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夢が叶った時から始まるもの

ももいろクローバーZを鼓舞した布袋寅泰

ももいろクローバーZの「サラバ、愛しき悲しみたちよ」が佳曲である、その本当の意味に、私が気付けるまでには紆余曲折(というか、随分と長い時間)があった。ももいろクローバーZの悲願が「紅白歌合戦に出場すること」なのは前々から知っており、それが叶う瞬間くらいは見届けようと、何年前のことだろうか、ぼんやりとテレビを観ていた。

ただ私にとって、ももいろクローバーZというのは「新譜がリリースされれば必ず買う」というほどの存在ではない(なかった)し、最初に歌われた「サラバ、愛しき悲しみたちよ」を作曲した布袋氏、そのキャリアについても、あまりよく知らなかった。紅白という晴れ舞台で歌うのには、より適した楽曲が、ももいろクローバーZのディスコグラフィにあるのではないかとさえ感じた。

あとになって気付くことになる。それは無礼な考えだった。

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昨年(2019年)、私は「Mr.Childrenを好きだ」という共通項から、それまでは師と仰いでいた男性と、いわば対等な立場で、市民バンドの活動を伴にすることになった。いくつもの市民バンドに籍を置いてきたけれど、これほど充実した時を過ごすのは、ジェリーフィッシュを懸命にカバーした学生時代まで遡らなければ、もしかすると一度もなかったかもしれない。大げさに言うならば「夢が叶った」わけである、少なくとも私にとっては。

あれこれ話し合った末に絞り込まれた課題曲(練習曲)に、それまで私が名前しか知らなかったBOØWYの楽曲が入り、遅まきながら私は布袋寅泰氏という存在の大きさを思い知らされることになる。

BOØWYの作風は潔いほどにシンプルである。私の担当するのがベース・パートなので、そう感じられるだけなのかもしれないけど、少なくともリズムセクションは、ひたむきに走りつづける果敢なものだ。ところどころでドラマーによって抑揚がもたらされはするけど、ベース音は実直にルート音を示しつづける(何曲か続けて弾くと、私の細腕は吊ってしまう)。それがBOØWYというバンドの隆々とした骨格を成し、それを「シンプルなだけのもの」にとどめないのが、布袋氏のギター・サウンドだと思う。

何をもって「これはロックンロールだ」と定義すべきなのか、浅学な私には分からない(楽曲のジャンルを即座に聴き分けるような見識を持たないのだ)。それでも「精神としての」ロックンロールが何なのかは、BOØWYの楽曲を聴くことで学べたように思う。それは激しさのなかに遊び心を滲ますことであり、演奏する1曲ずつに「これが最後の演奏になるかもしれない」という気迫を込めることでもあるのではないか。その「最後」というのは、新たなる「始まり」を意味するようにも、私には思えてならない。

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BOØWYという豪放なロックバンドに、奔放さを塗りたくった布袋氏が、ももいろクローバーZの楽曲を手がけたことは、彼女たちが潜在的に持っていた(あるいは既に顕れはじめていた)ロックンロールの魂に、炎を宿したのではないかと思う。ももいろクローバーZを「ロックンローラーである」と見なす人は、恐らくは少ないだろう。それでも彼女らが、大きな目標に向けてひた走り、そのなかでも楽しげに笑ってきたことは、ロックンロールに他ならないと私は考える。だから夢の舞台で(紅白歌合戦で)ロックの重鎮とも称すべき布袋氏の楽曲が選ばれたことは、恐らくは最良の選択だったのだろう。

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そしてまた、本曲の作詞を手がけた岩里祐穂さんは、私の主張したような「終わりと始まり」というロックの精神を、見事に描き出したのではないだろうか。「サラバ、愛しき悲しみたちよ」には、ももいろクローバーZが歌い上げるのに相応しいユニークなフレーズも含まれており、そこに岩里さんのプロフェッショナルとしての矜持を感じるもするのだけど、何より尊いのは下記のセンテンスなのではないか。

<<振り返るな 我らの世界はまだ始まったばかりだ>>

ももいろクローバーZは、紅白でスポットライトを浴びるという夢を叶えた。それでも彼女たちのキャリアは、そこで「沸点」を迎えたわけではなく、その活動は今日に至るまで続いている。「愛しき悲しみ」というのは、もしかすると、ももいろクローバーZが無名時代に過ごした日々を意味するのかもしれない。ももいろクローバーZは、紅白で本曲を歌い終わった時、まさに<<生意気なくらいの夜明け>>を迎えたのではないだろうか。彼女らの活動が<<始まったばかり>>であったことは、今でも(卒業した有安杏果さんを含む)ももいろクローバーZが歌い続けていることが、見事に証明しているように思える。

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BOØWYというロックバンドは、とうの昔に解散しているけど、その楽曲は私という、ちっぽけな市民ベーシストのなかで、ようやく今、鳴り響きはじめたところだ。BOØWYのライブも、そのなかで奏でられる布袋氏のギターソロも、私にとっては<<始まったばかり>>のものである。あるいは布袋氏も、BOØWYという「母船」を離れた今だからこそ、生み出せるメロディーがあると自分に言い聞かせているのかもしれない。実際「サラバ、愛しき悲しみたちよ」の旋律は、私にBOØWYの楽曲群を連想させるだけでなく、新たなる地平を見据えるような、フレッシュなものにも聴こえるのだ。

BOØWYというバンドは、布袋氏にとって愛しい居場所であったに違いないと思われるし、それが解散したのは、きっと悲しいことだったのだろう。ももいろクローバーZのために曲を書いたことで、布袋氏が悲しみの一端を手離したのだとしたら、本曲はモノノフを楽しませるにとどまらない、BOØWYのオールド・ファンを喜ばせるものでさえあったのではないか。

布袋氏が作曲した「B・BLUE」から、歌詞を引用する。

<<振り向かないで今はまだ>>
<<もう一度翔ぶのさ>>

ももいろクローバーZの活動がいつまで続くか分からないように、布袋寅泰氏のキャリアがどこまで継続されるか分からないように、私の所属する(しがない)市民バンドが、いつまで走れるかは誰にも分からないことだ。もっと言うなら、私という一介の、下手くそなベーシストの命が、いつまで続くかも誰にも知りようのないことである。だからセッションの一度、一度が、かけがえのない時であり、ももいろクローバーZやBOØWYの楽曲を聴く一瞬、一瞬が、尊いものなのだ。

私が持つのが<<やぶれた翼>>、あるいは<<こわれた心>>であっても、それを活かしてくれようとする仲間が、この世界にはいる。私を取り巻く環境や、愛聴するミュージシャンの命が<<始まったばかり>>であることを願ってやまない。

※<<>>内はももいろクローバーZ「サラバ、愛しき悲しみたちよ」、BOØWY「B・BLUE」の歌詞より引用

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