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たとえ環境に恵まれなくとも

椎名林檎とaikoが数えてくれる「富」

仕事があるだけ幸せなのだと思う。

それは今、この齢になって思うことであり、20代の後半に(当時)付き合っていたガールフレンドに諭してもらったことでもある。誤解を生まないように言い添えておくと、様々な事情があって働けない人もいるわけで、そういう人たちが「不幸」だとは限らないはずだ。それでも、あえて繰り返す。仕事があるだけ幸せなのだと思う、たぶん。

それでも「会社に行きたくないな」とか「こんな仕事を選ぶんじゃなかったな」とか、ため息をつく人は多いのではないだろうか。私は友人知己と話すたびに思い知らされてきたのだけど、いわゆる「ホワイト企業」というものは、この社会では、そうそう見つかるものではないようである。残業代が支払われないこと、あるいは罵声や怒声を浴びせられることを「ブラック企業」の定義とするならば、かつて無邪気に遊んだ旧友たちの、ほぼ全員が「そういう仕事」に就いてしまったことになる。

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残業代を支払わないというのは、端的に言って良くないことだ。それは労基的に違法である以前に、ひとりの人間の「短い人生」を削り取る、むごいことだと私は考える。その結果として経営者の生活が潤っているのなら、彼ら彼女らは使用人(という言葉は嫌いなのだけど)から、不法に時間を奪ったことになる。それを分かっていながら「泣き寝入り」をしている人は、きっと多いのではないだろうか。

それでも椎名林檎さんは「ありあまる富」のなかで、以下のようなことを歌ってくれる。それはビジネスパーソンだけに向けられたメッセージではないのかもしれないけど、椎名さんは「労働者」という楽曲を書いているくらいなので「アゴで使われる人の苦しみ」のようなものを、どこかで意識しながら創作を続けていらっしゃるのではないだろうか。そして恐らく、著名なミュージシャンである椎名林檎さんも、万事、満たされているわけではないのだろうと察する。

<<彼らが君の何かを盗んだとして それはくだらないものだよ>>
<<彼らが手にしている富は買えるんだ>>

本来であれば受け取れるはずの賃金を受け取れないとしたら、それは「盗まれた」と表現して差し支えないだろう。その「盗まれた」ものが、誰かの<<富>>に変わっているのを目にすることも、避けがたい世の中だと私は考える。それでも椎名林檎さんは<<それはくだらないもの>>だと語りかけてくれ、その<<富>>が金銭で手に入ることを諭してくれる。

他ならぬ椎名林檎さんが「ありあまる富」を手にしているのではないかと、醒めた顔で反論する人もいるかもしれない。たしかに椎名林檎さんは、何作ものヒット作を生み出し、恐らくは経済的な自由は勝ち得ているのだろう。それでも時に、大胆不敵な楽曲をリリースし、チャレンジングな活動をしてきた椎名さんは、何かを「盗まれた」経験を持ちもするのではないだろうか。そして私人としての悩みを持ってもいるはずだと私は想像する。

<<何時もの夏がすぐそこにある証>>
<<君の喜ぶものはありあまるほどにある>>

いつしか世界は春を終えようとしている。「いつしか」などと書く私も、色々な意味で余裕を失っているのだろう。それでも私は椎名林檎さんを信じる。もうすぐ来る<<夏>>に、私自身だけでなく、友人知己や椎名林檎さんを「喜ばせるもの」が世界に溢れているかもしれない。それは既に芽生えているのかもしれない。

金銭的なことに関して、あれこれ書くのは、ここで打ち切ろうと思う。

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罵声や怒声を浴びせられるのも、気持ちが滅入るものだ。それが成長を促す叱責であるならば、まだ受け止めようがあるだろう(それとて、言葉を慎重に選ぶよう促される現代では、本来的には看過できないことであるはずだ)。残念ながら世の中には、立場を利用して高圧的な態度をとる人や、相手を見下してえげつないことを言う人がいる(それを実際に見てきた私には、そう言い切る資格があると思う、仮に今、その人たちが態度をあらためているのなら話は別だけど)。

それでも「自分が詰(なじ)られる」ことは、まだ我慢ができるものだと個人的に考える。同僚なり後輩なりが、そういった目に遭っているのを見ると、本当に気分が暗くなるものだ。そういった仲間を庇うのは難しいことだ。もちろん自分がリスクを背負うことになるし、不用意に首を突っ込むことで仲間の立場を更に悪くしてしまうことさえある。自分が雨に濡れること、その寒さを味わうのも辛いことだけど、誰かが雨に濡れるのを見ているしかないこと、己の無力さを思い知らされるのも、相当に厭なことだ。

それでもaikoさんが「be master of life」で歌ってくれる(やはりaikoさんも、職場で怒鳴られる人だけをイメージして本曲を書いたわけでないだろうけど)。

<<どこかで雨が降ってたんだね あなたはいつも優しいから>>
<<すべて自分に置きかえるんだね>>

「be master of life」で歌われる<<あなた>>は、もしかするとaikoさんご自身でもあるのではないだろうか。aikoさんは<<いつも優しいから>>こそ、リスナーの共感を誘うような楽曲を、多く生み出してこられたのではないだろうか。そうなのだとしたらaikoさんは、誰かの痛みを<<自分に置きかえ>>、さぞかし苦しい思いをなさってきたのだろう。

そのaikoさんに励まされたリスナーは、下記のセンテンスを、投げ返すように口ずさんでみたいものである。

<<誰が何を言おうと関係ないあたしは味方よ>>
<<誰が何をしようと関係ない あたしは味方よ>>

aikoさんは、椎名林檎さんとは一味違った大胆さを持つアーティストであり、やはり、ある種のチャレンジをしてきた歌い手だと私は考えている。少なくとも私は「aikoの良さが全く分からない」だとか「奇をてらった歌詞に好感が持てない」だとか、そういう酷評を聞いたことがある(それはaikoさんを批判するものであり、aikoさんの楽曲を愛聴する私を嘲笑うものであるようにも感じられた)。

それでも私は<<誰が何を言おうと>>aikoさんを敬愛しつづけることになるだろうし、その心中を推し量るくらいのことは、していくつもりでいる。

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日々、鬱憤が溜まって当たり前、それで自然。先日、そんなことを、年長の知己が言ってくれた。有り難い言葉だった。そうやって守られている以上、自分よりも辛い境遇にある人に、特に年少の人に、まだ聴いていないのだとしたら、椎名林檎さんとaikoさんの存在を伝えたい、それが自身の役割のひとつなのではないか、そんなことを思う。

<<僕らが手にしている富は見えないよ>>
<<波立つ未来にもあなたとなら>>

たしかに私が、椎名林檎さんやaikoさんから受け取ったものは、文章では表しきれない、いわば<<見えない>>ものであると思う。そして椎名林檎さんとaikoさんを、一介のリスナーである私が<<あなた>>とお呼びすることができるなら、世界は必ずしも灰色には見えない。

※<<>>内は椎名林檎「ありあまる富」、aiko「be master of life」の歌詞より引用

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