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誰かに必要とされていることを信じて

YUKIとMr.Childrenに救われた心

あなたからは「好きだ」という気持ちが伝わってこない。

そんなことを、この40年近くの人生で、何人かの女性に指摘されてきた。感情表現が豊かでないということだと思う。明朗であれたら、感情的であれたら、もっと言うなら心に壁がなければ。そう嘆きながら生きてきた。僕にだって心から大事に思う持ち物はあり、好きだと感じる対象があり、自分の日課を後回しにしてでも守りたい人はいる。それを言葉や文章で伝える努力はしてきたつもりだ。それでも、そんな僕を好いてくれつつも、不安や寂しさを感じてきた人のことを思うと、本当に申し訳ないと思う。

Mr.Childrenの楽曲「Hallelujah」から、歌詞をお借りする。

<<どんなに君を想っているか 分かってくれていない>>

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そのように、ただでさえ「気持ちを顕すこと」を不得手とする僕が(意図的に感情を抑圧しているのではないかと指摘されたことさえある)、どう表現したらいいのだろうか、言葉が良くないかもしれないけど「深井戸の底に沈んでしまった」ことが、覚えている限り、2度はある。あまりにも悲しすぎて、悲しみつづけることさえできなくなって、もはや泣くことができなくなったのだ。医学的に(心理学的に)どういう状態だったのかは、よく分からないし、いま振り返っても仕方ないとも思う。とにかく、泣けないというのは、本当に辛いことだった。本当に、本当に苦しいことだった。

1度目の「それ」を終わらせてくれたのは、YUKIさんの歌だった。ずっと流せないでいた涙が、その歌声に耳を傾けるうちに、そっと頬を伝った。その涙に誘われるように、僕は悲しみだけでなく、ほかの感情も取り戻すことになる。あの瞬間、もしYUKIさんに会えていたなら、恐らくは「気持ち」を感じ取っていただけたのではないかと思う。混じりけのない感謝の気持ちを。

晩秋のことだったと思う。そのとき聴いていたのは「歓びの種」という楽曲だった。

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ピアノとストリングスで幕を開ける本曲。前半部分で届けられるのは、奔放な作詞家・YUKIさんらしい、どこかメルヘンチックなセンテンスだ。

<<青い首飾りを ほら あげるよ>>
<<ステージの上から 落ちちゃうわ>>

そんな部分を聴く僕は、恐らくは虚ろな目をしていたのだろうと思う。かすかに心が動き始めたのは、たしか以下の部分を聴いた時だった。

<<流されてしまう 力尽きてしまう>>
<<大きな何かに 動かされている>>

「歓びの種」の旋律は、いま聴き返してみても、悲しいだけのものには感じられない。むしろ開放的な、にこやかで晴れやかなものに感じられる。そのメロディーに、いくぶん悲しい歌詞が乗っている。恐らく僕は<<流されてしま>>い、<<力尽きてしま>>い、その「泣けない晩秋」を迎えていたのだろう。その凍りついた心は「歓びの種」に溶かされはじめた。僕にとっての<<大きな何か>>は、YUKIさん、あるいは「歓びの種」という楽曲だった。

いよいよ感情の蓋(ふた)があいたのは、2番のサビを聴いた時だった。ハッキリと覚えている。

<<陽だまりのにおい 雨上がりの空>>
<<与えられたのなら 受けとめよう>>

この部分ではベース・ラインが、さりげなく踊る。ベーシストの指先がハイフレットに跳ぶ。それに誘われるように、僕の感情は井戸の底から引き出された。そのとき僕の上に広がっていたのは<<雨上がりの空>>であり、かすかに薫っていたのは<<陽だまりのにおい>>でもあった。まさに僕は、そういう情景のなかにいたのだ。それを<<受け止めよう>>と促してくれたのは、YUKIさんの歌声であり、その紡ぎ出した歌詞だった。

***

2度目の「それ」は、相当に長くつづいた。自身の心が動かなくなっているのを、自分でも分かるほどだった。いつから俺は泣いていないのだろう、もう泣くことはないままに年を重ねていくのだろうか。いや、泣くことさえできない健康状態では、ことによると年を重ねることさえ難しいのではないのだろうか。そんなことを(言うなれば)冷静に考えていた。主観性さえも喪失していたのだ。不気味なほど客観的に、僕は己を見つめていた。これは危険な状態だなと、静かに、醒めた目で、己の姿を観察していた。

その虚ろな心に光を与えてくれたのは、Mr.Childrenの「終わりなき旅」だった。少年時代から愛聴しており、歌詞を丸暗記しており、しがない市民ミュージシャンとしてギター・パートもベース・パートも一応はコピーすることができ、ストリングス・パートも音符に起こせるほどに聴きこんだ本曲。それを、どうして「そのタイミング」で流してみることになったのか、それはハッキリとは覚えていない(YUKIさんの「歓びの種」についても、どういった経緯で、そのタイミングで聴くことになったのかまでは思い出せない)。

