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Mr.Childrenへのラブレター

どうかご当人たちや愛聴者へ届け

Mr.Children各位

謹啓

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます、と書きはじめたいところですが、このような情勢下、お体が守られているか案じております。突然お便りをお出しする非礼をお許しください。恐らく所属事務所様には「365日」、思いに溢れたラブレターが届いていることとお察ししますが、その「うず高く積もった手紙」のなかに、そっと本記事が紛れればと願い、一筆したためようと思い立ちました。

どれだけ私がMr.Children(敬称略で申し訳ございません)を敬愛しているかを、文章で表すことは難しく、また非才な私には歌唱や作画で伝えることも困難です。あるいは<<愛してる人に 愛してるという ひねりのない歌>>でも届けるように、ただ一言<<愛しています>>と書けばいいのかもしれませんが、なにぶん当方はひねくれた人間ですので、様々な方法論で「いかに自身が熱狂的なファンであるか」を伝えてみたく思います。伝えてみせます。だんだん文体が熱く(粗く)なってきましたが、ご海容ください。

過日「音楽通」を自称する知己が、Mr.Childrenの楽曲「くらい」全て知っていると、不遜なことを申しましたので、それなら「ベルリンの壁(※インディーズ時代の曲)」は知っているのかと問いかけ、黙らせました。私は本来的には、誰かをやり込めることを好まない(あるいは単に弁の立たない)人間ですが、Mr.Childrenについて「くらい」などという表現を使う非礼な人間に出くわすと、このように、波風が立たない程度に噛みつくことになるわけです。実際に(歯で)噛みついてはおりません。

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先日、ユーチューブにて「Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving25」が無料配信されたことで、これまでにMr.Childrenを愛聴してはこなかった人さえも、その魅力に気付いたことと推察します。そのセットリストには、もちろん私の好きな曲も多く含まれてはいたのですが(そもそもMr.Childrenの作品に「嫌いな楽曲」はありません)、なにぶん、ひねくれた人間ですので、そのセットリストには含まれなかった曲や、シングルA面の曲を(できるだけ)避け、個人的に好きな曲を15曲に絞ってみたいと思います。「15」という数字に深い意味はありません、「Mr.Children 1992-1995」が15曲から成っているので、それを模してみるだけです。

「俺たちの膨大量の楽曲のなかから、すぐに15曲をピックアップすることができるのだろうか」と心配なさるかもしれませんが、私が自宅で使用しているノートパソコンには「Mr.Children」というエクセルファイルが入っておりまして、ニューアルバムがリリースされるたびに、収録曲の題を全て書き加え、特に好きな曲はオレンジ、涙を誘われるほどに好きな曲は濃いオレンジでハッチすることにしているのです。その几帳面さを社会のために役立ててはいるのかというご質問には、私が回答すべきでないように思えます(それは私の関係者や友人知己に委ねられる問いでしょう)。

私を泣かせかねない、本当に好きな楽曲は、以下の15曲です(順不同)。

クラスメイト
幸せのカテゴリー
Image
安らげる場所
one two three
PADDLE
跳べ
SUNRISE
風と星とメビウスの輪
ハル
イミテーションの木
デルモ
fantasy
秋がくれた切符
くるみ – for the Film – 幸福な食卓

この15曲に絞るために、いくつもの「濃いオレンジでハッチした楽曲」を削り落としており、Mr.Childrenがライブのたびに、厳選した曲でセットリストを組もうとなさってきたのであろう、その「楽しい悩み」の一端は、あるいは理解できたかもしれません。

15曲すべてについて、どうしてそれを選んだのか、どういうところが好きなのかを書いておりますと、恐らく膨大量の枚数の「手紙」になってしまうかと思われますので、それは避けることにいたします。

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田原健一さんの奏でるギターサウンドのなかで、とりわけ好きなのは「youthful days」のそれです。本曲は、雨が上がったあと(恐らくは自転車で)濡れた舗道を走る、その昂揚感を歌った楽曲だと思われますが、田原さんのギターから「雨の余韻」のようなものを感じるのです。草木や電線についた雫が、ぽとりぽとりと落ちている様。そんな光景が想起される、絵画的なサウンドであるように私は感じます。

もちろん「ニシエヒガシエ」などで聴くことのできる歪んだ音や「innocent world」の印象的なイントロといったものも捨てがたいのですが、エレキギターが印象的な曲を1つに絞るとするならば「youthful days」を選ばざるを得ません。

田原さんのことは人間としても敬愛しております。日本を代表するバンドのギタリストでありながら、寡黙であるというお人柄に惹かれます。あるいは普段は饒舌なのかもしれませんが、少なくともライブにおいては、長いMCをとる場面は見たことがございません。

それでも内には、熱い思いを秘めておられることは分かっているつもりです。「innocent world」のサビで、激しくコードストロークしながら大きく口を開けて歌っている場面を観たことがありますし(※マイクの前に立ってはおられなかったので、実際に歌っていたのかは分かりませんが)、「Surrender」で桜井さんとのハーモニーを聴かせて下さった場面なども、心に残っています。

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私自身は、しがない市民ベーシストですので、中川敬輔さんのことは演奏者として手本にしており、慕ってきました。ベーシストの役割は、リズムキープとルート音の(愚直なまでの)明示、つまりヴォーカリストが歌いやすい環境を醸成することだと考えているのですが、そういった「桜井さんを守ろう」という意識が、中川さんの演奏からは感じ取れるのです。「終わりなき旅」や「NOT FOUND」といった大ヒット曲のベースラインは(時にハイフレットへ動きこそするものの)ひたすらにルート音を出すもののように聴こえます。名曲を「あまり自己主張しないこと」によって輝かせた、ベーシスト・中川さんの功績は、非常に大きいと僭越ながら考えます。

