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白い暴動を観た。トム・モレロ曰く「音楽は全て政治的だ」は正しい

パンクは世界を変えた。甲本ヒロトが共演したトム・ロビンソン・バンドは時代が生んだ先進的で偉大なバンド

映画「白い暴動」を観た。

一応、断っておくが、このご時世なので、ネットで観たのである。基礎疾患持ちの僕はとても4月に映画館には行けない。
3月末のグリーン・デイ、4月のEGO-WRAPPIN’、ボブ・ディラン、サンダーキャット、そして、大トリ5月のブライアン・ウィルソンまで色々と音楽に関わる予定があったのだが、すべてこのご時世で、吹っ飛んでしまった。
しかし、基礎疾患持ちで、重篤化の恐れがある僕は、仮に決行されても行くことはできなかった。決行されたら、チケット発売会社の転売制度を利用するか売れなかったら、誰かにプレゼントしようと思っていた。

今の僕にできることは、外出を控え、患者にならず、皆さんに迷惑をかけないことだけだ。

ご厚意で、在宅勤務。在宅勤務は、完全インドア派で、引きこもり気味の僕は、大丈夫で苦にならないと思っていたが、いがいなことが多く、思ったより、アクシデントが多い。自分用のPCの机、椅子に、勤務時間中に座っているのは、首肩腰に相当に負担のようで、背中、腰、そして臀部まで湿布だらけである。持病の坐骨神経痛もでてきて、歩くことも辛くなってしまった。それに、家で口数多くなり、家族に嫌がられ、ストレスもたまっている。顰蹙を買うが、DVが問題になっているのはそういうことだと思う。しかし、耐えるしかない。
恵まれている環境でこんなことを辛いというのは失礼であろう・・・が、病気にならないで、皆さんに迷惑をかけないことが、僕にできる唯一のことなのだと細心の注意を払っている。家でもマスクをしている。電車にも1カ月近く乗っていない。近所のスーパーとドラックストアにしか行っていない。これが、僕が今できることである。

昨日のレディーガガのイベントは最高だった。音楽は凄い。そして、戦う世界の医療従事者の皆さんに捧げるというイベントの主旨が素晴らしい。いつ治療を受けるかわからない僕でも涙が出た。しかし、最高だったのは、キース・リチャーズだった。真面目にギター弾けよ。佇まいが凄いけど、いなくても演奏は成り立つぞとゲラゲラ笑った。が、演奏は鳥肌ものだった。

音楽関係のイベントが中止になる中で、中止のアナウンスがなく、自主規制したことがひとつだけある。これが、実は、一番残念だった。映画「白い暴動」を観に行くこと。諸々の宣言がある前に諦めた。正直言うと、この映画のテーマであるロック・アゲインスト・レイシズムという言葉は初めて知った。洋楽初心者だった当時にこんな時代背景はあるとは知らなかった。情けない。上京して、大学に入って、最初のゼミのテーマが【英国病】だったので、移民問題があると当時講師だったクラス担任が説明していた記憶が微かにある程度。勉強なんてしていないから、曖昧な記憶である(授業を聴いているわけもないので、記憶違いかもしれない)。
上映館も少ないし、そんなにお客さんが入るとも思わなかったが、駄目だ。行くのは。諦めた・・・今、僕のような基礎疾患もちが映画館というわけにはいかない。

しかし、先日、この映画がネットで配信されることを知った。映画館の音の良い大画面で観たかったが、これは、これは、ありがたい。ネット時代に感謝である。早速購入した。猫の額の僕の部屋で大画面とはいかないが、オーディオはサブ・ウーハーをつけて強化しておいてよかった。映画を観た後に、服、CD、本であふれかえった片付けられない部屋の住人である僕は、服は半分捨てて、プロジェクター、スクリーン、タワー型のホームシアターを身の丈に合った低性能のものを揃えようと誓うのであった・・・
このゴールデンウィークは衣替えではなく、服を捨てるぞ・・・ロッキング・オンも捨てよう・・・

洋楽マニアであると自負していたが、実はそうでもないこと、マニア度が薄いと思い知らされた。音楽は、ロックは深い。ますます好きになり、今の音をこれからも聴き続けたいと心の底から思った。
そのサウンドが受け入れられた(必要とされた)、政治的背景、音楽的歴史、背景を考えないと音楽は本当の意味で味わえないのかもしれないと考えさせられた。
自分にクラッシュのロンドン・コーリング、サンディニスタをそこまで考えて聴いたかと突っ込みを入れた。

