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勝算がなくとも立ち向かう時

Mr.ChildrenとSuperflyが押してくれた背中

失敗してもいいからチャレンジしてこい。

今でも師として慕っている男性が、そう助言してくれたのは、俺が二十歳の時だったと思う。そのチャレンジがどんなものだったか、どういう結果が出たかは、ここに書くことはできない。色々な人に相談したけど、師を除く全員が「やめておいたほうがいい」と諭してくれた。それもまた優しさゆえの勧めだったのだとは思う。それでも俺は、そのとき「とても勝てそうにない試合」に挑んだこと自体を、19年が過ぎた今でも、決して後悔はしていない。

当時「そのこと」以外で夢中になっていたのは、Mr.Childrenを聴くこと(その楽曲を市民バンドでカバーすること)、そしてスポーツを観戦することだった。俺のチャレンジと、ほぼ時を同じくして、男子サッカーの日本代表が、自国で(韓国と力を合わせて)開催されるワールドカップに挑もうとしていた。

Mr.Childrenがミュージシャンを目指したのも、相当に勇気を要することだったと思う。こうすれば必ずなれるという、マニュアルのようなものがある職種ではないだろう。そしてサッカー日本代表が挑む相手も、周囲のスポーツ・ファンに言わせれば「格上」の各国代表チームだった。

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Mr.Childrenのフロントマン、桜井和寿氏は、サッカーの名波浩選手と親交があるという(名波選手の引退を記念した試合に桜井氏は途中出場して、ドリブルやパスを披露した)。名波選手は俺にとって、とりわけ好きなサッカープレイヤーであり、彼が日韓共催のワールドカップに召集されなかったことは、とても残念なことだった。名波選手はレフティーのゲームメーカーであり、ほとんどのパスやシュートを左足から繰り出してきた印象がある。一芸を磨き上げたアスリートというのが、サッカーに限らず好きだ。

でも、それはアンチからすれば「右足では同じ精度のボールは蹴れない」という弱点にも映ったはずであり、もしかするとご当人にも、ある種のコンプレックスだったのかもしれない。名波選手ほどのアスリートが、誰かを羨んだり、ご自身の短所を嘆いたりすることがあったのだとすれば、それに随分と慰められる。そしてまた、日本の音楽界を牽引するMr.Childrenも、何らかのコンプレックスを抱いているのだとすれば、それはリスナーから寄せられる共感や敬意といったものを(むしろ)一層、強いものにするのではないだろうか。

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名波選手は日韓ワールドカップが開催される前に、イタリアへ旅立っている。今でこそ多くの日本人プレイヤーが海外のチームに籍を置き、そこで活躍しさえしているけど、当時、日本の選手が海外移籍するというのは、大きなニュースとして扱われていた。そして前述したように、少なくとも俺の感じる限り、名波選手は完全無欠のプレイヤーではなかった。そのチャレンジを「無謀だ」と笑う人が、もしかすると少なからずいたのかもしれない。Mr.Childrenが「プロのミュージシャンになる」と決めた時、恐らくは反対する人もいたのだろうと察せるように。

だからMr.Childrenが、名波選手を励ますように「I’LL BE」という楽曲を作り出したことは、それこそチャレンジングな、そして尊いことだったと思う。シングル「I’LL BE」は開放的な楽曲であり、ゆったりとしたテンポで歌われるアルバム・バージョンのほうを評価する人もいるだろう。かくいう俺が、どちらを好きかと問われたら、両方だとしか答えようがない。ともあれ、その歌詞には、本記事で何度か用いてきた「コンプレックス」という単語が含まれるのだ。

<<コンプレックスさえもいわばモチベーション>>

名波選手が生粋のレフティーであることを、自身の美点と見なしていたか、弱点と自覚していたかは知らない。そしてMr.Childrenが、どのような<<コンプレックス>>を持っていたか(今なお持っているか)を、詳しく知りはしない。それでも俺は、多くの<<コンプレックス>>を持って生きているがゆえに「I’LL BE」という曲が好きだし、Mr.Childrenと名波選手を敬愛しているのだ。それが一方通行の思いなのだとしても。

