も、ぐうの音も出ない正論も。
私たちは、ライブについて、色々な言葉を耳にすることが増えた。
あの日の「君たち」でもある自分は、戸惑うことも多かった。

そりゃもちろん、自分自身だって生まれてからずっと「君たち」だったわけではない。
音楽は好きだったけれど、ライブなんて行った事ない場所は怖いと思っていた時もあったし、音楽があったことが支えにはなれどそれ自体が直接の理由で頑張れたなんてこともなかった。
多分なんだけど、この世界の大多数の人はこんな感じで、音楽は好きだったり聴いたり歌ったりするかもしれないけれど
「音楽があるから生きてる」なんて人はそんなに多くないだろう。
それはとても一般的な感覚だ。
 

だけど、いつからか自分自身も「君たち」になっていた。

それは、間違いなくBUMP OF CHICKENに出会ったからに他ならない。
 

彼らの音楽は、特別だった。
彼らの音楽には、大好きな声、大好きな音、大好きなメロディ、大好きな低音、大好きなギターソロ、大好きなリズム感、大好きな音の展開、そして大好きな歌詞。
それらはもちろん多分にあった。
この世界のどの音楽よりも全てに於いて自分に一番合っていた。

そして、もっというと彼らにしかない独自の特色と言えば─、
彼らの音楽には色があって、においがあって、イメージ映像があって、鮮烈なノスタルジーがあった。
私が感じるそのイメージはかなり明確で、言葉では言い表せないのだけれども、どの曲にもそれぞれにその特色を感じていた。
だからBUMP OF CHICKENの音楽は特別だ。

たとえば─

「体温計で ズルして早退 下駄箱に斜陽 ため息ひとつ」
─R.I.P.

「肌を撫でた今の風が 底の抜けた空が あの日と似ているのに」
─話がしたいよ

「錆び付いた車輪 悲鳴を上げ 残された僕を運んでいく 微かな温もり」
─車輪の唄

「目的や理由のざわめきからはみ出した 名付けようのない時間の場所に」
─記念撮影

「踵が2つ 煉瓦の道 雨と晴れの隙間で歌った 匂いもカラーで思い出せる 今が未来だった頃の事」
─宇宙飛行士への手紙

─ほんの一例をあげたが、音楽にこれらの歌詞が乗った時、鮮明に世界が目の前にひろがる。
それは私にとっては、BUMPの音楽でしか成し得ない魔法だった。

そしてそれを、生の音で、ライブで聴いた時の全身に走る感動といったら。
それまで頭の中で広がっていた音楽の世界が、今度は頭の中どころか飲み込まれるような感覚になれる。

心の奥底に届いた永遠に忘れられないような音楽と、藤原基央が放つメッセージと、一度として経験したことのない感動と、沢山の人々の渦の中で4人の発する全てを受け止めたあの一体感。
それは、家でCDを聴いているだけでは決して得られない感覚だ。
好きなアーティストに会える、ただ単にそれだけではない。
ライブでしか決して得ることができない感動、あのライブ特有のアドレナリンが出まくる感じは、いつからか生き甲斐そのものになった。

そしてそれを知ってしまったら、それを身をもって体感してしまったら、あの日藤原基央が言った
「音楽がなければ生きていけないのが君たちと俺たち」のひとりになれるのではないだろうか。
─それはきっと、普通の人からすればちょっと普通じゃないんだけれど。
そこまで深く愛せる場所を、愛せる音楽という存在を知れたことは誇らしくも思うのだ。
 

しかしながら、もちろん音楽がなくなったら直ちに死んでしまうわけではない。
安全なおうちに住んで、おいしいご飯を食べて、たっぷり寝て、それだけで理論上生きていくには十分だろう。
だけれども、音楽がなければ、困難に当たった時、何も希望が見出せない時、落ち込んでもう起き上がれないって時、頑張りたい時、元気が欲しい時、立ち上がれるだろうか。
フェスやライブがない世界で、生きていくのに果たして張り合いがあるのだろうか。

死んだように生きていくことならできるかもしれないけれど、
死んだように生きていくことは果たして生きていると言えるのだろうか。

人によってはそれは「生きている」と言えるかもしれないけれど、
少なくとも「君たちや俺たち」にとっては、言えやしないと思うのだ。

─音楽がないとやっぱり生きていけないのだ。
 

そう感じながらも、一方で思うのは、ライブやフェスが数か月無いからと言って、別に絶望する必要はないということだ。
元気であれば、いや、元気じゃなくっても、生きてさえいればまた再びあの時の感動に巡り合える。
必ず。間違いなく。そう信じている。

生きてく為には音楽が必要だが、音楽を聴くためにはまず生きていなければいけない。

矛盾しているようだけれども、やっぱりまた大好きなフェスを、ライブを、体感したいからこそ、今だけ少しフェスやライブのあの特有の、愛すべき空間と離れるべきなのだと。
「音楽がなければ生きていけない君たちと俺たち」
の一人として、そう思う。
 
 
 

さて、私はライブのチケットは勿論「入場券」だと思っているけれど、入場券としての役割を果たすまでは「未来の幸福の予約券」だとも思っている。
何月何日何時からこのライブがある、そのライブは絶対楽しくて、生涯忘れられない日になる、その未来が来ることを約束するチケット。
そう思っているので、持っているだけでもう既に幸せなのだ。
来月も再来月も、7月も8月もどうなるかなんてまだ誰にもわからない。
けれど、「未来の幸福の予約券」が「イマ」欲しくて、私はロックインジャパン2020の3日間通しチケットを発売初日にすぐに買った。

奇しくもその3日間の3日目は、冒頭の
「音楽なんて衣食住のどれにもあてはまらない。生きていくのに必須じゃない。
 でも、君たちと僕たちは音楽がなければ生きていけない」
この言葉を聞いた日から丸一年後だ。
あの時の藤原基央の言葉は、今のこんなご時世において、ちょっと普通じゃない「君たちと僕たち」を、繋がる場所をウイルスによって奪われた「君たちと僕たち」を、今もこれからも繋げてくれる魔法のような言葉だと、今心から思う。
 
 
 
 

そして、そんな言葉をあの日の「君たち」にくれたその彼は、4月12日に誕生日を迎える。
今のこんなご時世だけど、心からおめでとうを言いたい。

音楽を、言葉を、届けてくれてありがとう。
お誕生日、本当におめでとう。

またいつか、どこかで会えますように。

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