映画を観ながら、脳裏をいくつかの言葉が過ったので、それをまず引用する

ピーター・バラカン氏
【音楽の力で人の心をポジティヴな方向に動かしたいい例です。今後の日本にとっても決して他人事ではありません】
(映画白い暴動 PR動画より引用)

渋谷陽一氏
【ロックはどうして時代から逃れられないか】
(2020年2月11日 CUTナイト タイトルより引用)

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン トム・モレロ
【音楽というのは100%政治的だ。音楽は現状を支持しているのか、または現状に異議を申し立てているか、のどちらかしかない。だからそういう意味で、すべてのアーティストは政治的だ】
(RO69 中村明美の「ニューヨーク通信」より引用)

これらの言葉を思い知らされた。特にハーバードで政治学専攻主席卒業(学歴で重要さを決めているわけではありません(笑))、上院議員秘書からロックスターに転身したトム・モレロの発言は以前から、ずっと頭から離れなかった。

政治的、文学的な歌詞という言葉を僕は軽々しく使いすぎていた。サウンドは、テクノロジーの進化だと思い込みすぎていた・・・

サウンドも歌詞もトム・モレロの言う通り、政治的であり、時代の必然なのである。渋谷さんの言う通り、ロックは時代から逃れられないのである。ピーターさんの言う通り、これからの日本が他人事に思えない映画であり、イギリス、世界はこの問題に直面している。

そして、こんな時代だからこそ、音楽は世界を変える力があると信じたいと強く思った。

ロックを聴き続けて40数年で、その本質のひとかけらを理解できた、理解するきっかけになる素晴らしい映画だった。

なぜ、あの時代にクラッシュは、パンクは登場したのか、レゲエバンドが数多く登場し、ヒットし、クラッシュは、レゲエ、ダブを演奏したのか、なぜ、この直後にスペシャルズは白人黒人混成バンドでスカを演奏し、シンボルをツートーンにしたのか・・・そして、最新アルバムでヴォート・フォー・ミーと歌うのか。
遡れば、
なぜジェームス・ブラウンはファンクビートをならしたのか・・・
なぜオーティス・レディングとアレサ・フランクリンはリスペクトを歌ったのか・・・
なぜスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンのロックを取り入れたファンクは画期的だったのか・・・
なぜマーヴィン・ゲイはホワッツ・ゴーイン・オン を周囲の反対を押し切って制作し、そして、その怒りをソフィスケートされたサウンドで鳴らしたのか・・・
最近亡くなったビル・ウィザースのバラード、ファンクは淡々としているのに、僕の心をこれほど揺さぶるのか・・・
なぜボブ・マーリーはゲット・アップ、スタンド・アップと世界中をアジテーションし続けたのか・・・
なぜデヴィッド・ボウイがあの時代にナチズムを連想させるファッションをしたのか(これは全くまだイメージできない・・・でもその後ボウイが、ベルリンに行き、ヒーローズを作り・・・更に、壁の前でコンサートを開催した・・・心変わりしたんだろう・・・と信じたい)

今、現在のミュージシャンたち
なぜ、ビリー・アイリッシュが社会現象になっているのか・・・
なぜ、ボブ・ディランは立て続けに新曲を発表するのか・・・
なぜ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは今年復活するのか

ポップミュージック、ロックは時代背景と切り離せない。だから、その音が鳴り、歌詞があり、時代にそのサウンドが強く支持されるのだと今更ながら再確認させられる映画である。

ツェッペリンは最高のバンドで世界一好きなバンドであるが、やはり、ロックは時代の音だ。時代の音を聴かなければならないし、ここまで聴いてきた以上、聴き続けるのが僕にできることだ・・・ずっと聴き続けよう。
映画でも使われた、ギャング・オブ・フォーのダメージド・グッズが当時どれほど衝撃的だったのか思い知らせれた。