<<飲み込んでしまった想いは 真夜中 血液に溶けて 身体中をノックした>>

もし俺が、冒頭で述べたチャレンジをすることを避けていたら、つまり思いを<<飲み込んでしまっ>>ていたとしたら、それは悔いとなって<<身体中をノックし>>ていたと思う。そうはならずに済んだのは、師がいたからであり、Mr.Childrenや名波選手のお陰でもあると考えている。俺は勇気など持っていなかった。それを引き出してくれる人がいた、それだけの話だ。

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2010年に南アフリカで催されたワールドカップに挑もうとした時、日本代表は危機的な状況にあった。テストマッチで敗戦を重ね、選手だけではなく監督にまで批判の声が飛んだことを、スポーツを観戦してきた人は覚えていると思う。日韓共催のワールドカップの時に、この国に充満していた期待感は、2010年には(ほとんど)なかったように記憶している。過度に期待されるのも苦しいものだし、ほとんど期待されないというのも悲しいものだ。それはミュージシャンでもアスリートでもない、庶民である俺にも(経験上)察せることだし、多くの人に共感していただけることでもあるのではないか。

だからこそ、NHKが2010年度のサッカーテーマソングとして、Superflyの「タマシイレボリューション」を選び、それが気持ちをたぎらせるような熱い楽曲であったことに、大きな意味があったのではないだろうか。きっと本曲に、サッカー日本代表の何人かは、深い感銘を受けただろうし、淡い期待しか抱いていなかったサポーターの心や、スポーツ評論家の悲観的な目にさえも「タマシイレボリューション」は灯をともしたのではないだろうか。

<<道なき道を 切り開く時>>
<<時に言葉は災い 誘う>>

これは苦境に喘いでいた2010年の日本代表や、そのファンを鼓舞するだけでなく、Mr.Childrenの「I’LL BE」にも通ずるような、そして名波選手の遠い日のチャレンジにも寄せられるような、力強いフレーズだと思う。かつて俺が勝算のないことに挑んだのも、たとえそれが小規模なものであれ<<切り開く>>試みだったのかもしれない。そして名波選手は、その左足から放たれるボールで、何度となく苦しい状況を<<切り開>>いてくれた。そしてMr.Childrenが<<当たり障り無い 道を選ぶ>>ことをしていたら、輝かしい楽曲は多くのリスナーに届かなかった。

Superflyが、当時の日本代表を、どのように見ていたのかまでは分からないけど、この曲がリリースされたことで<<災い 誘う>>ような悲観的な<<言葉>>が、いくつかは日本から消えたのではないだろうか。たしかに前途洋洋とは言えない状況だけど、それでも信じてみなければ始まらないじゃないかと、そう思いなおした選手やサポーターはいただろうと思う。

はたして2010年、本田選手や遠藤選手のキックは鮮やかな軌道を描き、長友選手は(まさに)<<道なき道>>を拓くかのように走り続け、川島選手は体を張って何度となく<<ショータイム>>を見せてくれた。この年、サッカー日本代表が予選リーグを突破したのには、Superflyという存在が大きく影響していると思う。

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自分が、そして応援する誰かが、あるいは世界が危機に直面している時、悲観的な意見を発することは、さほど難しくないように思えるし、そういった意見を発する役割を(むしろ)すすんで引き受けようとする人もいるのだと思う。様々な声によって世界は作り上げられている。どんな意見も、貴重と言えば貴重だ。それでも俺は、かつて小さなチャレンジを試みた者として、そして今、当時ほどのバイタリティはもたない中年になってしまった者として、Mr.ChildrenやSuperflyが力強い言葉を放ったという事実に、あらためて敬意を表したいと思う。

<<生きてる証を 時代に打ち付けろ>>
<<今立ち上がれ>>

凡庸な庶民である自分が<<時代>>に刻めたものなど、恐らくはないのは分かっている。それでも俺は、名波選手の鋭くも柔らかいパスや、批判を浴びながらも力を尽くした多くのアスリートの勇姿を忘れてはいない。いつの時代も、多くの場面を鮮やかに記憶に刻みつけてくれるのは、アーティストの生み出す楽曲だと思っている。

※<<>>内はMr.Children「I’LL BE」、Superfly「タマシイレボリューション」の歌詞より引用

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