3887 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

「僕」の物語

平手友梨奈と欅坂46に出逢って

月曜日の朝、スカートを切られた。こんな世の中に嫌気が差した。

自分らしく生きていく自由を胸に、大人たちの支配を断ち切って、拳を高く突き上げた。

自分の脚で駆け上がったその歩道橋から見る世界は、意外なまでに愛で溢れていた。

移り変わる季節の中で、永遠に残しておきたい一瞬に出会った。めまぐるしいほどカラフルな一瞬の、そのどれが欠けても、永遠は生まれないことを知った。

たとえ嫌われたとしても、自分の正義を貫く強さが欲しかった。弱い自分が何よりも嫌いで、少しの妥協も許さなかった。自分の意志を貫くことが、自分の生きる価値になると信じて疑わなかった。

秋の風に吹かれる枯葉を見ながら、こんな生き方もありだと気づいた。思っているよりも地球はゆっくり回っているのだから、たまには風に乗って飛ばされたって、なるようになると思えた。

夢を見るために、拳を握りしめた。今ある幸せを手放しても、傷ついても、本物になりたくて、目の前のガラスを割った。閉じ込められていたガラスの檻は目には見えなくて、気づかないふりをすることだってできたはずだけれど、それでも逃げずに本物になりたかった。

誰かの感情なんて気にしてもしょうがないはずなのに、孤独なまま生きていきたいと思うのに、一人では生きていけなかった。一人になりたいのに、一人になりたくなくて、面倒でも、いいことなんて何もなくても、それでもやっぱり誰かがいないとダメで、どうすればいいのか分からなかった。自分で自分の感情が分からなくなることもあると知った。

信号は青なのか緑なのか。薄暗い部屋の灯りをつけるタイミングは一体いつなのか。あやふやなものははっきりさせたかった。いつまでたっても、どこまで行ってもあやふやなままの人間関係の答え合わせなんてできなくて、いっそのこといなくなってしまいたかった。自らの真実を捨ててまで皆と同じ色に染まることなんてできなくて、ここで悪目立ちすることを、選んだ……。
 
 

主人公の「僕」の物語。
この物語に、何度助けられたか分からない。
ときに「憑依型」とも呼ばれる平手友梨奈のパフォーマンス。
私の中では、「僕」=平手友梨奈であったことは一度もない。

受け手の数だけ、「僕」がいると思う。
建設予定のショッピングモールの完成予定図の中に描かれている人たちのように、同じ空間を共有しているはずなのに、どこか不自然。お互いの存在を認識しているようで認識していない。同じ場所、同じ時間に、いくつもの世界が透明なフィルムのように折り重なっている感じ。確かに同時にそこに存在するのに、決して交わることはない、ねじれの位置のような関係。

そんな風に存在している実体のつかめない「僕」と、彼女は向き合う。
必死になって、ときには自らが傷つきながら、こちらが「もうやめて!」と思ってしまうほどに全力で。

そこから先はもう、目が離せなくなってしまう。
ある日は、私も彼女のように、持てる力のすべてを懸けて全力で「僕」と向き合いたいと思う。
ある日は、曖昧な、でも確かに存在する無数の「僕」の中に、自分も含まれているんじゃないかと思ったりもする。
また別の日には、彼女を柔らかい毛布で包んで、「大丈夫だよ」と抱きしめてあげることができたらと、強く願うこともある。

いろんな気持ちに気づかせてくれた。
一つとして同じ気持ちはなかった。
気がついたら、平手友梨奈のことが、欅坂46のことが、大好きになっていた。
 

綺麗だなあ、と思う。
顔のつくりが、とか、スタイルが、とか、そういうものを超えて、もっと直感的なところで、綺麗だなあ、と思うんだ。
 
 

どんなに願っても、どんなに必死になっても、自分以外の誰かのことを完全に理解することはできない。
その人にしか分からない苦しみがある。
理解してほしいと願っても、理解してあげたいと願っても、残酷なほどのすれ違いが起こってしまうことがある。
だから、「頑張れ」という言葉は、ときには恐ろしい凶器になり得る。
私は、「頑張れ」の代わりに、「応援しています」と、暖かいことばをかける彼女のことが大好きだ。
 

本人たちにしか知り得ないことがある。
いつか、それぞれの道を選んだ彼女たちが、どこかでまた集まって、思い出話に花を咲かせてくれたら。
あのとき、あのメンバーで過ごした時間があってよかったと、一人ひとりが心を暖かくしてくれたら。
一ファンとして、密かに願い続けていたい。

離れた人も、残った人も、それぞれの想いがあると思う。
その想いは、彼女たち一人ひとりのもの。
だから私は、ただ、「応援しています」と、それだけを伝えたい。
 
 

一人暮らしのアパートで、疲れ果ててそのまま寝てしまって、慌てて起きたその瞬間。
本当に一瞬だけ見えていた実家の見慣れた部屋の風景は、いつの間にか見えなくなった。
それと引き換えに、少しだけ、強くなれたと思う。
誰しも永遠に同じ場所に居続けることはできない。
だから、儚いけれど何よりも確かな“今”を大切にしたい。

もうすぐ二十歳。
いろんなものがたくさん詰まった十代も、もうすぐ終わり。
二十歳になったからといって、何かが急に変わる訳ではないだろう。
でも、全く何も変わらないなんてことも、きっとないだろう。
「大人になる」なんて言われても、実感は全く湧かないけれど、変わりながら、変わらない自分でいたい。
 

十代の“今”、彼女たちに出逢えて、本当によかった。
時の流れの速さと儚さに耐えきれなくなってしまいそうな気がして、まだきちんと観ることができずにいる東京ドーム公演のブルーレイディスク。
もうそろそろ観てみようかなぁと思うようになった、今日この頃である。

私のことを、何度も何度も助けてくれた彼女たち。
「皆が……」とか、「多くの人が……」とか、大きな主語で発言することは私にはできないけれど、少なくとも私は、彼女たちの存在に助けられている。

余計なお世話かもしれないけれど、彼女たちが、それぞれの道で、全力がゆえに不安になったときに、私のような人間も存在している、ということが、彼女たちの自信のカケラにでもなってくれたら。
だから私は、ただ、「応援しています」と、それだけを伝えたい。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい