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エアロスミスとシャ乱Qが見守る寝顔

眠りにつけない夜にこそ気付けること

眠るのが不得手だ。

眠るのが不得手? こういうことに得手だとか不得手だとか、そういう表現を使うべきなのだろうか? それはよく分からないし、大した問題でもないと思う。とにかく昔からそうだった。「枕が変わると眠れない」という表現があるけど、私の場合は、それどころではない。ほんの少しでもルーティーンが崩れると眠れない。だから長旅が嫌いだし、海外出張するなど想像するだけで寒気がする。

心を許せる誰かが隣にいてくれれば安眠できるかというと、それもまた違う。つくづく厄介な性分だと思う。何度か親友と温泉旅行をした時も眠りは途切れたし、愛しい女性が傍にいてくれても熟睡はできない(そんなことを思い知らされるために半生を過ごしてきたのかと思うと、つくづく悲しくなる)。

それでも「簡単には眠れないがゆえの歓び」があることを、考えようによっては「眠れない時間」こそが尊くもなることを、エアロスミスとシャ乱Qが教えてくれた。この2組のアーティスト以外にも、そういう歌い手はいるのではないだろうか。

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エアロスミスは「I Don’t Want To Miss A Thing」のなかで歌う。

<< I could stay awake just to hear you breathin’ >>
<< I don’t want to miss a thing >>

直訳すると「僕は君の呼吸を聴くためだけに起きていられる」、「僕は何ひとつ見過ごしたくないんだよ」といったところになるだろうか。「I Don’t Want To Miss A Thing」の主人公は、眠りにつけないことに苛立つどころか、むしろ目を覚ましたままで、傍にいる誰かの寝息や夢見る姿を、しっかりと見届けることを望んでいる。

個人的には他人様の寝顔を覗き込むことは、礼儀上、あまり良くないことなのではないかと思う。それでも夜の静寂のなかで、微かに聴こえる寝息や寝言といったものを耳にできるということは、もしかすると幸せなことなのかもしれない。そうも思うのだ。眠っている間に、私たちが何かを<< miss >>しているのかは、何とも言えないことだと思う。眠りのなかで気付けたり、獲得できたりするものもあるのではないか。

それでも覚醒しているがゆえに聴けること、感じられることは、少なくとも「無意味」なものではないだろう。隣で眠っている彼なり彼女なりが、夢のなかで、どんな言葉を口にしたか、それは誰にも話すべきではない尊い秘密として、心のなかに蓄えられていくのではないだろうか。それが具体的に(実社会で)何の役に立つかは分からない。それでも私は(私たちは)眠れない時間を過ごすことで、ある種の夢を見ることになるのではないか。文字通りの夢よりも、ある意味では深い夢を。

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シャ乱Qは「My Babe 君が眠るまで」で歌う。

<<君が先に眠るまで もったいないから 起きてる>>
<<そう 明日の仕事とか たぶん つらいんだけど>>

本曲の主人公も、むしろ意図的に眠らずにいようとしている。<<明日の仕事>>が<<つらい>>ものになることさえ承知の上で、起きていようとしているのだ。その夜に、恐らくは彼は、苦痛を補って余りあるほどの充足感を得るのではないだろうか。それは誰かと過ごした時の尊さを反芻する夜となり、その記憶を鮮明に焼き付ける夜となるのだろう。

たしかに眠ってしまうことには<<もったいない>>面があるのかもしれない。当のシャ乱Qが、たとえばライブの前夜に、眠れない夜を過ごすことがあるのかを知りはしない。彼らがどんな夜を過ごした果てに、ステージに立ってきたのかは知るところではない。それでもシャ乱Qは(特に本曲の作詞者であるつんく氏は)一度も「深夜」というものの尊さ(辛さの混じった尊さ)を味わったことがないのだとしたら、このように生々しくも共感を誘うような詞を書けなかったのではないだろうか。

「My Babe 君が眠るまで」の終盤には、こんなセンテンスが置かれる。

<<ああ なんにもしなくても 朝が来る>>

そこに込められているのは空しさだろうか、それとも希望だろうか。人間には時間を止めることができないという事実を、シャ乱Qは嘆いたのだろうか。それとも、たとえ眠ることができなくとも、きちんと人々が<<朝>>を迎えられることを発信したのだろうか。どちらだとしても、この楽曲は名作だと考える。

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いま世界に心配ごとが広がっている。とりわけ不安なのは、子育て中の人なのではないかと思う。そして、そのお子さんも、幼いなりに、この地球が危機に直面していることを、何となく感じ取っているのかもしれない(幼子は幼子なりの敏感さを持っているものだと私は考える)。だから彼ら彼女が<<眠るまで>>、多くの親御さんが心を込めて、様々な子守唄を歌っているのではないだろうか。

やがてお子さんが眠ったとする。その口元に安らかな笑みが浮かび、穏やかな寝息が届きはじめるとする。それは保護者の誇れる素晴らしい達成だと私は思う(私自身は幼いころ、よく自分を寝かしつけてくれた祖母が、どんな曲を歌ってくれたかを覚えていない、残念なことに)。それでも子守唄を放ったあとに、なおも親御さんが不安を感じつづけるなら、眠れない夜を過ごすなら、それを私は喜べない。明日を担う子どものために、そしてご当人のために、親御さんの不安こそを軽減させ、その体力を維持させるための楽曲というものが、いま求められていると思う。

エアロスミスの「I Don’t Want To Miss A Thing」、そしてシャ乱Qの「My Babe 君が眠るまで」。この2曲は、子守唄のあとに捧げられるような、誰かを守ろうとする誰かを守る、優れた曲だと私は考える。この世界に、他にも同種の曲があるのなら、それを私は知りたいし、大事な人に紹介したいとも思う。このロッキング・オン社「音楽文」という場を、貴重な情報を交換し合う媒体として利用させていただけるなら、私は誰かから、そういった楽曲を教えてほしい。私たちは誰かの安眠を願う存在でありたいし、誰かに安眠を願ってもらうような存在でもありたい。そんなことを、いま私は考えている。

おやすみなさい。

※<<>>内はエアロスミス「I Don’t Want To Miss A Thing」、シャ乱Q「My Babe 君が眠るまで」の歌詞より引用(「I Don’t Want to Miss a Thing」の訳は投稿者による)

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