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いつの日か旅に出られたなら

スピッツと奥田民生に導かれて

旅行に出るのが難しい。それどころか外出すること自体が望ましくない。そういう情勢が続いている。

もともと僕は「旅」というものが、それほど好きではない。本を読んだり楽器を弾いたり、こうした拙文を書いていれば、まあ満たせるといえば満たされるので、遠くへと出かけられない現況に、個人的には、そこまでは苦しめられていない。

ただ若いころは「青春18きっぷ」を使って各地をめぐっていたので(電車に乗られながら本を読むうちに、いつしか遠地に着いているという感覚が好きだった)いま旅行に出られず悶々としている人の気持ちは察せる。はじめて「一人旅」に出た明け方のことを思い出すと、その時に湧きあがった「静かな昂揚」とでも呼ぶべき感情を回想すると、行動が制限されるというのは、やはり喜ばしいものではないと思えてくる。

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旅情を誘う楽曲は色々とあるけれど、個人的に好きなのは奥田民生氏の「さすらい」である。「さすらう」というのが、意図的にできる行為なのかは、いまひとつ分からない。あてどなく旅するというのは、多くの条件が同時に満たされないと果たせないことではないだろうか。時間がありあまっていて、体力があって、これといった目的がなくて、それでいて漠然とした期待を持てるような心的状況にあって…というように。

あるいは奥田氏が意図したのは、文字通り「さすらう」ことではなく(つまり流浪の旅に出ることではなく)ある種の自由を持っていることを自覚しようということなのかもしれない。そうなのだとしたら、僕たちは「さすらい」を聴きながら、この状況でも精神的な意味でなら「さすらう」ことができるのではないだろうか。

<<まわりはさすらわぬ人ばっか 少し気になった>>
<<さすらいもしないで このまま死なねえぞ>>

かなり強いメッセージ、あるいは宣誓が込められた歌だ。当の奥田氏は「さすらって」いるだろうか。僕には「さすらって」いるように思える、もちろんポジティブな意味で。ユニコーンというバンドの歩みを終えたあと、ソロとしての発信を行い、井上陽水氏とタッグを組み、PUFFYの活動を支えてきた奥田氏は、比喩的に言うならば、各地を旅してきたのではないだろうか。音楽界という、広いフィールドの各地を。

いま僕たちが「さすらえる」とするなら、それは選択肢が少なくなっているなかで、それでも何かしら、自身の生活に潤いを与えることを見つけられた時ではないだろうか。元来、家にいることが嫌いではない僕にとって、それは比較的、容易なことなのだろうとは思う。それでも、ぐうたらな僕でさえ、誰かの住む町に出かけたり、自分の住む町に誰かを呼んだりできない日々に、そろそろ嫌気がさしている。それでも、だからこそ「さすらい」という楽曲の良さが、あらためて染みてきたと考えてみるなら、それは奥田氏の勧めに(少しは)応えられたことになるかもしれない。

<<雲の形を まにうけてしまった>>

ミュージシャンの生み出す優れた作品というものも、作者の直情(実体験)かは分からないという意味では、不確かなものかもしれないとは思う。それでも僕たちは「さすらい」で示される<<雲の形>>を<<まにうけて>>、心を解き放ちたいものだ。

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スピッツの「僕はきっと旅に出る」は、いま旅立てないでいる僕たちの胸に、温かく響いてくる歌だ。他ならぬスピッツが(楽曲の主人公が)今すぐには旅立てないことを認め、それでもいつの日かという希望を捨てないでいるのだ。

<<今はまだ難しいけど>>
<<未知の歌や匂いや 不思議な景色探しに>>

スピッツも、アーティストである以前に人間であるわけで、恐らくは今、何の行動制限も受けていないということは有り得ないだろう。それでもそうした<<笑えない日々>>にあっても、きっとメンバー各位は、その腕を磨いたり、新たなるフレーズやリズムパターンといったものを、研究したりしているのではないだろうか(一介のリスナーでしかない僕の想像だけど)。そしてフロントマンの草野氏は<<星の無い空見上げて あふれそうな星を描く>>ように、逆境のなかで<<未知の歌>>を生み出すことに着手しているのかもしれない。

それが僕の身勝手な妄想ではなく、いくぶん「正解」に近いのだとしたら、もうスピッツの<<旅>>は始まっている。それに呼応するように、何らかの形で僕たちは、心を遠くまで運ぶことができるかもしれない。

<<指の汚れが落ちなくて 長いこと水で洗ったり>>

この部分にハッとさせられる。個人的には、そこまで潔癖な人間ではないのだけど、身近な人の安全を守るために、こまめに手指を消毒している自分の姿が、楽曲の主人公に重なるようだ。そういった「最新の注意」を求められる日々は、いましばらくは続くのだろうと覚悟している。それでもスピッツの楽曲は、そういった息苦しい日々だからこそ、いつも以上に瑞々しいものに聴こえてくる。

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近い将来、僕たちは各地を「さすらう」ことができるだろうか。<<旅に出る>>ことができるだろうか。それは僕には分からないし、奥田民生氏やスピッツにも知りようがないことだろうし、所謂「識者」にも保証はできないことだと思われる。それでも、目の前の日々を注意深く過ごしながら、同時に楽観的でありつづけることも、もしかすると不可能ではないのかもしれない。とても難しいことではあるのだとしても。

<<さすらおう この世界中を>>
<<たぶんそれは叶うよ 願い続けてれば>>

いつか平穏な日々がもたらされるまで、奥田民生氏やスピッツを愛聴する人たちのみならず、ご当人たちの安全が守られることを願う。そう<<願い続けて>>いくためには、何とかして僕も、生きていかなければならないのだろう。

<<愚かだろうか?>>

そうかもしれない。事態は僕の感じているより、もっと深刻なのかもしれない。それでも願ってみなければ、きっと何も始まらないだろう。

※<<>>内は奥田民生「さすらい」、スピッツ「僕はきっと旅に出る」の歌詞より引用

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