そして中川さんが、弾こうと思えば勢いのある、勇壮なベースを奏でられることを存じてもおります。「Mr.Children / Split the Difference」で披露された「横断歩道を渡る人たち」。その後半で披露されるベースラインは、どことなくクリーム(※お好きでしょうか?)の「Crossroads」を連想させるような、奔放でエネルギッシュなものに感じられます。私はベースのレッスンを受け始めた時、まずは「Crossroads」をコピーしてみるといいと助言されたのですが、その後はMr.Childrenの楽曲をカバーすることで、少しずつ中川さんからアイデアを盗んできました。

ごく個人的なことを申しますと、私が使用しているのはフェンダーのジャズベースです。中川さんがライブで、やはりフェンダーのジャズベースを、よく弾かれていることに気付いた時には、小さくとも共通項があるように思え、嬉しくなったものです。

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私の所属する(しがない)市民バンドのドラマーは、リズムキープはベーシストの役割であり、ドラマーの務めは「抑揚」をもたらすことだと述べています(※要はリズムキープを一任されているわけで、さりげなくプレッシャーをかけられております)。鈴木英哉さんが披露するフィル・イン、その抑揚のつけ方には、何度となくハッとさせられてきました。

たとえば「皮膚呼吸」は、ピアノ音に乗って静かに幕を開ける曲で、これは静かにアルバム「重力と呼吸」を締めくくるナンバーなのかなと思わせるのですが、2番のサビの直前に打ち鳴らされる力強いドラムスが、一気に楽曲の世界へとリスナーを(少なくとも私を)いざないます。「皮膚呼吸」に込められたメッセージは、何かに戸惑ったり、自信を失いかけたりしつつも、それでも自身の潜在能力を信じようというものだと私は解釈しているのですが、その切なくともパワフルな歌詞に、鈴木さんのドラムスは呼応しているように感じます。

そして鈴木さんは、もしかするとメンバーのなかで、いちばん感情表現が豊かな演奏者なのではないでしょうか。ライブでステージの前方に立ち、時に聴衆に微笑みかけ、また時には鋭い眼光を放ちもするのは桜井さんですが、鈴木さんにカメラが向けられる時、うっとりと微笑みながらビートを刻んでいる姿が映し出されます。

その「にこやかな」鈴木さんが、ここぞという時に(たとえば先述の「皮膚呼吸」で)引き締まった顔でスティックを掲げる時、バンドにスイッチが入るように思えます。鈴木さんが笑いをとったり、ご自身が笑ったりしているのは、Mr.Childrenというバンドに「抑揚」をきかせるためなのではないかと思うことさえ、私にはあります。

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桜井和寿さんの「神髄」は何だろうかと迷うのですが、個人的には作詞家としての凄みだと考えています。「くるみ – for the Film – 幸福な食卓」から歌詞を引用します。

<<どこかで掛け違えてきて 気が付けば一つ余ったボタン>>
<<同じようにして誰かが 持て余したボタンホールに 出会う事で意味が出来たならいい>>

一度だけ桜井さんにお会いできるとしたら、この歌詞の「個人的な解釈」が的外れなものではないか、お聞きするつもりでいます(そんな機会はこないだろうと思われますが)。

恐らくはボタンというのは、自分自身を指すのだろうと思います。無価値に感じられてしまう苦い思い出、あるいは実らなかった願望。自分なりに色々なことを考えながら、そしてチャレンジをしながら生きてきても、ふと気付いた時、何かが<<余っ>>ているように感じることは、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。私にはあります。

それでも思い出の「苦さ」や、何かが無為に終わってしまった悔いといったものが、思わぬ形で<<誰か>>の役に立つかもしれない。そういうことを歌った曲なのではないかと私は考えています(まったく的を射ていない読み解きかもしれません)。

それでも他ならぬ桜井さんが、リスナーを代弁するような切ない歌詞をつづれるのは、ご自身のことを<<ボタンホール>>のように感じてしまうことがあるからなのではと想像するのです。つまり桜井さんも、何の間違いもおかさずに生きてはこなかったからこそ、多くの佳曲を生み出そうとし、何とかして<<意味が出来>>るように今を過ごしているのではないかと。

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私はMr.Childrenが「楽しいだけ」のバンドだとは思っていません。どれだけ桜井さんがハイテンションで歌おうと、田原さんが雨を薫らそうと、中川さんがエナジーを放とうと、鈴木さんが抑揚をきかせようと、その素晴らしい調和の背後には、きっと無数の切なさや、やるせなさがあるはずだと考えています。

そういう意味では、著名なミュージシャンであるMr.Childrenと、私たちリスナーは、ある意味、対等なのだろうと考えています。桜井さんはライブで何度となく「ありがとう」と語りかけてくれますが、恐らくは本当に、ファンに支えられていると思って下さっているのではないでしょうか。

もし本文を読むことで、Mr.Childrenが少しでも喜んで下さるなら、つまり文面に「優しさ」のようなものが滲んでいるのだとしたら、それはMr.Childrenを愛聴してきたがゆえに私が得られたものだと思います。

<<愛されて 優しくなれて>>
<<その優しさ故に愛されて>>

その関係性を、一介のリスナーである私が「独り占め」することなどできません。あまりに長い「手紙」になってしまいましたが、これを読んで下さった人がいたとしたら、その人もMr.Childrenという花畑を作り上げる「花」なのではないかと思います。どうかくれぐれもご自愛の上、今後も楽曲を生み出して下さいますよう、心からお願い申し上げます。

敬具

遊座守拝

※<<>>内はMr.Children「LOVEはじめました」「常套句」「くるみ – for the Film – 幸福な食卓」「風と星とメビウスの輪」の歌詞より引用

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