くり返すように僕は、医学的な専門知識などを持ちはしない。だからこれは「恐らく」の話になってしまうけど、そのとき体内に蓄えられていた涙は、相当に多く、そして濁っていたのだろうと思う。あまりにも長い間、放出されることなく、それどころか揺さぶられることもなく、澱(よどみ)のように溜まっていた「悲しい」という感情。泣きたいという欲。それを解き放ってくれたのは、濁りに濁った涙を絞り出してくれたのは、Mr.Childrenだった。

<<誰と話しても 誰かと過ごしても 寂しさは募るけど>>
<<どこかに自分を必要としてる人がいる>>

***

当時、色々な人が、色々な言葉を投げかけてくれていたように思う。ある人は「がんばれ」と言ってくれた。ある人は「自分を追い込んだり責めたりするな」と諭してくれた。「もっとポジティブ思考になれば活力が湧くのに」と訓戒を垂れる人もいた。「昔は(あなたは)もっと笑っていたような気がするけどね」と寂しげに呟いてくれる人もいた。それぞれが、それぞれの方法論で、僕を救おうとしてくれたのだと思う。

そういった勧めに従う意欲も持てない僕に(あるいは一緒に過ごすだけで気持ちを滅入らせる僕に)愛想を尽かし、去っていった人もいた。それは仕方がないことだ、こちらに非がある、無念なことだけど恨みはしていない。そして数少ない「残ってくれた人」には、言葉を投げ続けてくれた人には、今なお大恩を感じている。

それでも僕のことを<<必要>>だと言ってくれる人は、その時、あるいは「その時」に至る数年、ひとりもいなかった。ただのひとりもいなかったのだ。

Mr.Childrenは僕個人のことを(一介のリスナーを)<<必要>>だと言ってくれたわけではないかもしれない。そしてMr.Childrenもまた、自分たちのことを<<必要としてる人>>を欲しているのだろうと、今にして思う。それでも僕は「終わりなき旅」を聴くことで、何を自分が欲していたのかを知ることができた。誰かに存在そのものを求められることだ。それに気付けた瞬間、堰(せき)を切ったように涙がこぼれた。

俺のことを<<必要>>だと言って下さい、まさかそんなことを他人様に頼むわけにはいかない。こちらにもプライド(あるいは見栄)があるし、相手にだって人のことなど構っていられないほどの気苦労や鬱憤といったものはあるだろう。だから僕は、誰に頼むこともなく、ただハッキリと「何を自分が欲しているか」を把握したという、その手応えだけを頼りに、それからを過ごすことになる。

前ぶれもなく、それがもたらされたのが、いつのことだったか、その言葉を投げかけてくれたのが誰だったのか、それは相手のプライバシーを守るために書くことはできない。とにかく、その人は、唐突に言ったのだ。僕という人間が、自分にとって<<必要>>な存在だと。

以来、僕は泣くべきではない場面でまで泣いてしまうことになった。感情をコントロールすることができなくなった。それは周りの人(何人くらいが気付いたか分からないけど)に、迷惑や心配をかけただろうと思う。それでも僕は、いわば生き直すために、湧き上がる感情に抗うことはしなかった。泣きたいだけ泣くことにした。その結果が、僕が感情を取り戻した結果が、他人様の役に立ったのかは分からない。「恩返し」を果たせるほどの立派な人間には、なれないまま今に至る。

それでも僕は、いま少しくらいは感情が滲んでいるはずの声で、届くかも分からないYUKIさんとMr.Childrenに向けて、音の外れたひどい歌声だけど、その楽曲の一節を送ってみたいと思う。

<<どこかに自分を必要としてる人がいる>>
<<心の底から 信じてみよう>>

***

もし僕が、人生の最後に、最愛の人に何かを語りかけられるとしたら、あるいは書き残せるとしたら、わざわざ「自分の言葉」など選ばない(探さない)と思う。非才な、貧困な発想しか持たない人間だから。だから敬愛してきたアーティストに最後まで甘えて、その歌詞を借りるだろうと思う。

その「最後の時」は、もしかすると今なのかもしれない。いつ何が起こっても分からないのが世界であり、いつ終わるかも分からないのが人間の命なのだから、まさに本文が「手紙」になるのかもしれない。悔いのないよう、高い筆圧で、できればフォントを上げて、極太の文字にして書きたいと思うけど、それは叶わない。だから下記のセンテンスに、ありったけの思いが込められていることを、いつか読んでくれるかもしれない「その人」に知ってほしいと願う。

<<どこかに自分を必要としてる人がいる>>

その<<どこかに>>いる<<人>>は、他ならぬ僕だ。

※<<>>内はYUKI「歓びの種」、Mr.Children「Hallelujah」「終わりなき旅」の歌詞より引用

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