大統領選を控えた今年、復活したレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン
全ての歌は政治的であるといった、ハーバード主席卒業のトム・モレロ、さすがである(こういうインテリには強烈にコンプレックスを感じるのである僕は。しかもその順風満帆:僕の感覚ではであるが、の人生を捨てて、ロックを極めるのが格好良すぎる)。ウォール・ストリート・ジャーナルが発表した世界で最も人気のあるバンドのランキングを読むと、ベスト10入りしているのは、ハードロックバンドが半分以上を占めている。KISSを賞賛し、ハードロックと最先端の音であるヒップホップを融合し、政治的な歌詞を唄うレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン。ロックとは何であるのか、時代の音とは何であるのかとトム・モレロの特集インタビューが読みたい。今月号のロッキング・オンの特集である ミック・ジャガーと同じように知的なインタビューでロックを適切に解説してくれるであろう。是非お願いします。

コーチェラ・フェスティバルが延期になったが、現在のスケジュールで開催できるよう祈るばかりである。

ポスター、予告から、長いライブシーンを期待していたが、映画は最近の音楽映画とは全く趣が異なり、低予算のドキュメンタリータッチの映画。最後は、ライブシーンのオンパレードと予想していたのであるが、かなり、大昔の出来事であり、記録がないのだろう、ライブシーンは非常に少なかった。大スターであったクラッシュだけが全編残っていた。ヘッドライナーのトム・ロビンソン・バンドもほんの少ししかない。しかもヘッドライナーなのに、映画のエンディングはやはりクラッシュである。トム・ロビンソン・バンドの当時の映像を期待していただけにそこは残念である。
この映画を観ようと思ったのは、トム・ロビンソン・バンドが出演者に名を連ねていたからである。僕のパンクは、ストラングラーズが象徴的であるが、最初に好きになったパンクバンドはトム・ロビンソン・バンドだった(因みにストラングラーズはこの映画とは無縁の逆思想のバンドである。セックス・ピストルズもそうだ。両バンドのリズムがそれを端的に表現している。サウンドは思想なんだなぁと納得した。思想的、政治的な違いをこの映画で知った)。1stパワー・イン・ザ・ダークネスは大ヒットしたが、2ndアルバムが大コケで、解散してしまったパンクバンド。ロックの歴史にもほとんど出てこない遥か彼方のノスタルジックなバンドだ。

しかし、トム・ロビンソンはザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトさんが共演するために日本に呼んでしまうほどの偉大なミュージシャンであり、彼の好きなパンクロックアルバムのベスト10に1stパワー・イン・ザ・ダークネスを選ぶほどのバンドである。

今聴いても、そのサウンドは当時のパンクバンドで最もポップであったし、演奏も上手いし、トム・ロビンソンのボーカルも往年のロックボーカルスタイルで味がある。ロックンロールスタイルであるので、それほどサウンドも古びた感じはしない。アルバムタイトルのパワー・イン・ザ・ダークネスは、ラップ的な要素もある。ロング・ホット・サマーは今聴いてもカッコイイ。アルバムジャケットは彼らのシンボルマークの突き上げた拳の周りをPower in the Darknessのロゴが飾るシンプルなジャケット。これが中学生にはわかりやすかった。
そして、シングルでトム・ロビンソンは自分がゲイだとあの時代にカミングアウトしているのである。当時はその意味など知る由もないのでだが、時代を先取りしていた過激なメッセージだ。

『Glad to Be Gay』
(Try and) Sing if you’re glad to be gay
Sing if you’re happy that way
(Hey!) Sing if you’re glad to be gay
Sing if you’re happy that way
(抜粋 トム・ロビンソン・バンド)

トム・ロビンソン・バンドは徹底してマイノリティ、人に対して平等である。昨日、歌詞を読んでそう思った。映画で描かれているが、だからこそ、企画者は、ヘッドライナーをクラッシュではなく、格下のトム・ロビンソン・バンドにし、躊躇するトム・ロビンソンを説得し、クラッシュに主旨を説明した。それに納得するクラッシュがまたクラッシュらしくて格好いい。

映画は、ピーターさんの予告の解説が非常に端的に表している。日本ではまだ顕在化していないと思う。が、世界では映画の問題は再び顕在化している。EUを離脱したイギリス。そしてアメリカ。世界に共通する問題である。

英語もできず、文学的素養もないので、歌詞には殆ど興味のない洋楽ファンである僕。昔のレコードはライナーノーツ、歌詞カードがついていたが、訳詞がないのは半分以上を占めていて、英語を訳すまでの根性も英語力も興味もなかった。
それより、キング・クリムゾンの凶暴な音に振り回されていた。
が、歌詞は重要である。この年齢になって、改めてそう思うのである。このご時世で家に籠って、録画して溜めに溜めたライブ映像を観ている僕は、歌詞に興味を持った。歌詞を字幕で表示してくれるのは非常にいい。僕のような物臭人間にはありがたい。
椎名林檎さんのライブのオープニングの本能(全く知らなかったミュージシャンであるMummy-Dさんが担当)でのラップはメチャクチャにカッコイイ。ラップはいい。歌詞はMummy-Dさんが椎名林檎さんにインスパイアされて書いたんだと思うが、凄い歌詞である。途中でナンシー、オードリー、カート、コートニーと名前を連呼するところに椎名林檎さんの音楽的背景と現在のスターとしての椎名林檎さんの立ち位置、そして、洋楽ファンのマニア心を擽ってニヤッとしてしまう涙ものの歌詞である。

これから僕にもやっとラップ、ヒップホップの時代がきます。ありがとうMummy-Dさん。貴方のおかげです。

そしてこの映画「白い暴動」で更に歌詞の重要性を認識した。歌詞が字幕に出る。このリアルタイム性は重要だ。今後は全てのコンサートは字幕付きでお願いしたい。

ロックは時代の音である。そして、音楽は、世界を変える力を持ち得るのである。このイベントを企画したのは名もなき市民であり、参加者も名もない市民である。政治的活動を目的としたコンサートである。時の政府と権力と闘うのである。武器はない。明確な指導者もいない。あるのは、名もなき企画者の主旨に賛同したバンドの音楽だけ。その趣旨に賛同し、音楽を聴きに来た若者。ロック・アゲインスト・レイシズムに賛同した1人1人個々人の心の中に芽生えた精神だけである。それが、これだけの大きなイベントになり、ロックスターが皆の心にその精神を植え付ける触媒の役割をはたしたのである。そこの音楽と政治の関わりの一つの理想形がある。主催者、司会者がいう〖これはウッドストックではない〗≒政治的闘争と宣言している。飢えた子供を救おうなどどいう富めるものと貧しいものとの上下の差がなく、その場所に集まった全員が当事者のイベントなのである。

ロック・アゲインスト・レイシズムの運動が、この後、どれほど、政治を動かしたかは今の僕にはわからない。しかし、当時の政府が無視できなかったはずだ。
この後、ワールドミュージックがブームになるが、白人は搾取しているといわれるわけだ。不器用に、自分でレゲエを鳴らしたクラッシュのレゲエは叩かれないわけだ。ポリスは戦略的にレゲエを取り入れて、最高のグルーヴを作れたわけだ。

トム・ロビンソン・バンドを観たさで観た映画だったが、やはりロックバンド側の主役は、クラッシュの故ジョー・ストラマーだった。
 

ジョー・ストラマーの言葉を引用する
【世の中がうまくいっていたら
 俺も愛やキスの歌うかもね】
(映画 「白い暴動」ジョー・ストラマーのインタビューより引用)
 

クラッシュは、ホワイト・ライオットを歌った。
 

ホワイト・ライオット(一部抜粋。和訳)

街をうろつく俺たちは 反抗する勇気もない
教えられたことを ただやっているだけ
(映画白い暴動の和訳を引用)

ジョー・ストラマーは包容力もあるし優しいのである。戦え戦えとだけを連呼はしないのである
「自分の感じるところと問題の全てを解決することには大きな隔たりがある」
(ロッキング・オン誌 3月号 ジョー・ストラマーのインタビューより引用)
自分の目に映った事実のみを歌った、クラッシュはロックを体現した。だから最高のロックバンドだった。ジョー・ストラマーが戦闘部隊を率いたら、真っ先に突っ込んでしまい部隊は全滅するだろうけど、僕はついていく。
トム・ロビンソン・バンドの話だったのに、クラッシュが聴きたくなった。サンディニスタ。いや、やっぱりブラック・ウフルのレッドの気分だ。女性のプーマ・ジョーンズがレゲエをイギリスで演奏するの当時大変なことだったろう。
インテリ女性が自分のルーツをってレゲエに出会いその情念のボーカルが聴きたい。

おートム・ロビンソン・バンドが9月に来日するのか・・・チケット買おうとしたが、主催の会社には繋がらない。このご時世で休店しているよだ。チケット余っているかな・・・観に行きたい。皆さんの無事を祈るしかない僕は、明日も家に籠るのである。

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